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あなたが知らないあなたの母のこと Side story オスカー・イスカラング15
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舞踏会当日、予定通りシリルのエスコートでイザベラは入場した。両親は早々にいなくなったが、シリルはアンドリューの傍へ向かわなくてはならないぎりぎりまで一緒にいてくれたのだった。
「陛下の挨拶が終わり最初の曲が流れたら人が動く。そのタイミングで出るといい」
「はい。今夜はありがとうございました」
「僕としても他国へ留学中の婚約者がいなくて寂しかったから助かったよ」
舞踏会の流れなどいつもだいたい同じ。それでもシリルは心配だったのか、出口に近い場所までイザベラを連れてくると退場するタイミングまで確認して去っていった。
全ては予定通り。そう思った瞬間だった、面識のある人物達に声を掛けられたのは。
敢えて人ごみに紛れ込むようにしていたのに…。彼らはイザベラの姿を注視し続け、声を掛けるタイミングを窺っていたとしか思えない。
「ご無沙汰しております、マロスレッド公爵令嬢」
イザベラは礼をとり、目の前の人物達の次の言葉を待った。どうしてマクスウェルの側近が今更イザベラに声を掛けるのか不思議に思いながら。側近達だって知っているだろう、マクスウェルがイザベラを嫌っていたことは。
だからマクスウェルに代わって嫌味の一つでも言いに来たのだろうかとイザベラは考えた。しかしそれは全く違う言葉で否定されたのだった。
「他国へ嫁ぐマロスレッド公爵令嬢へ殿下がお祝いを伝えたいそうです。あちらのバルコニーでお待ちいただけますか?」
何故イザベラを虚仮にしたマクスウェルがイザベラに祝いを言うのか。裏があるに違いないことは分かっていても、他国の王子の要望を断れはしない。
しかも側近達が指し示したバルコニーはここからも見える場所。人目につかない場所であれば結婚を控えているなどと上手く理由を作り断ることが出来たかもしれないが、彼らもまたそうされない為の絶好の場所を指し示したのだ。
それに退出のことを考えて人が多いところにいたのも徒と成った。
多くの耳目がある以上、イザベラには従うという選択肢しかない。
「婚約者のヘーゼルダイン侯爵令嬢とのダンスが終わりましたら殿下がいらっしゃいますので」
側近達はそう言いながら、途中でワイングラスを給仕から受け取ると一つをイザベラに手渡した。その流れるような動作は、このワイングラスには何の仕掛けをする時間もありませんと言っているかのよう。そしてマクスウェルがやって来るまで、涼みながらイザベラは側近達とワイングラスを傾けた。
「久しいな、イザベラ」
「マクスウェル殿下におかれましては」
「堅苦しい挨拶はいい、時間は限られているのだ」
マクスウェルが目で合図をすると側近達は数歩後ろへ下がっていった。
「お前、他国の侯爵家へ嫁がされるのだろう。可哀そうに。だから助けてやろう。同じ国から妃を二人娶ることは難しいが妾なら可能だ。大々的に表には出せないが、お前はお爺様が鳥籠で飼うよう躾けたのだ。外に出なくても大丈夫だろう」
イザベラの脳裏に忘れるよう努力してきた亡きアーサー国王の狂気に満ちた瞳が思い出された。目の前にいるマクスウェルの瞳にも同じ狂気が宿っている。それはとても危険な狂気。
「お前の美しさは買っている。どこぞの国の侯爵家で果てるよりは、美しい王宮の中で残りの一生を過ごすほうが良かろう」
「ありがたきお言葉…」
「そうだ、イザベラ、後はお前が助けて欲しいと縋ればいい。そうすれば美しいドレスを毎日身に着け、俺の寵愛に喜ぶ日々が待っている」
来賓である他国の王子の言葉。どんなにありがたくても文末は否定し、全てを無かったことにする便利な言葉をイザベラは頭の中で探し続けた。しかも格下のイザベラが使っても角が立たない言葉を。
でも、それは愚かな行為。そんな便利な言葉がただの公爵令嬢に過ぎないイザベラにある筈がない。
マクスウェルの瞳はかつてイザベラを支配しようとしたアーサーからの圧を彷彿させるものだった。アーサーの言葉を全てありがたいと受け入れろと言ってイザベラを見つめたあの瞳に。
