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二章 醜悪は世か人か
第6話 襲撃の後
しおりを挟む翌日朝。
「……おはよう」
「うぅぅ、おはようございます」
「……何してんだ?」
「もぅ、いっそう殺してください」
昨晩のやり取りを思い出した月那は、両手で顔を覆いながらくねくねと悶えていた。
深夜テンションで突撃した挙句、夜這いみたいな真似をしてさらにはとんでもない告白までかました自身の迂闊さを月那は呪った。
冷静になった今、非常に恥ずかしいことを言ったと気づく。
「まだその感性が残ってて安心したよ。しばらくはそこで反省してろ。出立準備俺が済ませておく」
「うぅぅ、なんか私ばかりずるいですぅ」
「お前が勝手に自爆しただけだろ」
「っく、こうなったら……死なばもろとも!」
「何の覚悟きめてんだよ、ったく。俺にそんな恥ずかしい過去はないから爆発しねぇよ」
「えぇ、本当ですか? ごっほん……『いいんだな、それで。今生最後の言葉だぞ』」
「っ!? おけー、分かった話し合おう。平和的解決法はきっとある」
「っぷ、効果覿面じゃないですか、ふふふ」
昨日までの惨状を微塵も感じさせない二人の新たな関係は始まるのだった。
◆
あれからなんやかんや言いながらも準備を済ませ、朝日と共に二人は目的地へ向かって出立した。
「そういえばまだ聞いてないんですけど、北に何があったんですか?」
「あぁ、なんでも化け物の大群が南下してるらしい」
「大群、ですか? 具体的な数は分かりますか?」
「見てきた奴ら曰く、餓鬼だけでも1000体はいるらしい。その他を入れたら数千体はいるだろうな。馬頭も牛頭もわんさかだとさ」
「それは……脅威ではありますが、桃弥さんが警戒するほどでしょうか?」
言うようななったな、と感じる桃弥。初めて出会ったときは、100匹そこらの餓鬼に慌てふためいたが、数千の大群を耳にしても何ら驚くことはなかった。
「まあ、餓鬼程度ならともなく、牛頭馬頭が群を成すのは流石に見過ごせんな。それにーー」
「リーダー格の存在、ですか?」
「あぁ、区役所で聞いた話じゃあ、ずば抜けて強い奴が最低でも2体はいるらしい」
「馬頭よりも上……つまり、赤の色珠持ちであると」
「そういうことだ。あの嵐の鬼と同格が複数いる集団。放っておけば東京都全滅もあり得る」
「……驚きました」
「なにが?」
「桃弥さんは避難民たちを助けようとしていることに、です」
「っは、馬鹿言え。数千を超える化け物の大群だぞ。全滅させりゃ能力値がとんでもないことになるぜ。それが狙いに決まってんだろ」
「え? 2人でやるんですか?」
「当たり前だろ。一匹たりとも他人には渡さん。全部俺らで美味しく頂く」
「……勝てますかね」
「そのための準備をこれからするんだよ。あの数に勝つには、武器と足がいる」
月那たちが襲われた日の夜。桃弥はついに銃器の在りかを示す地図を入手した。
どうやら、司たちは密売銃の元締めのような男を抑え、場所を把握していたらしい。
さらにその地図にはいくつかの、バッテンが記されていた。
ーー回収不可能
それを意味するバツが複数記されている。しかし、それはただ司たちでは回収できないという意味である。
実際、桃弥と月那なら銃器を回収できる場所がほとんどである。
武器と移動手段を確保した二人はいざ、北へ。
◆
桃弥たちが区役所を離れたすぐあと、森は司に詰め寄っていた。
「説明してもらうぞ、司くん。桃弥くんたちに何をしたのかを」
「あの場で聞いた通りですよ。土田さんたちをおびき出し、取り押さえるための囮にしました。それだけです」
「それだけ? あの子らがどんな怖い思いをしたんか分かってんのか!?」
「それに関しては私の読み間違いです。酒井くんからの報告では、亘さんと水篠さんは二ツ星です。そうですね?」
近くにいる酒井にそう問いかける。
「はい。私の耳にはそう聞こえました。記憶強化もありますので、覚え間違いということはありません」
