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四章 月と太陽と彗星
第6話 遠征
しおりを挟む交渉がまとまり司が一息ついていると、桃弥は司たちに会いに来た最大の目的の人物に話しかける。
「いつまでそこに隠れてるつもりだ、彗? そろそろ出てきてほしいのだが」
桃弥の発言に、司と酒井以外のメンバーは驚きを露わにする。
「ちょ、隊長!? あの人とどういう関係?」
「彗ちゃん、あの人と知り合いなの? 詳しく聞かせて!」
「へぇ、あの沢城隊長が……」
その中でも女子メンバーは特に反応が過敏だった。男性メンバーの中には「隊長を呼び捨てだと」などと敵対心を燃やしたものもいるが。
さすがにいたたまれなくなったのか、彗は隠れていた女子の背中から顔を出す。
「や、やっほう、桃弥さん。げ、元気?」
ぎこちない笑顔を浮かべながら、彗は桃弥の前に出る。
「やけによそよそしいな。まあ、いいか。そっちこそ元気そうでなによりだ。聞いたぞ、隊長になったんだって? 出世したな」
「ま、まあね! あたしにかかればこんなもんよ。ま、桃弥さんとツッキーのおかげだけどぉ」
「謙遜することない。俺は舞台を整えただけ。後は彗の努力の成果だ」
「にしし、桃弥さんは相変わらずのクソ真面目。てか、桃弥さんこそ相当強くなったんじゃない? パーカーにジーパンで街を出歩くとか、そうそうできたもんじゃないでしょ」
そう。今の桃弥は防弾チョッキも迷彩服も着ていない。風纏がある以上、そのような防具に意味などないのだから。
もちろん本気の戦闘に臨むときはフルで装備を整えるが、今の桃弥は言わば食前の散歩のようなものだ。わざわざ装備を着込む必要もない。
「それはいずれ分かる。なんせ十日後には共同討伐があるんだからな。その時は月那にも会えるぞ」
「あ、やっぱツッキーは来てないんだね。どっかで見てるとかじゃなくて」
「ああ、来てたら真っ先に彗に会いに来てるだろうからな。会ったら驚くぞ。相当な化け物になってるからな」
「はは、なにそれ言い方ひどくない? 桃弥さんも人のこと言えないっしょ」
「残念だが俺は今3連敗中だ」
「え、マジ?」
自分が勝ち越していることは伝えず、3連敗という情報だけを伝える辺り、桃弥も相当性格が悪い。
「そう……負けてられないね」
「あまり気負うことはないがな。お前はお前で部下の面倒とか色々あるだろうし」
「……なんかナチュラルに飴と鞭された気分だけど」
「そんなことをしたつもりはない」
こうして二人が再会に花を咲かせていると、司が無理やり割り込む。
「お二人とも。久々の再会で語り合いたいのは分かりますが、いつまでもこんな場所に留まるわけにもいきません」
司の言う通り、一応この場所はハザードレベル2相当の危険地帯。桃弥はともかく、他のメンバーが油断できる場所ではない。
「……ま、それもそうだな。俺はこれで退散しよう。彗、またな」
「うん、またねぇ。ツッキーにもよろしく」
「あぁ」
そう言って、桃弥は振り返り、徐に歩き出す。いつものスピードではなく、少し早歩きのペースで。
去っていく桃弥の背中を眺めながら、彗はバイバイと手を振る。そんな彗に他のメンバーが群がる。
「ちょっとちょっとちょっと! 彗ちゃんデレデレじゃない! 何なのあの人!?」
「いつもの沢城隊長とはずいぶんと様子が違ってたね。何があったの?」
「隊長が隊長じゃないみたい!」
「な、なんもないってば! ただの昔馴染みで……ちょっと色々あったけど」
「色々!? その色々を聞かせて!」
テンションが上がっていく女子メンバー。一方それとは裏腹に、男性メンバーは苦虫を嚙み潰したよう表情を浮かべていた。
そんな隊士たちの喧騒に紛れて、司と酒井はこっそり言葉を交わす。
「酒井くん、彼の接近に気づきましたか?」