ここで断れたとして、もしもマクスウェルがスプラルタ王国に話を通したらどうなるのか。隣国の王子の申し出を一度断ったとマロスレッド公爵家が叱責され兼ねない。
袋小路に入ってしまったと思った時だった、イザベラはまさかの人物から声を掛けられた。
「陛下の挨拶が終わり最初の曲が流れたら人が動く。そのタイミングで出るといい」
「はい。今夜はありがとうございました」
「僕としても他国へ留学中の婚約者がいなくて寂しかったから助かったよ」
舞踏会の流れなどいつもだいたい同じ。それでもシリルは心配だったのか、出口に近い場所までイザベラを連れてくると退場するタイミングまで確認して去っていった。
全ては予定通り。そう思った瞬間だった、面識のある人物達に声を掛けられたのは。
敢えて人ごみに紛れ込むようにしていたのに…。彼らはイザベラの姿を注視し続け、声を掛けるタイミングを窺っていたとしか思えない。
「ご無沙汰しております、マロスレッド公爵令嬢」
イザベラは礼をとり、目の前の人物達の次の言葉を待った。どうしてマクスウェルの側近が今更イザベラに声を掛けるのか不思議に思いながら。側近達だって知っているだろう、マクスウェルがイザベラを嫌っていたことは。
だからマクスウェルに代わって嫌味の一つでも言いに来たのだろうかとイザベラは考えた。しかしそれは全く違う言葉で否定されたのだった。
「他国へ嫁ぐマロスレッド公爵令嬢へ殿下がお祝いを伝えたいそうです。あちらのバルコニーでお待ちいただけますか?」
何故イザベラを虚仮にしたマクスウェルがイザベラに祝いを言うのか。裏があるに違いないことは分かっていても、他国の王子の要望を断れはしない。
しかも側近達が指し示したバルコニーはここからも見える場所。人目につかない場所であれば結婚を控えているなどと上手く理由を作り断ることが出来たかもしれないが、彼らもまたそうされない為の絶好の場所を指し示したのだ。
それに退出のことを考えて人が多いところにいたのも徒と成った。
多くの耳目がある以上、イザベラには従うという選択肢しかない。
「婚約者のヘーゼルダイン侯爵令嬢とのダンスが終わりましたら殿下がいらっしゃいますので」
側近達はそう言いながら、途中でワイングラスを給仕から受け取ると一つをイザベラに手渡した。その流れるような動作は、このワイングラスには何の仕掛けをする時間もありませんと言っているかのよう。そしてマクスウェルがやって来るまで、涼みながらイザベラは側近達とワイングラスを傾けた。
「久しいな、イザベラ」
「マクスウェル殿下におかれましては」
「堅苦しい挨拶はいい、時間は限られているのだ」
マクスウェルが目で合図をすると側近達は数歩後ろへ下がっていった。
「お前、他国の侯爵家へ嫁がされるのだろう。可哀そうに。だから助けてやろう。同じ国から妃を二人娶ることは難しいが妾なら可能だ。大々的に表には出せないが、お前はお爺様が鳥籠で飼うよう躾けたのだ。外に出なくても大丈夫だろう」
イザベラの脳裏に忘れるよう努力してきた亡きアーサー国王の狂気に満ちた瞳が思い出された。目の前にいるマクスウェルの瞳にも同じ狂気が宿っている。それはとても危険な狂気。
「お前の美しさは買っている。どこぞの国の侯爵家で果てるよりは、美しい王宮の中で残りの一生を過ごすほうが良かろう」
「ありがたきお言葉…」
「そうだ、イザベラ、後はお前が助けて欲しいと縋ればいい。そうすれば美しいドレスを毎日身に着け、俺の寵愛に喜ぶ日々が待っている」
来賓である他国の王子の言葉。どんなにありがたくても文末は否定し、全てを無かったことにする便利な言葉をイザベラは頭の中で探し続けた。しかも格下のイザベラが使っても角が立たない言葉を。
でも、それは愚かな行為。そんな便利な言葉がただの公爵令嬢に過ぎないイザベラにある筈がない。
マクスウェルの瞳はかつてイザベラを支配しようとしたアーサーからの圧を彷彿させるものだった。アーサーの言葉を全てありがたいと受け入れろと言ってイザベラを見つめたあの瞳に。
ここで断れたとして、もしもマクスウェルがスプラルタ王国に話を通したらどうなるのか。隣国の王子の申し出を一度断ったとマロスレッド公爵家が叱責され兼ねない。
袋小路に入ってしまったと思った時だった、イザベラはまさかの人物から声を掛けられた。
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