年に一度の旦那様

五十嵐

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120 時間の要求

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どこまでが本音で、その先本音と都合が交じり合ったものはどれだけ続くのか。そして、人を誘導するための着飾った建前には、いつから足を踏み入れてしまうのだろうか。 貴族社会で生きるには、それを受け入れるのが前提だ。全てを踏まえた上で、細い板を踏み外さず、壊さぬように渡らなければならない。

レイチェルと二人の愛人の前に、ノアが渡した板はどういうものなのだろう。 ノアが口にした『環境』は、近い未来を指している。それは、タウンハウスに戻ってきたレイチェルに立場を与えるためだ。しかし、二人の愛人は自分たちに渡された板に満足しておらず、交換しようとさえしている。それも、レイチェルに渡された板を壊してから。

アレクは、愛人のどちらか一人が侯爵邸に残れるように手を回すと伝えた。もちろん親切心からではなく、一人を金蔓にするためだ。ずる賢いアレクは、誰を残すか、どうすれば残れるのかを明確には伝えなかった。そこに明らかな基準はなく、どちらがアレクの気に入る答えを差し出すかを見定めるからだろう。その答えを見てから、アレクは自分のこれからを考え、決めればいい。

「アナベルがすぐに動くことをナタリアは予想していた。ナタリアは、自分が身を置く世界で生きるために無知と無邪気さを装っている」
 「アナベルよりもナタリアの方が一枚上手だということね」
 「しかも、今のところナタリアは何もしていない。それをアナベルとアレクは、ナタリアが馬鹿だからだと思い込んでいるだろう。だが、アレクとの密談やクレアに何かを依頼することなく、最終決定権を握っているのはナタリアだ。最後の最後に、アナベルが言ったことを守るも守らないもナタリア次第。そしてレイチェル、そろそろこのことを君に伝えておくよ。ナタリアには守るべき存在がいる。愛人になったのもそのためだ。彼女には娘がいる」
 「…ノア様の子?」
 「違う。そして、アレクはそれを知っていたから、愛人という働き口を紹介した。ナタリアが娘のためにしっかり働くと見越して。ついでに、アナベルもそのことは知ってしまっているようだ」
 「アナベルはそれを切り札にしようと考えているのかもしれないわね」

ロイは、カルセナとまとめた情報をレイチェルとフリカに共有した。レイチェルが夕食のために部屋を出るわずかな時間を利用して。そして最後に、フリカに頼み事をした。

「今夜か明日、少しでいいから、僕とレイチェルが二人きりになれる時間を作って欲しい。こんな話ばかりではなく、もっと僕たちにとって『普通』の話をしたいんだ」
 「やっとだね、ロイ」

この邸での、いつものフリカの音量とは違う、つぶやくような声。頼みを聞くとは答えていない呆れが混じったその声は、不思議とロイには『何とかするから、しっかりしろ』と言っているように感じられたのだった。
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