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動乱・生きる理由

SIDE 帝国(フレデリック)

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大勢の兵士を失い、敗戦をともにして白亜の宮殿に帰還したへガンドウルム。その日々は最悪なものだった。

「なんだこの紅茶は! まずい」
「も、申し訳ありません! すぐに新しいものをーー」
「もういい、連れて行け」
「お許しを! お許しを!皇帝陛下」

 かつての名君っぷりは見る影もなく、今ではただの暴君と成り果てていた。それ理由は無論敗戦にあるが、直接な理由はそれではなかった。

 その最たる理由は、ルドマリア家の家訓にある。

『敗北、すなわち代替わりの時なり』

 皇帝へガンドウルム・ルドマリアの炎は失われようとしていた。それでも、唯一可能性があるとすれば、

「レオンハルト・ライネルの首はまだかあ!!」
「も、申し訳ございません」
「……無能なグズどもが」

 今日も今日とて、へガンドウルムはその暴君っぷりを発揮する。




 夜がやってくる。白亜の宮殿のとある一室で金髪碧眼の少年が月を眺めていた。

 この少年こそが、ルドマリア帝国第二王子アーシャである。月を眺めているはずの彼が徐に虚空に話しかける。

「どういうことだ? 父上が敗北したのか?」
「ええ、それはもう見事な大敗でしたよ」

 虚空から銀髪赤眼の少年が姿を表す。フレデリックである。

「煉獄の炎を操る父上を破るとは、やはりレオンハルト・ライネルは危険か……ちゃんと始末したんだろうな?」
「まあね。心臓に穴が空いて生きられる人間なんてそうそういませんし」
「ならばついでに首も一緒に取ってこればよかろう。おかげて父上は大荒れだぞ?」
「それを僕に言われても。皇帝陛下を助けるだけで精一杯だったさ」
「ふん……いざとなれば父上を始末しろと命令したはずだが?」
「無茶言わないでくださいよ。仮にも大陸最強ですよ?」
「手負の父上をお前が始末できないと? そんな無能を飼った覚えはないが?」
「そもそもお父上ですよ? 抹殺を計画するのはあまりにも短絡的では?」
「うるさいな。お前だって分かってるだろ? 父上は負けた。ならば、代替わりが起きる。次の継承者はあの忌まわしい兄。奴に奪われるぐらいなら、葬り去った方がましだ。煉獄はルドマリア家に伝わる最強の魔法。当代の使い手が死ねば、血を辿って、ランダムに与えられる。二分の一の確率だが、僕なら引き当てれる。血で言えば、僕の方が濃いのだから」

 500年間、煉獄が途絶えなかったのは、それが原因でもある。まるで呪いのように、血を縛り付ける。しかし、ルドマリア家はそれを誇りにすら思っていた。だからこそ、煉獄の継承を誉とする。

「なぜ父上を助けた? そのまま死なせておけばよかっただろ?」
「それじゃあ困りますよ。だってーー」

 フレデリックが次の言葉を放つ前に、アーシャは剣を抜き、フレデリックを貫いた。

「うっ」
「ふん。小賢しい奴め。僕がお前の裏切りに気づかないとでも思ったか?」

 腹部を貫かれたフレデリック。口から血が零れ落ちる。
 剣を抜こうと動くフレデリックだがーー

「無駄だ。貴様らヴァンパイア専用で作らせた純銀の武器。一度貫かれたら最後。もう、終わりだ」

 フレデリックの裏切りを見越して、アーシャは対ヴァンパイアの武器を作らせていた。
 しかし、貫かれたはずのフレデリックは笑みを浮かべていた。それを、アーシャはどことなく不気味に感じていた。

「何を、笑っている?」
「だって、可笑しいでしょう?知恵ものを装う愚か者の姿は」
「!!」

 瞬間、フレデリックはアーシャの首元に噛み付いた。

「あ、ああああ」
 
 血を吸うのではない。流し込んでいるのだ。体に異物が侵入する感覚に襲われたアーシャは思わず意識が飛びそうになる。

 しかし、腐っても帝国第二王子、意識を取り戻し、剣を振るう。そして、フレデリックの体を縦に両断する。

「はあ、はあ、はあ……ヴァンパイアの分際で、手こずらせやがって。誰か、誰かおらぬか!」
「は! いかがなさいましたか! 王子殿下!」

 アーシャの声にすぐさま護衛が反応する。
 そして、部屋へ入った瞬間、顔色が真っ青に染まる。両断された少年の死体があるからではない。いや、死体があるから青ざめているのは間違いないが、その理由はーー

