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三章 狂う五輪の歯車

第5話 進化の時

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 桃弥の一撃を最後に、轟鬼の野望は完全に断たれた。

 その後、二人は予定通り周囲の化け物を狩って回った。手分けして可能な限り色珠を集めた二人は今、合流する。

「お疲れ様。怪我、大丈夫か?」

「お疲れ様です。大丈夫ですよ。かすり傷ですので」

「そう……救急セットを持ってきたから、それで手当しておけ」

 差し出される救急箱。しかし、月那はなかなか受け取ろうとしない。

「うーん……桃弥さんに手当してほしいです。ほら、頑張ったご褒美的な」

「やっすい褒美だな。もっと他になかったのか」

「え? もっとわがまま言っていいんですか?」

「ものによるな」

「じゃ、じゃあ添い寝をーー」

「却下」

「うぅ、ケチィ」

「あのなぁ……戦いのあとでハイになってるのは分かるが、後で後悔するぞ」

「た、確かに……じゃあ、膝枕でぐらい我慢しておきます」

「何の我慢にもなってない……でもまあ、それぐらいなら」

「やったぁ」

「手当が先な」

 そう言って、桃弥は月那を座らせる。擦りむいた膝を消毒し、絆創膏を張り付ける。

「よし、とりあえずこれで大丈夫だろ」

 手当を終えると桃弥は立ち上がり、背伸びをする。一方、月那はどこか期待したような眼差しを桃弥に送る。

「……車の中でな」

 コクコクと頷く月那。そんな何とも言えない雰囲気の中、二人は車に乗り込む。

 左の後部座席に座る桃弥。その膝に、月那は頭を乗せて横になる。しばしの沈黙が続く。

 静かな車内で二人の呼吸音だけが響いていた。そんな沈黙を、月那は破る。

「……冷静に考えたらすごく恥ずかしいですね、これ」

「だから言ったろ。あとで後悔するって」

「うぅ、起きますぅ」

 そう言って上体を起こそうとする月那。しかし、桃弥はそれを許さなかった。

 月那の頭を撫でるように抑え、膝に押し付ける。

「え、と、桃弥さん?」

「まあ、待て。よくよく考えたら俺も似たようなことをされたわけだし……折角だから仕返しさせてもらおうか」

「なっ!? あれは不可抗力です。桃弥さんが怪我をしたから仕方なくーー」

「じゃあ俺も不可抗力だ。月那に怪我をさせてしまったからな」

「うぅ、桃弥さんが意地悪してきますぅ」

 恥ずかしがる月那。そんな月那の頭を、桃弥は優しくなでる。

 そんな中、唐突に桃弥が口を開く。

「……すまなかった」

「え? 何がです?」

「危険な役回りを任せてしまった。本当は俺も一緒に居たかったが」

「仕方ありません。私には射撃のセンスはありませんので、どうしても後方支援は桃弥さんに任せることになりますから」

「今度は別の作戦も考えよう。月那に危険のないようにーー」

「それは嫌です」

 桃弥の手を払いのけ、月那は起き上がる。そして、桃弥の目を真っすぐ見つめる。

「私、足手まといになるために桃弥さんについてきたわけじゃありません」

「それは、分かっているが……」

「それに、腕力強化と先見を持つ私の方が接近戦では有利です。桃弥さんの援護があれば早々危険な目には合いません」

 月那の言葉から強い意志が込められている。それは桃弥も分かっているが、どうしても割り切れない部分がある。

 それを感じ取った月那は、改めて体勢を整え桃弥の傍に座る。そして、桃弥の懐に全身を委ねる。

「じゃあ、大きな戦いが終わったらご褒美が欲しいです。何でも言うことを聞いてください」

「……あぁ、俺にできることなら、なんでも聞こう」

 月那の体を支えるように、そうっと抱きしめる。その懐の中で、月那は小さく微笑む。

「桃弥さんにしかできないことをお願いしますからね。約束ですよ」

 強請られているようだが、不思議と悪い気はしない。

 そして桃弥は思う。いつの間にか立場が逆転したな、と。


 ◆

 二人が合流して一刻が経つ。そこで、ようやく二人は情報の共有を行った。

「俺が集めた色珠で大体10000ぐらいだな」

「私の方は轟鬼のを入れて8000ぐらいですね。あと、戦利品と言えば、あれなんですけど」

 そう言って月那は後方のラージスペースを指さす。そこには、2mを超える巨大な金棒が置かれていた。

 握り部はそれほど太いわけではないが、如何せん全長が長すぎる。重さは相当のものだろう。さらに、打撃部はよくある円筒形ではなく、六角柱の形をしており、先端に近づけば近づくほど太くなっている。

