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動乱・生きる理由

第15話 背信者

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 リンシアとシリアは炎の中を駆けた。一刻も早くレオンハルトの元に辿り着くために。

 降りかかる炎を、影で、水で防ぎ、突き進んだ。レオンハルトなら必ず生きていると信じているからだ。一箇所だけ、炎が不自然に揺らめく場所があった。

「あそこです! いきましょう」
「……うん」

 しかし、二人の少女が目にしたのはあり得ない光景である。大陸最強が地に伏していた。そのあり得ないに光景にすら目もくれず、二人の少女はただ一点を見つめた。

「レオンハルト様!!」

 すぐさま影移動を使い、レオンハルトの元へ飛んだ。

「レオンハルト様! レオンハルト様! しっかりしてください! レオンハルト様!!」

 その間に、リンシアも距離を詰めて、レオンハルトを背にかばい、下手人と思われる人物に剣を向けた。そして、絞り出した言葉がーー

「……フレデリック!!」

 憎悪の籠った言葉だった。

 そう、レオンハルトの心臓に剣を突き立てたのは、同級生にしてクラスメイトのフレデリックだった。

「思いのほか早かったですね。リンシアさん」

 リンシアの視線を受けても、どこ吹く風のフレデリック。いつもの眼鏡はつけておらず、おかげでその禍々しく光る赤い瞳が惜しげもなく晒されていた。

「……なん、で?」
「さあ、なんでだろうね」
「……フレデリック!!」

 フレデリックに斬りかかろうとするリンシアだが、

「おっと、僕に構ってていいのかな? 愛しの彼がピンチだよ」
「!!」

 その言葉に、リンシアは思わず振り向く。目にしたのは、虫の息のレオンハルトである。心臓がひと突きされたんだ。致命傷なのは間違いない。心臓から止めどなく流れる血は、命の流出に等しい。

 しかし、それも一瞬。すぐさま敵の排除に乗り出そうとするリンシアだが、すでにフレデリックの姿はなかった。

「まだこいつには生きててもらわないといけないのでね。連れていくよぉ」

 いつの間に、と思ったリンシア。

 フレデリックはすでに、リンシアの間合いから離れ、その肩には死にかけの帝国皇帝が乗せられていた。そして、その言葉とともに、身を翻すフレデリック。

 一瞬追うかどうか迷ったリンシアだが、シリアの絶叫がそれを断つ。

「い、いや、レオンハルトさまああああ!!」

 この瞬間を持って、レオンハルト・ライネルの心臓の鼓動は完全に停止した。


 ◆


 皇国軍本陣にて、将たちが集められていた。とはいえ、レオンハルトを含む何人かの貴族は参加していないが。

 誰しもが動揺している。あまりに展開が早すぎるからだ。

 帝国との戦争中に教国が乱入。かと思いきや、自国の軍が増援に来ており、元帥セベリスが先頭をかけていた。逆転したと思われたところで、天上から漆黒の太陽が地に降り立ち、戦場を両断した。

 戦場は横に横断されており、こちら側には教国軍が、向こう側には帝国軍がいた。教国軍も何が起こったかわからず、呆然としてる。

 そんな状態で皇国軍本陣が平穏なはずがない。

「知っておられたのですか!? ハリス候! ならばなぜ言わなかった! おかげで右翼に甚大が被害が出たではないか!?」
「その通り、どのように責任をとるおつもりですか?」
「わかっておる。責任なら戦後にいくらでもとってやろう。この老骨の首ぐらい差し出してやろうじゃないか」
「「「なあ!?」」」

 ハリス候の決意に将たちの方が逆に動揺した。流石にハリス侯爵に首を差し出せとまでいうつもりはなかったのだろう。

「しかし、今我々には、今やらねばならんことがある」
「それは?」
「アグリル子爵よ。前に出よ」
「……は、はっ」
「其方は右翼に配置されたのではなかったか? なぜ今、中央にいる」
「そ、それは、きょ、教国軍の侵攻によりやむなく後退しーー」
「いや、其方は教国軍が現れる前にすでに動いていた。違うか?」
「そ、それは……」
「其方は教国軍が現れるとわかっていたのだ。それはなぜか? アグリル子爵。なぜ其方は教国軍が現れるとわかったのだ?」
「「「……まさか!?」」」
「い、いや」