「も、申し訳ありません! 王子殿下! お怪我はございませんか?」

 警護責任を取らされては自分の首が飛んでしまう。それを危惧したからだ。

「首を噛まれた。だが大した怪我じゃない。それより、そこの者の身元を特定せよ。一族郎党、牢屋に入れておけ!」
「は、はっ!」

 そう言って警備のものは一刻も早く、この場を去っていた。アーシャの目が赤く輝いていたことに気づかずに。




 第二王子アーシャを襲ったのは、フレデリック・マーサラであることが判明した。

 そのため、その父であるマーサラ侯爵も捕縛され、現在投獄されている。四肢を鎖で繋がれ、両手に関しては鎖で目一杯引っ張られ、今にも千切れそうである。

 そんなマーサラ侯爵を訪ねたのは、被害者のアーシャ王子である。

「二人きりで話したい」
「「っは!」」

 看守を下がらせ、檻の前へと進むアーシャ王子。鍵を開け、牢屋の中へと入る。見るからに痩せほそったマーサラ侯爵は、辛うじて顔をあげる。

「アーシャ王子? いや、フレデリックか!?」
「ええ、僕ですよ。父上」
「お前! 転血を使ったのか!?」

 転血。ヴァンパイア族、その中でも真祖の血を引くもののみが可能な技。自らの血を他人の血に混ぜることで、その意識を刈り取る。そして、血をだとって自らの意識を復元させる。いわば、体を乗っ取る行為である。

「よくやった! 帝国王子の体を乗っ取ったのか? ならば、早く私をここから出せ! もうこの生活にはうんざりだ!」
「……」
「フレデリック? 何をしている?早くーー」
「父上、一つお伺いしたことがあります」
「聞きたいこと? そんなことより早く私をーー」
「なぜ、彼女を殺したのですか?」
「いい加減にしろ! その無駄話に私を付き合わせるなーー」

 マーサラ侯爵の顔の横に、一本の短剣が通り過ぎる。その短剣はマーサラ侯爵の頬に傷をつけながら、牢屋の壁に綺麗に突き刺さった。

「お、お前」
「なぜ、彼女を殺したのですか?」
「か、彼女? 誰のことだ?」
「エルフの彼女です。父上が命令したはずです。彼女を殺せと」
「何をいう。私は亜人狩りこそやっていたが、殺せなどと命令したことはーー」
「ありますよね。だって、亜人を商品にするのに、その商品を傷つけるはずありませんよね。それも部下が勝手に」
「……」
「理由は?」
「……お前だってわかるだろ?」
「わかりません」
「我々は! 呪われた血の一族だ……この血には、亜人の血が色濃く含まれている。数代に一度、先祖返りで亜人の子が産まれる。貴族がだぞ! あってはならないことだ! 歴代当主とて、生まれてきた子が亜人ならば、全て内法で処分した!」
「……」
「しかし、その中で、ヴァンパイアの真祖の血を引くものは生かされる。人間の社会に溶け込めるからだ。日光と銀という弱点を克服できる真祖だからこそ、私、そしてお前が生きている」
「……」
「でも、それでも限界はある。多くの貴族は我が家に疑惑の目を向けている。お前があの亜人に恋心を抱いていたのは知っている。だが! これ以上血を濃くするわけにはいかんのだ! 理屈はわからんが、血がどんどん濃くなっている! 2代連続で亜人が生まれるなど前代未聞だ! 本来ならば、私はこの手でお前を処分しなければならなかったのだぞ! お前を生かすためにやったことなのだ!」
「……だから、同胞の亜人を手にかけたのですか?」
「同胞などではない! あのような下等生物と一緒にするなあ! 我々は人間だ! 誉たかき貴族だ! 亜人を狩る側の存在でなければならないのだ! そうでなければ、そうでなければ、マーサラ家は守れーー」
「もういい。もう、十分だ」

 マーサラ侯爵が言葉を重ねることができなかった。

 代わりに、その首は中を舞う。

 自由落下に従い、地面に引き寄せられるはずのその首を、フレデリックは刺突で貫き、壁に縫いつけた。

 スーン。

 なんの音も立てることなく、剣は頭蓋骨を貫き、壁を貫いた。

「軽いなぁ。理由も、首も」

 フレデリックはそう言葉を零し、そして涙を零した。奇しくも、マーサラ候はかつての自分の言葉と同じ末路を辿る。

「こんな軽い一つ首じゃあ、足りないよ」

 牢屋を後にしたフレデリック。最後一目、父だったものを眺め、前に進み出す。

「フレデリック・マーサラは死んだ。今日から僕は、アーシャ・ルドマリアだ」


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