「それは……」

「雷の鬼が使っていた武器です。名前は雷牙だそうです」

「なるほど、月那が苦戦したのはこれのせいか」

「はい。この武器は、打ち合った相手の体に雷の牙を突き立てるようなので、少し手こずりました」

 先見があったからこそ回避できた初見殺し。そんな強力な武器が今、二人の手中にある。

「それで、どうしますか?」

「ん? どうするも何も、月那が使うしかないだろ?」

「いいんですか?」

「いやだって、俺の腕じゃあれを振るのは無理だし」

「……」

 確かに。桃弥の体は強化されているとはいえ、脚力以外はそれほど突出していない。持つこと自体はできるだろうが、持ち前の機動力を損ねてまで使うメリットはない。

 そう、月那も思うがーー

「ーー私ってひょっとしなくてもゴリラ化してません?」

「今更だろ。あのでっかい鉈を振り回してる時点で俺よりも力は上だ」

「……なんか、女として失っちゃいけない何かを失った気がするんですけど」

 改めて突きつけられる現実に、月那は若干しょんぼりする。

 そんな月那を見て、桃弥は大きくため息を溢す。そして月那を頭にポン、と手を乗せる。

「気にすることはない。そんな女としての何かよりも、俺は今の月那が好きだ」

「ほぇ?」

 桃弥の突然の発言に、月那の脳はフリーズする。そして数秒後、再び動き出した月那の脳みそによって彼女の頬が赤く染まる。

「え、えーと」

 もじもじとしながら、月那は横目で桃弥を見る。すると、桃弥の頬を僅かに赤らめていることに気づく。

「と、ところでさ、轟鬼の色珠って、濁ってたか」

 そして、明らかに話題を逸らした。だが、今の月那にはそれを追求する余力は残っていない。

「い、いえ、綺麗な赤色でした。触れてもなんともありませんでしたので、特殊能力が手に入る可能性は低いでしょう」

 何とか話の軌道修正を行い、二人は会話を続ける。

「だとしたら、特殊能力の入手には何か条件があるのか? 倒し方とか、タイミングとか」

「いえ、どちらかというと敵の性質が原因だと思います」

「どういうことだ?」

 少し会話を重ねることで、二人とも平常心を取り戻したようだ。

「雷の鬼は戦闘中に言ったことなんですがーー」

 ーー成身ができるのがそんなに偉いか!! 僕だってこの雷牙さえあれば、空輪にも負けない力がある!

 轟鬼が月那に吐き捨てた言葉。それを聞いた桃弥は、少し考え込む。

「『成身』に『空輪』、か」

「あ、それとあの鬼、桃弥さんの『風纏』を『風輪』って言ってましたよ」

「風輪……」

 名前的に、空輪と同種の力だろうが、如何せん情報が少なすぎる。

 しばらく考えたあと、桃弥は諦めたようにため息を溢す。

「はぁ、ダメだな。知識不足だ。月那は何か心当たりはあるか?」

「はい……ただの推測ですが、仏教には『五輪成身』という言葉があります」

「まんまなのが出てきたな」

 風輪、空輪にまつわる『輪』と轟鬼が言っていた『成身』。まさにこの場にピッタリの言葉だ。

 桃弥のツッコミに、月那は思わず苦笑いを浮かべる。

「そうですね。五輪というのは、地・水・火・風・空の五つを指し、成身は体を完成させるなどの意味があります。雷の鬼はこのことを言っていたのではないでしょうか」

「納得のいく推測だな。風も空も含んでいる」

「はい、そこからさらに推測すると、雷の鬼はまだ体を完成させていないのではないでしょうか」

 ーー成身ができるのがそんなに偉いか

 轟鬼の言葉から、彼はまだ成身ができていないことが伺える。
 
「なるほどな。体を完成させた鬼は自身の五輪の力を宿しているが、雷の鬼はそれができない。だから、その力は武器に宿ったままというわけか」

「私もそう思います。ただの推測に次ぐ推測ですが」

「いや、いい考えだ。この世界は何だかんだで仏教的な法則に従っている。色珠だってそうだ。青、黄、赤。ここに白と黒を足すと仏教の五色になるしな」

「そう、ですね……どうしてこんな世界になってしまったのでしょう」

 自分たちが置かれた状況を改めて思い返した月那は、わずかに顔を伏せる。

 だが、桃弥はまるで気にしていない様子だった。

「それは俺たちが考える問題ではない。俺たちはただ、このいかれた世界で生き残ることだけを考えればいい」

 桃弥の推測が正しければ、この世界にはあと二色、色珠が存在するはず。

 白と黒。それはすなわち、あの鬼たち以上の化け物が後二段階存在することを意味している。

 あえて急ぐ必要もないが、あまりちんたらしている余裕もない。

 そのことを再確認した月那もどこか吹っ切れた表情を浮かべる。

「……そうですね。では、もう色珠を使いますか?」

「あぁ、そうだな。二つ目の能力をカンストさせる。それによって何が起こるか」

「ふふ、楽しみですね」

「鬼が出るか蛇が出るか。まあ、やってみないことにはわからないからな」

 そう言って、二人はそれぞれの色珠に手を伸ばし、心象世界へと潜り込んだ。

  
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