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四章 月と太陽と彗星

第7話 初接触

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 桃弥が司たちと契約を交わした二日後。遠征の準備はすべて整っていた。

 遠征ということもあり、三人は流石にフル装備である。

「バイクで移動した方がいいですかね。都内を横切るとなると車は流石に無理ですし」

「そうだな。七草は月那と一緒にバイクに乗ってもらおう。月那、運転は任せた」

「了解です」

 世界が崩壊した2カ月。撤去する人もいないので、未だに道路上には乗り捨てた車が散乱していた。

 そのため、桃弥たちは車ではなくバイクで移動することにした。

「……月姉、運転できるの?」

「できるよ。私は桃弥さんみたいに足速くないので、都内に行くときはほとんどバイクかなぁ」

 免許こそ持っていないが、この世界で免許をどうこう言う人もいないだろう。

「じゃあ、出発するか」

「……ん? 桃弥は?」

「あぁ、俺は徒歩だな」

「……ん?」

 ◆

「……桃弥、すご」

「さすがの速さだね」

 可能な限り車の無い道路を選び、三人は神奈川県南部を目指して移動を開始した。

 月那と陽葵は二人乗りのバイクだが、桃弥は自分の足で走っていた。

 車が少ないということもあり、月那たちは時速80km前後で走り続けていた。

 しかし、そんな月那達を徒歩の桃弥は先導していた。とても人間の出せる速度ではないが、桃弥にしてはジョギング程度の感覚だ。

 そんな桃弥だが、さすがに目にスポーツサングラスをかけている。ある程度で風で空気抵抗を緩和しているとはいえ、目にかかる負担はできるだけ減らしたいのだ。

「……わたしも、頑張らないと」

 桃弥に弱いと言われて少し拗ねてしまったが、それも納得できてしまう。なんせこんなんと比べたら大抵の生物は弱いに決まっている。

 そんな風に、陽葵は改めて決意する。

「ん?」

 そんなこんなで、走ること1時間半。桃弥の耳に聞きなれた雑音を捉える。

 ーー誰かが複数の敵に襲撃されている音を

『月那』

『おや? 桃弥さんから以心伝心を使うなんて珍しいですね。どうかしましたか?』

 高速で走っているということもあり、普通の会話ではなく『以心伝心』で二人は言葉を交わす。

『少し寄り道をする』

『誰かが襲われてるんですか?』

『あぁ、俺は先に行くから後を追ってくれ』

『了解です』

 その言葉を最後に、桃弥は超加速する。一瞬にして時速200kmに達し、さらに加速を続ける。

「……わぁ、はや」

 桃弥の超加速を始めてみる陽葵は驚くが、月那は淡々と桃弥の進む道をたどっていた。


 ◆

 場所は横浜付近。関東五大勢力『桝花』が拠点としている危険地帯である。

 そんな横浜から少し南に進んだところで、ある少女が必死に戦っていた。

「はぁ、やばい、これ。死んだかも」

 両手で刀を正眼に構え、敵を牽制する。

 そんな彼女を囲っているのは3体の馬頭と2体の牛頭。それに加えて10数体の餓鬼も群がっている。

 必死な彼女を嘲笑うように、今も耳障りな鳴き声を上げている。完全に油断している。

 とはいえ、黄色レベルが5体。

 この場を切り抜けるには、最低でも大隊長クラスの実力は必要。そんな大隊長ですら、8割方生還できない。

 この数の化け物を相手に難なく生還できるのは、「人類最強」を噂されるあのいけ好かない男か、少女が属する『桝花』のリーダー「剣姫」・天花寺波留ぐらいのものだ。

『人類解放戦線』の司界人ですら、苦戦は免れないだろう。

「はあ、みんな、ちゃんと逃げられたかなぁ」

 彼女がこの場に残っているのは、ひとえに仲間たちを逃すため。

 餓鬼たちとの戦闘中、急な馬頭と牛頭の乱入により五人いるうちの二人が負傷。負傷者を逃がすために、少女は殿を務めていた。

 ーーすぐ波留先輩を連れて来るから、それまで耐えて! 死んじゃだめだよ、紗香!

