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帝位・勇気を紡ぐ者

第14話 それぞれの課題

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「走れ! 倒れるまで走れ! ただし倒れることは許さん!」

((((どういうこと!?))))

 セベリスの鍛錬を受けているディール、バース、エルサ、カーティアの四人は、心の中で同じことを考えていた。

 しかし、それを口に出すことはない。師匠であるセベリスに異を唱えることは許されない、というのも勿論あるが、シンプルに今の四人にはそんなことを言っている余裕はないのだ。

 今ディールたち四人は、訓練場の周りをひたすら走っていた。倒れるまで走れと言われるが、倒れる度に水をかけられ再び走らされる。

「戦場では倒れた奴から死んでいく! 限界を超えろ! 限界を超えても倒れない体を作れ!」

 ただの根性論にしか見えないかもしれないが、セベリスの強さの根源はまさにそこにある。

 セベリスは護国の三騎士の中でも、圧倒的に多くの武勇を挙げている。戦場ではいくつもの死線をくぐり抜けてきた。言わば凡人の極致である。

 シュナイダーのような天才とは比べるべくもなく、セベリスは凡人だ。それはセベリスもわかっている。わかっているからこそ、彼は手段を選ばない。泥臭くとも、生にしがみついて来た。

 故に、彼は帝国軍元帥として君臨できるのだ。

 そんな彼が言うのだ。倒れるなと。ならば、意地でも倒れるわけにはいかない。

「お前たちはすでにある程度魔力回路が開通している。ならばそれを使いこなせ。もう体力がないと言うのなら、魔力で賄え! 魔力がないなら、捻り出せ!なんとしても立ち続けろ!」
「「「「は、はい!」」」」

 ディールたちの修行はまだまだ始まったばかりだった。


 ◆


「魔力制御が上手いものほど強くなれる」

 そうシュナイダーは切り出した。それに対して、オリービア、シリア、リンシア、シオンは真剣な表情で聴いていた。

 こちらはセベリスの修行とは違い、静かな始まりを切っていた。

「大雑把に魔力で体を強化しても、まあ強くはなるよ。でもね、部位ごとに強化した方が強いでしょ?魔力の量だって限りがあるんだから、強化する部分を選べた方が手数も多くなるし。それに、筋肉の動きに合わせた強化ができれば、強化率だって変わってくる」
「「「「……ごっく」」」」
「シリア嬢とリンシア嬢の魔力操作が一番上手いけど、それでも精々200%。オリービア殿下は鍛え始めて間もないし、シオン嬢もこっちに来たばかりだから仕方がないけどね。最低でも300%の強化率は欲しい。欲を言えば500%だけど、これは流石に難しいかなぁ」
「先生ー、どうやったら魔力制御を鍛えられますか?」

 授業中の生徒のように手を挙げて質問するオリービア。

「いい質問だね」

 それに対してシュナイダーは如何にも教師だという風を装って返事をする。もしメガネをかけていたら、ここでメガネをくいっとあげているだろう。一度はやってみたかったのだろう。

「いえ、いい質問も何もこれが一番重要じゃーー」
「ゴッホン! ええ、魔力制御の鍛え方なのだが」

((((あ、誤魔化した))))

「魔法を使うのが一番効率的だね。何かしらの形で魔法を使う、それも細かければ細かいほどいい。火属性の場合だったら、火を使った造形なんて結構ベターなやり方だけど」

 そう言ったシュナイダーは四人の顔を見渡す。

「シリア嬢は影、リンシア嬢は水、シオン嬢は火と光、そしてオリービア殿下は……樹木だね」
「はい」

 そう、オリービアは樹木魔法の使い手。簡単にいうと木を生やし、それを操ることができる魔法。非属性魔法の一つに数えられる。

「うーん、みんな具現化できる魔法ばかりだね。だったら話は早い。その魔法で操れるのもので形を作ろう。一日中」
「「「「はい?」」」」
「一日中、ですか?」
「うん」
「ですが、私たちには仕事が」
「仕事しながらやればいいじゃない?」
「「「「え?」」」」

 どうやら、こちらも一筋縄では行かないらしい。



 ◆

 皆が修行をしていると同時に、レオンハルトもまた修行をしていた。蒼龍のそばで座禅を組み、目を瞑るレオンハルト。その体の周りには、大量の魔力が渦巻いていた。

 レオンハルトの額から汗が噴き出る。やがてその汗が頬を通り、顎へ至る。そして行き場を失った汗は、重力に従い、地面へと落下する。

 その瞬間、レオンハルトの周りの魔力が霧散し、魔力の風が吹き荒れる。

「はあ、はあ、はあ」
『だめだ、だめだ。その程度の制御力じゃ話にならん。綻びが生じれば、それだけで崩れかねない。もっと緻密な制御が必要だ。崩れたところから再生するだけの制御力が」
「はあ、はあ、はあ」

 これほど必死なレオンハルトは、いつぶりだろうか。少なくとも、豚公子の体を卒業して以来、レオンハルトがこれほど息を切らしたのは初めてである。

「はあ、はあ、はあ……制御はしているつもりだ。だが、今ひとつ掴めない」
『そのようだな。おそらくだが、お前は自分の魔法を理解できていないのではないか?』
「なんだと?」
『重力魔法という魔法だったな。では、重力とはなんだ?』
「ものを大地に引き寄せる力のことではないのか?」
『さあな、我はそこまでは知らん』
「……」

 全くこの龍は、意味深なことを言った挙句に知らんとは。だがまあ、他力本願でいるわけにもいかない。そう思ったレオンハルトは思考の海にダイブする。

(重力か……大地と物体を引き寄せる力。大地? なぜ大地なのだ? 人と大地は引き合う。物と大地も引き合う。なのに、人と物は引き合わない? そんなことがありえるのか? 引き合わないなら、そもそもこの体はなんなのだ?)

