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混乱しているときには吃驚すれば治まるだろうか。それは吃逆、と自分で突っ込みをいれつつ夏菜子はここ数日で習慣となりつつある『こういう時にはジュリアンを見つめる』を無意識に行っていた。吃驚する程の美形を見ても混乱は治まらない。ということは、やはり吃驚が効果的に働くのは吃逆だけのようだ。

それどころか、ローザリアの視線を次は自分が黙っていたことを告白する番だと思ったジュリアンが照れの含まれた色気を漏らした。夏菜子はその表情に吃驚を通り越して、心臓が止まりそうになりながらも王女である余裕を見せる為に微笑を浮かべてみた。この行為でそう見えてくれるかは分からないが。

「そうだね、分かったよ、次は俺の番だ」
何が『そう』で、ジュリアンが『何を』分かったのは珍紛漢紛だが、ローザリアの表情は何かを語り、それをジュリアンが勝手に自分の中で解釈してくれたようだ。

混乱に不明が加わり夏菜子としてはキャパオーバーだが、ここで何か言って流れを止めるのは悪手。兎に角聞き手に徹し、事態の成り行きを見守ることにした。

「俺は公爵家に生まれ、小さい時から使用人達に大切に育てられた。知らず知らずのうちに、そうされることが当たり前で、それ以外の現実は受け入れない横柄なガキになっていたと思う。その頃、ローザに初めて会った。そして、自分より年下のローザに態度が悪いと注意を受けた」
「わたしも小さかったとはいえ、ジュールに不快な思いをさせてごめんなさい」
「謝らないで。全面的に俺が悪かったことだから。でも、当時は子供過ぎて、それからローザに意地悪ばかりした。本当は反省したから仲良くしたいって言いたかったのに」

何て甘酸っぱいキラキラしい幼い頃の思い出。けれどローザリアからしたら面倒な相手に絡まれていい迷惑だったんだろうなと夏菜子は当時を振り返った。きれいさっぱり忘れているくらいなのだから。

その後どうして意地悪野郎のジュリアンが王子様へと変貌を遂げたのか。百八十度方針転換をするには何か原因があったはず。ローザリアが忘れている何かが。
この手の話は前世で恋愛経験がほとんどない夏菜子にとって大は付かなくても好物には変わりない。因みに大が付くのは、アダルトな絡みがある男女のあれやこれだが。
気になる部分を聞く為に、先を早く話せと促すように夏菜子はジュリアンを見つめた。

「ある時、どうしてそうなったのかは忘れたけれど、俺はまたローザと言い合いになった。そしてついローザの肩を年下の癖に生意気だって軽く小突いたんだ。軽く触れただけだと思ったのに、ローザは後ろにひっくり返った。当然だよな、年齢も力も上の俺が押したんだから」

子供同士のいざこざ、事はそれでは済まなかった。それで済ますにはローザリアの身分が高すぎたのだ。公爵家は何らかの詫びの姿勢を見せなければならない。そこで、ジュリアンの従者が数日牢へ入れられ公爵家から解雇されたのだった。

「父には従者に罪はないのだから、再度雇うよう頼んだ。その時、教えられたよ、従者が数日間の留置で済んだのはローザのお陰だって。たまたまひっくり返っただけだって、俺を庇ってくれたと。だからこんな軽い罰で済んでいるともね」
ジュリアンはその時に今までどれだけ自分が甘い考えで驕っていたか思い知った。

「それからは、反省に反省を重ね、ローザリアに正式に謝罪する機会を与えてもらえるよう努力した」

もっと甘い何かを期待していた夏菜子としては空振りだが、ジュリアンにとっては良い薬になったのだろう。ジュリアンはそこがターニングポイントになり王子様のような貴公子への道を歩むのだから。

「初めて照れずに面と向かって見たローザは本当にお姫様だった。勿論、立場としは王女様なんだけど、違うんだ、俺には守るべきお姫様に見えたんだ、絶対に傷付けてはいけないお姫様に。だから、どうしたらずっと守れるか陛下に尋ねたんだ」

ああ、そういうことかと夏菜子は合点が行った。父が言っていたのはこのことだ。
「ジュール、あなたはわたしを守る為に夫、そして王配になることにしたのね」
「ああ、王配が最終目的ではない。君を守り続けることが俺の役目だから。でも、途中からは第一位の王配になるつもりだったけどね」
「それは、どうして?」
「色々知ってしまったからだよ。男女のあれこれを。俺にとってローザは軽く押せば後ろにひっくり返ってしまう程か弱い女性。それなのに国の法律で夫を三人持ち、子作りをしなければならないなんて。だから、俺が第一位になって君の体に負担がないよう他の二人を制御しようと考えた」
「そういうことか、ジュリアンが俺達にローザとのこれからを聞いたのは。そして、ローザの体のことを考えているって言ったのは」
「待って、でも今までのジュールとブラッドの話はあの時の発言とは一致しない。あなた達はわたしに好きという感情はないようなことを言っていたじゃない!」
「「「えっ?」」」
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