「いえ、全く。聴力強化は常に発動していましたが、まるで物音がしませんでした」
「…………」
酒井の聴力強化は1000に迫るステータス。『人類解放戦線』で最高峰を誇る索敵能力だ。
その酒井が全く接近に気づけないとなると、桃弥の奇襲に対処できるものは『人類解放戦線』にはいないだろう。
そのことに、司は恐ろしさと頼もしさの両方を同時に感じていた。
「にしても、また彼にしてやられましたね」
「と、言いますと?」
「報酬を吊り上げられた、ということです。彼にとってはこの依頼は容易いはずです」
「何故そう思いますか? いくら亘さんが強くても、さすがに赤の相手は容易ではないはずです」
「そう思いますか? では、なぜ彼は討伐対象の情報は全く聞かなかったのでしょうか? 情報の前払いを要求したにもかかわらず」
「っあ」
「彼にとっては事前情報が必要な相手ではないということです。そして、宝珠の分配も恐らくはブラフ。本当に欲しいのは情報の方でしょう」
司界人は、桃弥の思考を見事に当てていた。もちろん、桃弥もそれは承知している。
「酒井くん。南方の情報に注目しておいてください。とりわけ私が彼につたえば場所の動向に」
「わかりました。『桝花』に接触しておきます」
何やら桃弥がやらかしそうな気配を感じつつ、司たちは帰路に着いた。
◆
望む情報を手に入れた桃弥は、大気を足場にすさまじい速さで帰還した。
本来の目的は『英雄の集い』についての情報だが、それは十日後の共同討伐の際でも遅くないと判断した。
今はどちらかというと、遠征の方が大事である。
「ただいま」
「あ、桃弥さんお帰りなさい。ご飯の準備、できますよ」
「あぁ、ありがとう」
先に席についている月那たちの隣の椅子に腰を下ろす桃弥。
「ところで、二人に相談があるのだが……」
そう言って、司たちとの契約の話を切り出す。
一通り情報を伝えるとーー
「というわけで、勝手に約束して申し訳ないが、十日後に赤二体の共同討伐に参加することになった。二人が嫌なら俺だけでもーー」
「もちろん私は参加します。彗ちゃんにも会いたいですし」
「……わたしも、行きたい」
司たちのサポートがあるなら、桃弥一人でも赤二体の討伐の可能と思ったが、どうやら月那たちも乗り気のようだ。
「わかった。だったら十日後までに、やることを済ませよう」
「遠征、ですか?」
「あぁ、場所は神奈川県南部。出発は二日後。移動込みで五日間を予定している。食料と必需品は三日分だけ持って行って、あとは現地調達でいいだろ」
「了解です。どれぐらいの成果を挙げる予定ですか?」
「俺と月那は新しい能力の進化。七草は地力の強化だな。ところで七草」
「……ん、なに?」
「お前のステータスを教えてほしい。無論無理にとは言わないが」
「……平気。教える」
陽葵は桃弥たちの一個下の四ツ星。人類全体で見ても上位の能力者。それこそ、『英雄の集い』の十傑ほどではないがそれに近いの実力を持っている。
そんな彼女のステータスはーー
身体強化 890
体力強化 610
治癒強化 980
■■■■
「…………」
「…………」
桃弥と月那は言葉を失った。
「……清々しいまでに弱いな」
「ちょっ、桃弥さん! 言い方」
「あ、すまん」
思わず出てしまった桃弥の発言に、陽葵は少しだけ落ち込む。そして拗ねる。
「…………むぅ」
そんな桃弥を月那は叱咤し、桃弥も謝る。
「まあ、今回の遠征を通して強くなればいい」
「そうだよ陽葵ちゃん! 落ち込む必要はないからね。誰だって最初は弱かったんだから」
二人は陽葵を慰めるが、それが逆に陽葵を落ち込ませてしまう。
結局、陽葵の機嫌が直るまでしばらく時間を要したのだった。
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