 親友の少女が涙ぬみながらそんなことを言っていたが、間に合うはずがない。

 それは少女も分かっている。

「波留先輩。あとは頼みます!」

 決死の覚悟で少女は刀を振るう。

 一匹の馬頭に向かって突進し、足の腱を切りつける。

『ヒヒーン!』

 しかし、与えた傷は浅い。鉈を持っていない方の拳を握り、馬頭は少女の横腹を殴りつける。

「ぐっは」

 胃液を吐き出しながら、少女は地面を転がる。

「ごほごほ」

 刀を杖に立ち上がろうとするが、生憎足をくじいてしまう、上手く立ち上がれない。

 その姿をみて、馬頭たちは一層笑い声をあげる。

 そして、笑い疲れたのか、もう飽きてしまったのか。少女に近づき、鉈を振り上げる。

(あー、終わった)

 そう少女が絶望した、その瞬間だった。

 一陣の風が吹き荒れる。

「……っえ?」

 十数匹いた餓鬼も、少女を囲む馬頭たちも、一瞬にして切り刻まれた。

『モ、モウーーー!?』

 ただ一匹、少しだけ離れた場所にいた牛頭は無事だったが、その腕は切り刻まれている。

「あれ、一匹仕留め損ねたか? ちょっと勘が鈍ったか」

 いつの間にか現れたサングラスをかけた男がそんなことを呟く。

「まあいいか。それを取り戻すための遠征だし」

 人差し指で虚空に一の文字を書く。

『モ、モーー』

 すると、牛頭の頭部が切断さら地に落ちる。そして灰と化し、黄色の色珠を残す。

 少女を絶体絶命に追い込んだ強敵たち。それを瞬く間に殲滅した謎の男。

 少女は突然の状況の変化についていけず、多々呆然と眺める他なかった。


 ◆

 数匹の馬頭を蹴散らし、色珠をかき集める桃弥。

(馬頭が群れ成しているのか。なるほど、確かに危険地帯と呼んでも差し支えないな)

 司の情報の正しさを確認しつつ、桃弥は襲われた少女に近づく。

「……貴方は、一体? あ、助けていただき、ありがとうございます」

「どういたしまして。俺はただの通りすがりだ。立てるか?」

「あ、はい。いたたたた」

 立ち上がろうとする少女だが、足を挫いたせいで上手く立てずにいた。

「捻挫か? もうすぐ俺の仲間も到着する。その時に応急処置をしよう」

「す、すみません。ご迷惑をおかけします」

 そんなこんなしているうちに、月那達も到着する。

「桃弥さん、速すぎです」

「……うん、見失いかけた」

「仕方ないだろ急いでたんだから。ところで月那、救急セットはあるか? この子が足を挫いた。手当てしてやってくれ」

「はーい。ちょっと待ってくださいね」

「す、すみません。ありがとうございます」

 すっかり手慣れた手つきで、月那は少女の手当を済ませる。

「ただの応急処置ですので、無理はしないでくださいね」

「あ、ありがとうございます。ところで皆さんは、どちらに所属されている方なのでしょうか?」

 応急処置をしたとはいえ、すぐに立てるわけではないので、座ったまま少女は桃弥たちに質問をぶつける。

「所属、所属ねー」

「強いて言えば、無所属でしょうか」

 無所属。もしくは独立した組織というのが今の三人の立ち位置だろう。

「え、無所属ですか?」

「あぁ、特定の組織には属してないな」

「そ、そうなんですね……だ、だったら! うちに入りませんか? あ、わたし、『桝花』所属の森紗香と申します」

「『桝花』ねぇ」

 そう言えば司が『関東五大勢力』の一つにそんな名前を挙げたような。

 だとしたらここは既に桝花勢力圏ということか。

「誘ってもらって申し訳ないが、俺たちは自由にやりたいんだ。どこにも縛られる気はない」

「そ、そうですか。残念です……」

 そう言って、言葉通り残念そうな表情を浮かべる少女。

 もう少しフォローの言葉をかけるかと迷った桃弥だが、こちらに接近するバイクの音を耳にする。

「月那、七草。そろそろ行くぞ」

「え? この子をここに置いていくんですか?」

「誰かが猛スピードでこっちに向かってる。多分この子の仲間だ」

 最短距離でこの場に向かっているため、偶然居合わせた他人とは考えにくい。

「あ、たぶんうちのリーダーです。よかったら会ってみませんか。お礼もしたいですし」

「いや、遠慮しておく。先を急ぐからな」

 桃弥がそんな断り文句を言っている間にも、月那と陽葵はバイクに乗り、スタンバイしていた。

「じゃあ、縁があればまたどこかで」

 少女の返事も聞かずに、桃弥は駆け出した。

「ほぇ?」

 桃弥の加速により風が吹き荒れ、少女の髪が乱れる。それを追うように月那たちもバイクを走らせる。

 残された少女は桃弥のあまりの速さに呆気にとられ、その間にリーダーを連れた仲間が戻ってきたのである。
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