「だから私は水篠さんを囮に選んだのです。最低でも二ツ星なら、土田さんに対抗する程度の力はあるのかと。その間に駆け付ければーー」
「司くん、あんたはなんも分かっちゃいねぇ。女の子が大の男に襲われたんだぞ! 力の強ぇ弱ぇじゃねぇんだよ! 怖くて力が出ねぇのは当たり前だろうが!」
激昂する森に少し驚きの表情を見せる司。しかし、それもすぐに元に戻る。
「えぇ、これは私のミスです。彼らを失ったのは惜しいですね」
司は、はぁとため息をもらす。それを見た京極は、少し意外そうに彼を見つめる。
「珍しいな。お前がため息をつくなんざ」
「ため息の一つや二つ、つきたくもなりますよ。あれほどの戦力ですから」
「それほどか。おれには亘が強いことだけは分かったが……」
「酒井くん、君はどう思いますか?」
司は、もっとも長時間桃弥を見張っていた酒井に問いかける。
その問いに、酒井は少し考える素振りを見せる。
「先ほどは2人を二ツ星と言いましたが、最低でも三ツ星以上と見るべきです」
「そうなのか? まあ、監視してたお前がいうなら間違いはないだろうが」
「いえ、正直私も測りかねています。特に亘さん。彼は、意図的私から情報を隠しているように見えました。聴力強化持ちの可能性が高いかと」
「おいおい、五感強化系持ちであの強さかよ」
京極たちの間では、五感強化系は強さに直結しないというのが結論である。そんなものよりも、腕力強化や身体強化などを取得した方が即戦力に決まっているからだ。
そのため、五感強化系はどちらかというと斥候や事務が取得することの多い能力だと認識されている。
「三ツ星以上、もしかしたら四ツ星もあり得るかもしれませんね」
ポツリと呟いた司に、京極は激しく反応する。
「馬鹿な!? あの二人はお前と同じだっていうのか? ありえねぇ!」
そんな京極を、森たちは訝し気に見ていた。
「前から思ってたんだが、京極の旦那と司くんってどういう関係だ? 昔からの知り合いかぁ?」
「あ、あぁ……おれと界人は警察学校時代の同期だ。こいつが首席で、おれぁ次席なんだがな」
「え? 司くんって京極の旦那と同い年なん? じゃあ、司の旦那って呼ばないと……」
「勘弁してください。旦那なんて柄じゃありませんよ」
そんな風に話が脱線していると会議室の扉が勢いよく開かれ、一人の男が入ってくる。
「失礼する」
「暁さん、どうかしましたか?」
男の名は暁蓮。Aチームの統括であり、土田を除くと、司、京極の次に強い男である。さらに言えば、土田たちを捉えるために向かったメンバーの一人でもある。
「土田たちが脱走した」
「「「っ!?」」」
「バイク数台と、帰ってきた松原たちの姿もない。恐らく奴らの手引きだろう。どうする?」
「追いかけるぞ、司くん! 土田の野郎、絶対桃弥くんたちを狙ってやがる」
急いで武装を整えると森。しかし、しばし考えた後、司は森に待ったをかける。
「いえ、追いかけるのはよしましょう」
「はぁ!? どういうこった!? まさか、桃弥くんたちを見捨てるつもりーー」
「逆ですよ。土田さんたちを見捨てましょう」
「……は?」
「あの彼に絡むんですから、土田さんたちの全滅は免れないはず。区役所の膿を一掃できるチャンスです。放っておきましょう」
「……」
司の冷酷な発言に、森は言葉を失う。そんな中で、暁は司にさらなる報告を入れる。
「そうはいかないかもしれんぞ、司。これを」
そう言って差し出されたのは、一通の手紙である。
封筒には「司界人へ」とだけ書かれている。
「今日の点検にいった俺の部下が、銃倉庫でこれを発見したらしい。気になって調べてみたら、密売銃の地図がなくなっていた」
密売銃の地図。その在りかを知るのは司と京極、そして暁のみ。存在自体は酒井も知っているが、場所までは把握していない。
「追いかけるか?」
言外、桃弥が犯人だと断定する言い方。
受け取った手紙を読みながら、司は考える。そして、10秒もしないうちに結論を出す。