 己が魔法を知る。それがレオンハルトにとって最も必要なことである。

 目を瞑って思考するレオンハルト。その瞼の裏には、七本・・の道が映し出されていた。いや、道というにはあまりに凸凹していてた。まるで、人々が歩いて足跡・・のようである。

(先は、まだ遠いな)




 セベリスに師事をしていた四人は、今日もまた走っていた。ただし、始まった当初とは明らかに違うものがある。セベリスが発破をかけなくとも、四人は手を抜くことなく、限界を超えるスピードで走っていた。

(そろそろ次のステップに入ってもいいかもな)

「よおおし! 休憩!」
「「「「は、はい!」」」」

 休憩の指示が出た途端、倒れるように崩れ落ちる四人。四人を休ませている間に、セベリスは近くの騎士に指示を出し、訓練用の武器を持ってこさせる。

「さて、次のステップだ。さっさと立て!」
「「「「はい!」」」」

 休みといってもほんの束の間。すぐにセベリスから次の指示が飛んでくる。

「これからは、毎日走り込みの後に、お前たち四人でバトルロワイヤルをしろ。おれは勝ち残った最後の一人の相手だけをする。実戦経験が積みたいなら死ぬ気で勝て!」
「「「「は、はい!」」」」

 かくして、四人によるバトルロワイヤル大会が開始した。

 先に動いたのは、ディール。狙うはバース。ディールの武器がハルバードであるのに対し、バースはメリケンサックである。よって、ディールはリーチの差が最も大きいバースを狙う。

 ハルバード横に構えて突進してくるディールに対し、バース軽快なステップを踏みながら、様子を伺う。そして、距離は十分と判断したバースは横なぎを放つが、よく見ていたバースは最小限の動きで避ける。

 ハルバードを振り切ったディールは、避けられたのを確認し、ガードするためにハルバードを引き戻そうとするが、バースの方が一足早い。

 素早く間合いをつめるバースは、がら空きになったディールの胴体に一撃を打ち込む。

「っう」

(もらった!)

 ディールに一撃ぶち込んだバースは、すかさず追撃をする。しかし、彼は忘れてしまっていた。これがバトルロワイヤルであること。

 バースの拳が放たれた瞬間、スッとバースのそばにエルサが現れる。彼女はすでにツキの構えを取っていた。

「エルサ、てめー!」
「悪いわね、バース」
「ぐっは!」

 エルサの一撃をもろに受けたバースは吹き飛ぶ。その拳がディールの届くことはなかった。

 エルサは、自分と実力が近しい上に、自分と同じように速さを取り柄に戦うバースを仕留めるために、ずっと様子を伺っていたのだ。

 その間に、ディールは体勢を立て直し、エルサに向き直る。しかし、その背後にはカーティアが迫っていた。

 やむなく、振り返ろうとするディールだが、正面にいるエルサもレイピアで突きを放ってくる。

「っちょ! 二対一は無りーー」

 言葉が途中で止まるディール。カーティアの一撃を受けて、昏倒したからである。

 最後は女子同士の対決。その結果は、普通に実力が上のエルサが勝利した。その一連の流れを眺めていたセベリスは、ため息が溢れるのを堪えていた。

(はぁあ、あの馬鹿二人。バトルロワイヤルだっつったろうが……まあ、これも経験ってことで)

 課題は山積みである。

 ◆

 シュナイダーの指示で、魔力制御を鍛えている、オリービア、シリア、リンシア、シオンの四人は今、事務仕事に明け暮れていた。

 レオンハルトが抜けた穴を塞ぐために、四人総出で仕事をしていた。

 だが、同時に魔法の修行もしていた。

 オリービアの場合、樹木魔法を上手く扱えるために、机の上に小さな苗を複数生やし、それを動かしてた。それぞれの苗で建物のような造形をしているが、造形が進むにつれて複雑になっていき、最終的に苗同士が絡まってしまった。

「ああ、もう!」
「オリービア殿下、落ち着いてください」
「だってさー」

 実はこのやりとりは一度目ではない。最初はオリービアも落ち着いていたが、時間が立つにつれてどんどんイラついてきたのだ。

 そして、オリービアを宥めているシリアはというと、こちらも大分限界が近そうである。

 机の上に写る影を操って、小動物を作って戯れさせているのだが、小動物が触れ合った瞬間影が霧散していった。それを見たシリアは、頬を膨らませる。

「むう」
「ほら、シリアちゃんだって!」

 そんなやりとりをしている側で、リンシアは落ち着き払っていた。空中で氷の城造形をしているが、その造形は緻密そのもの。レオンハルトも誉めていたが、やはりリンシアはセンスの塊だ。

 勿論、属性魔法と非属性魔法で扱う難易度に差はあるものの、やはりリンシアは魔力制御に長けていた。

 そして、四人のうち一番苦戦しているのがシオンである。

「ぬう」

 この世界に来て間もない彼女は、魔力という未知の力を制御する経験はまるでない。言わば初心者である。

 それでも、他の3人に食らいついていくために、火属性と光属性の鳥を生み出し、ぐるぐると飛ばしている。多少動きがぎこちないし、時折消えることもあるが、努力しているのがよくわかる。

 こうして四人でワイワイやりながら、修行を進めていった。


 ◆

 ドン!

 轟音が鳴り響く鉱山。

 蒼龍は心のうちにため息をこぼしていた。

『全くお前は。我が支えてやらなかったら、鉱山が崩れていたぞ』
「すまん、もう一回頼む」
『はぁ~』

 レオンハルトの修行も佳境に入っていた。

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