金木犀の涙

星空凜音

文字の大きさ
上 下
4 / 10

✿3

しおりを挟む
「おぅ、お疲れ」

「お疲れ様です!」

 日中より寒くなった外の気温で若干赤くなった頬の継、寄って来た秋山に声を掛けると、仕事終わりの割には元気な返事が返って来た。

「その様子だと手応えありそうだな?」

「やー…どうなんですかね?……こればかりは俺じゃ…」

 ―――分からないです。秋山の語尾は小さく消えて行った。
 打ち合わせに同行した秋山の様子から、結果が悪そうでは無いなと思い聞いてみたが、普段営業に付いて打ち合わせに行く事など滅多に無い為か、自信はあまり無さそうな返事だった。
 それでも落ち込んでいる様子は一切見え無い。
 此処で励ますのは変かと思って、取り敢えず秋山を見ていた。

「いいえ、上々よ!」

 秋山と俺の間に一瞬流れた沈黙の中を、未だに賑やかな話し声が響くフロアを縫って、明るい声が割って入って来た。
 思わず声の方を秋山と同じタイミングで振り向いた。
 そこには、手を腰に当て胸を張り“えっへん”と効果音が付きそうなライトベージュのスーツ姿。

「―――美也万」

 秋山と共に打ち合わせへ行っていた美也万ミヤマ 朱莉アカリだった。
 小柄な美也万のその行動は、まるで漫画の一コマに見える。
 秋山と俺の前で、美也万は立ち止まった。

「つまり、秋山を連れて行ったのは良かった…と?」

「えぇ、勿論。秋山君が居てくれて正解だったわ!相手の反応は悪く無かったし、ファーストコンタクトの掴みはOK~」

 自分の席にまだ置いてない紙袋の荷物とバッグが、美也万の腕と手首でガサガサと音を立たせた。
 左手の親指と人差し指で丸を作り中指から小指はそのままで、つまり“オーケー”の合図を作って見せた。

「そうなんですか?…お役に立てたなら良かった…っ!」

 美也万の言葉に、秋山は安心したようだ。
 頷いた美也万に合せるように、秋山は笑顔を見せた。

「……それにね、女だけだと舐められる会社もあるから」

 自信ある顔が、急に力無い表情へ変わる。
 営業部のベテラン女性社員とは違い、美也万はまだ営業部の中では中堅に当たるらしい。
 そして身長が小柄という事もあるからなのか、新規の企業ではなかなか一人だと難しい事があるそうだ。
 営業との関わりは少ないが、美也万の場合、俺が入社したのと半年差でうちの会社へ入社した事もあり、タイミングなのか何かと社内で顔を合せる事があり時々話す仲になった。

「だ~か~ら~…沢野さーん!」

(……!……(ゾワッ))

 クルッと此方へ向いた美也万は急にお願いポーズを作ると、わざと甘ったるい声を出した。
 俺の背中と腕には鳥肌が立ち、うっかり「気持ち悪っ…!!」と溢しそうになった。
 出そうになった言葉を飲み込むように喉に力を入れて堪える。

「……………」

「そんな怖い顔で睨まなくても良いでしょ!?」

 言葉を堪えた代わりに、眉間に皺が出来てしまっていたらしい。

(………つーか、何なんだ?その声)

「…次回の打ち合わせでも“秋山君、貸してくれない?”って聞こうとしただけじゃない」

(―――それなら普通にそう言えよ!)

 内心ツッコミを入れながら、咳払いをして気持ちを立て直す。

「俺は構わない。秋山が良いなら」

 言いながら秋山の方を見ると、瞬きをして美也万と俺を交互に見ていた。
 秋山の顔は“え、俺?”と言いたそうに見えた。
 美也万は無言で秋山の承諾を期待しているよう。

「後で、スケジュールを確認したらどうだ?その上で美也万と調整すれば良い。打ち合わせの日にちが分かっているなら、その日は仕事を振らないよう俺の方も調整するから、事前に言ってくれれば問題無いだろう。」

「流石、沢野!…って沢野が言ってるから秋山君、えーと、月曜日のお昼くれる?ランチミーティングしましょ!」

 話している間忘れていたが、これから送別会だった事を思い出した。
 送別会や秋山のタイミングを考えて、美也万は月曜日を指定したようだ。
 ランチミーティングであれば、ゆっくり調整も出来る。

「分かりました。月曜のお昼、空けておきます。」

「お願ーい。」

 秋山の返事を聞き終えた美也万は手をヒラヒラ振りつつ、自分のデスクに向かって行った。
 余分な荷物を置いて、他の営業社員と一緒に送別会の会場へ向かう為だろう。

「秋山も荷物、置いて来たらどうだ。送別会にその紙袋は要らないだろ?」

 秋山の腕にも紙袋が下げられていた。
 美也万程、大きなサイズでは無いが送別会の席では不要なものだと思い、紙袋を指差した。
 「―――あ、そうですね!」と頷いた秋山は、走って行った。
 秋山の背中を見送ると、俺はエスプレッソメーカーのスイッチを押した。