 ここにいる将軍や貴族たちも猛者ばかり。ここまで言われた気づかないほどのアホはいない。

「帝国側の内通者は、其方だ。其方が我が軍の情報を帝国に流していたのだ! アグリル子爵、いや、裏切り者のアグリルよ!!」
「そ、そんな! お待ちください。そもそもなんの根拠にそんなことを!! わしは確かに軍を中央に動かしたが、それは教国とは無関係じゃ!」
「言い訳は後で聞く。まずは身柄を拘束させてもらうぞ」
「お、お待ちを! ……そ、そうだ! 奴だ! あのレオンハルトなるものこそが真の裏切り者ですぞ! その証拠に、今この場におらぬのではないか!? 全指揮官が集められたこの場になぜ奴は現れない! 我らの報復を怯え、逃げたに違いありません! そんな小物と比べ、わしはちゃんとこの場にいた! これこそが、裏切り者ではない証明ーー」

 その続きの言葉は出てこなかった。

 なぜなら、その口には一本の槍が突き刺さったのだ。

「その薄汚い口を閉じなさい。聞くに耐えません」

 槍を投げたのはマーサラ侯爵である。アグリル子爵を一撃のもと葬り去った。その行動に、他の将軍たちも目を点にする。

「どういうつもりだ? マーサラ候」
「薄汚いネズミをを処分しただけですよ。総大将」
「まだ奴には聞かねばならんことがあった」
「聞く必要などありません。裏切り者は、そこで串刺しになっているのがお似合いです」
「……」

 ハリス候は顔をしかめる。しかし、それ以上の追求はしなかった。代わりに、気になる点を他のものに尋ねた。

「そういえば、ライネル子爵の姿が見当たらんな。誰か、知らぬか?」
「「「……」」」

 沈黙が広がる中、ひとりの青年が恐る恐る声を上げた。

「……恐れながら、総大将。ライネル子爵は、本部からの指示で殿を務めたのでは?」
「な!? ワシはそんな指示を出しておらんぞ!」
「私ですよ。彼に死ねと命じたのは」

 そう発言したのは、マーサラ侯爵。

「……マーサラ候、どういうつもりだ?」
「どうもこうもありませんよ。邪魔者を処分しただけです……やれ!」
「「「なぁ!?」」」

 見張りの兵士たちが一気に豹変した。手に持った槍を使い、司令官たちの胸を貫いた。即死である。

 生き残ったのは、マーサラ侯爵、ハリス侯爵、シュヴァルツァー公爵の3名のみ。その3名も返り血に塗れているが。

「どういうつもりだ!? マーサラああ!!」
「そのセリフはさっき聞きましたよ。総大将殿」
「裏切ったな! 貴様あぁ!」

 ハリス候は怒鳴り声をあげる。普通なら、兵士の誰かが駆けつけるのだが、生憎この周りはマーサラ侯爵がひと払いを済ませていた。

「貴様! こんなことして、ただで帰れると思っておるのか?」
「ええ、思いますよ」
「戯言を。ここは我が軍の本陣。貴様を取り囲むのは3万の大軍だぞ!」
「ええ、でも、その全てが私の敵とは限りませんがね」
「なんだと?」

 言葉を返すよりも先に、マーサラ侯爵は駆け出した。天幕の外を目掛けた一直線に。

「ま、待てえ!」

 追いかけようとするハリス候を見張りの兵士がはばかる。

 天幕の外に逃げ出したマーサラ侯爵は、もっとも兵士の集まる地へと走った。

「ま、マーサラ候爵!? ど、どうなさいましたか!?」
「は、ハリス候が裏切った!!」
「「「なぁ!?」」」

 そう叫んだのだった。

「全軍に通達せよ!! ハリス侯爵がライネル子爵と組み、我らを裏切ったのだと。もはや生き残る司令官は私だけだ! 急げ、急いで伝令を回せ!!」

 兵士たちは動揺した。しかし、それでも伝令を送るものがいた。マーサラ侯爵が事前に仕組んでいた兵士たちだ。

「ふざけるなああああ!!」

 そう叫んで出てきたのは、ハリス侯爵とシュヴァルツァー公爵である。見張りの兵士を全て切り殺し、ここまでやってきた。

 返り血に塗れたその姿は、まさに鬼神。その姿を見れば、誰もがハリス侯爵が司令官たちを殺したと思うだろう。

「裏切り者は貴様だ! マーサラ!」
「皆のもの、マーサラ侯騙されるな。奴こそが裏切り者。この私が証人だ」

 公爵と侯爵が揃えてこんなことを言うのだ。当然兵士たちは戸惑う。

「惑わされるな!! シュヴァルツァー公はあの裏切り者、ライネル子爵の父親だ! 二人して私を陥れようとしているのだ!」

 そんなことを叫ぶマーサラ侯爵。

 どよめく戦場はさらに混沌に包まれる。皇国軍内で、二つの伝令が走らされた。

 ーーハリス侯爵が裏切った。

 ーーマーサラ侯爵こそが裏切り者だ。

 判断は、兵士たちに委ねられた。


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