「いえ、構わないでしょう。回収可能な銃はすべて回収していますし、新しい銃のあてもあります」
「そうか」
あっさり食い下がる暁。追跡を提案したものの、彼もそれほど乗り気ではなかったのかもしれない。
「……ところで、その手紙には何が書いてあったんだ?」
「おや? 読んでないのですか?」
「他人への手紙を盗み見る趣味はない」
「真面目ですね、相変わらず。なに、ちょっとした脅しですよ」
手紙の内容をまとめると『彗は月那の友人だ。ちゃんと面倒見ろよ』である。
(まったく、厄介な相手を怒らせたものです。利用するつもりが、最初から利用されていたとは)
心中で大きなため息をつく司。その瞬間、再び扉が力強く開かれる。
「失礼しまーすって、あれ? 会議中だった?」
「彗ちゃん、どうしてここに……もう、大丈夫なのか?」
入ってきたのは、今まさに手紙で記された沢城彗である。彼女も月那同様襲撃を受けたため、森は心配した素振りを見せる。
「うん。全然平気、ってわけじゃないけど……くよくよしてる場合でもないかなって」
「そ、そうか。それで、一体どうしたんだ? 彗ちゃんがここに来るなんざ、滅多にないだろうに」
「あっ、そう、それなんだけどーー」
ーーあたし、食料調達隊に入りたい!
そう力強く宣言する。
◆
桃弥から貰った色珠を使用した彗は、それを鍛えるために食料調達隊への入隊を希望した。
森は反対していたが、司があっさり許可したことで彼女は無事食料調達隊の一員となった。
会議室からの帰り道。彗は穏やかな足取りで、しかし穏やかではない心中を抱えながら帰路に着く。
(はぁ~~、もうぅ!! 何なのあの人! 何なの何なの何なのー! もうぅ! さり気にボディータッチしてくるし、勝手に頭ポンポンするし、マジあり得ないんだけど。最低、男として最低!)
ふと、足を止める。内心では桃弥の悪口を言っているが、その目的は別にあった。
(はぁ……さすがに無茶かなぁ、今から嫌いになるのって。だってさぁ、無理じゃん。すっごいかっこよかったんだもん)
一瞬で土田たちを蹴散らし、間一髪で助けられたその瞬間のことは、今でも脳裏に刻まれている。
ーーおまけにそのシチュだと、白馬の王子様にしか見えないっしょ
自分が言った言葉が、そのまま自分に返ってくる。
(うぅぅぅううう!?……はぁ、あたしもついていけばよかったかなぁ。でも……)
脳内に浮かぶのは、互いを抱きしめながら支え合う桃弥と月那の姿。そして、朝日へと進む二人の背中。
(あれに割って入るの、無理じゃね? い、いやいやいや、別に割って入ろうととか考えてないしぃ、あたしだってツッキーの幸せを望んでるしぃ……はぁ、どうしよう)
沢城彗が初めて水篠月那という少女に会ったときは『いいなぁ、その顔なら人生イージーモードなんだろうなぁ』と、軽い嫉妬を感じていた。同時に、少し嫌っていた。
しかし、話していくうちに水篠月那という少女の本質に気づく。この子は、物凄く純粋なのだと。
月那の家庭事情を少しだけ聞いた彗は、この子を守ってやらないといけない、そう思った。
だから最初は月那がべた褒めしていた亘桃弥という男を警戒していた。純粋な月那を騙していいように使っているのではないかと。
土田たちが襲ってきたとき、反射的に飛び出してしまった。トラウマのある月那に、この男たちを近づけるわけにはいかない。そう思った。
「はぁ」
(やっぱあの男は最低! 思わせぶりなことしやがって! ノーチャンなのこっちもわかるっつーの! 天然たらしくそ野郎が! バーカ、バーカ! こうなったら超強くなって認めさせてやる! リア充爆発しろ!)
これが後の『人類解放戦線』最強の第三強襲部隊・隊長、沢城彗の一歩目である。
しかしーー
「はぁ、ごめんねツッキー。彼氏つくるの、無理っぽい」
別に約束したわけではないが、彗は勝手に月那に謝るのだった。
応援ありがとうございます!
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