 ◇◇◇


 ―――アハハハッ…ガヤガヤ……カチャカチャ…

「はい、はーい!お疲れ~」

「ねぇ、ナマ、幾つ追加したっけ?」

「そこ、飲み物足りてる?」

 送別会の一次会会場は、創作料理も豊富な会社から十五分程の場所にある穴場のビストロだった。
 半分貸し切った店内で幹事を引き受けた社員と数名の女性社員が、周りの雑渡が響く中、テーブルの上のお酒と料理を確認しながら店員さんに大きめの声で追加の注文もこなす。
 開始して既に一時間以上が経過し、皆良い具合にお酒が入り、ペースも上がって来ていた。

(………残り約三十分弱…って所か。)

 小耳に挟んだ話では二時間の予約。その後は二次会へ流れる予定だ。

(暗黙の了解で大半が二次会に参加となりそうだな…)

 真向かいに座る経理部の男性社員と営業部の男性社員のやり取りを、注文したお酒を口にしながら軽く眺め、近い席に居る社員達の状況を探っていた。

「沢野、お皿の中殆ど減って無いけど…ちゃんと食べてる?」

 ―――お酒ばっか飲んでたら、後で胃がやられるわよ?
 何でか知らないが、お店に到着してからずっと隣に座っている巴志乃が俺の顔の前で華奢な腕時計の着いた右手をヒラヒラさせながら、人の皿を覗いていた。
 座席は指定等無かったし、各自自由に座って良い。
 だが、俺的には勝手に秋山が隣に来るもんだと思っていた。

(知らない相手に比べれば相当マシではあるが……………)

 因みに秋山は、お店に着いて早々人事部の面々に連れて行かれ、俺の席から少し離れた席で人事部の女性社員と飲んでいる。
 それより……

「……巴志乃。飲み過ぎて無いか?」

 呂律こそ確りしているが、巴志乃の目はとろんとし始めているように見えた。幾らか頬も赤い気がする。
 今までの送別会で、巴志乃が俺の隣だった事が無いし、巴志乃とサシで飲みに行った事が無い為、お酒がどの位強いか知らなかったが………今顔を見る限り強く無いと見える。
 二次会の事も考えると、一先ず、巴志乃にはストップを掛けて置いた方が良いと思った。

(……中途半端な所で寝られても困るしな)

「済みません、水一つ貰えますか?」

 俺は手を上げて、近くに居た店員さんに巴志乃用の水を注文した。
 水を注文している隣で、巴志乃が何か言ってきていたが聞いていなかった。

「それでね、沢野――」

「悪い、トイレに行かせてくれ。――あ、巴志乃。後で水来るから」

 話し続ける巴志乃を遮って、スマートフォンを席を片手に席を立った。
 店員さんに注文した水が来たら飲むように伝え、【TOILET】の表示を見ながら入口近くにあるトイレに向かう。
 トイレに向かいながら、スマートフォンの画面を見ると恋人からのメッセージ以外からのメッセージ通知が来ている事に気付いた。

(…これは……珍しいな。)

 相手の名前だけ確認して、男性トイレのドアノブを開くとスマートフォンをポケットに仕舞った。

 ―――十分後。
 そろそろ移動し始める者も出る頃だろうと思ったが、席に戻ると殆ど皆席に居た。
 見渡した感じ、九割くらい。トイレから出た時、会計カウンターに幹事の社員を見掛けたから、支払いは既に済んでいる筈だ。

「皆さーん。あと十五分くらいで移動するので、注文するなら早めにお願いします!もう移動出来る方は、各自良いタイミングで移動してください~」

 三分の一の量が残る氷が溶けて微温ぬるくなったグラスを持ち上げた時、まるでバスガイドのような幹事の社員の呼び掛け声が聞こえた。
 それを片耳で聞きながら、大して美味しく無いお酒を一口含み立ち上がった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

記憶の欠片

BL / 完結 24h.ポイント:560pt お気に入り:166

君と国境を越えて

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:7,981pt お気に入り:36

国を守護する聖獣は、聖女と呼ばれた少女より嫌われ者の悪女を望む

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:1,539

純愛パズル

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:844pt お気に入り:0

ウィザードゲーム 〜異能力バトルロワイヤル〜

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:1

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:19,312pt お気に入り:11,865

前世の因縁は断ち切ります~二度目の人生は幸せに~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:129,349pt お気に入り:4,367

白雪に被さる紅い月

恋愛 / 完結 24h.ポイント:901pt お気に入り:27

夏雨。

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

処理中です...