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帝位・勇気を紡ぐ者
第15話 嫉妬
しおりを挟むケイシリア皇女の勢力とレギウス皇子軍がぶつかって三週間が経過した。
戦争の結果、レギウス皇子勢力の旗頭である皇子と公爵が討ち死に。当然に他の貴族たちは動揺する。多くの貴族家当主がレギウス皇子に従い参陣したため、全滅という結果を受けたレギウス勢力の貴族家は当主を失った状態になる。
そんなものだから、元レギウス勢力はバラバラである。ケイシリア皇女に従順な態度を示す者もいれば、当主を殺された恨みで徹底抗戦を選ぶ者もいる。
そして、徹底抗戦を選ぶものの筆頭が、バルフェウス公爵家である。とはいえ、徹底抗戦を選ぶ理由は別に当主の恨みなどではない。敵勢力とはいえ、自国の貴族を大量粛清するようなものが皇帝になるのをよしとしないからである。
とはいったものの、やはり徹底抗戦を選ぶものは少ない。多くの貴族はそのままケイシリア皇女の勢力に取り込まれた。皆、ケイシリア皇女勢力の力を恐れているのだ。
そして、その恐れられる原因を作った男が今、領に帰還した。
「父上! 僕やりました! レギウス皇子を打ち破りましたよ!」
「テオ、お帰り」
「はい! ただ今戻りました!」
興奮気味のテオハルト。しかし、それに対して父のラインハルトはひどく落ち着いていた。
「話は聞いてるよ。随分と派手にやったそうじゃないか。だが……少しやりすぎではないか?」
「いえ! そんなことはありません! 奴らは叛逆の徒、生かしておくところで全員死刑にすべきです! まあ、皇帝である僕に逆らったのだから当然です」
皇族であるレギウスを殺しておいて、随分な物言いである。それだけ興奮しているということだろう。
「テオよ。粛清だけでは人はついてこない」
「わかっております。父上」
ちっともわかってないような顔で、わかったと言われてもまるで信用がない。ラインハルトはため息が溢れるのを我慢して、テオハルトに問いかける。
「テオよ。お前はなぜ皇帝を目指す」
いつぞや、レオンハルトにもしていた質問だ。
「?? 理由ですか? 理由なんていくらでもありますよ。皇国を大陸最強の国にする、とか。皇国を最も豊かな国にする、とか」
「……テオよ。悪いことは言わない。そのような曖昧な理由で皇帝を目指すのはやめなさい」
「なぜですか!? 誰でも持つ目標でしょ?」
「確かに、国を良くする思いは誰にでもある。だが、それはあまりに現実を見ていない。夢を見せるのが皇帝の役目ではあるが、夢だけでは人はついてこないのだ」
「……わかりません」
「で、あろうな。私も死を前にして初めて悟ったのだ。あの歳でそれを理解できたレオは、やはり凄いなぁ」
「……は?」
ラインハルトが不意に零したその言葉は、テオハルトの琴線に触れる。
「父上、いまなんと?」
「ん? レオの話か?」
「会ったのですか?」
「ああ、少し前に会いにきてくれてな」
「なぜ殺さなかったのですか!? 奴は今、帝位争いに参加しているのですよ!?」
その発言にラインハルトは眉を顰める。
「テオ、いくら敵対しているからとはいえ、兄を殺すなどとーー」
「あんな物兄じゃありません! 奴はどこですか? この僕の手で、引導を渡してやる」
そう言ったテオハルトは剣を抜き放つ。流石にこれは見ていられないということで、ラインハルトは立ち上がる。
「落ち着きなさい、テオ」
「なぜですか!? なぜ父上はいつも奴を庇うのですか!?」
「庇ってなどいない。レオならとうに帰った。だから、剣をしまいなさい」
「……そだ」
「何?」
「嘘だ! 父上はいつもそうだ。レオレオレオ! いつもあの無能ばかり! どうしてあいつなんですか!? 僕じゃあダメなんですか?」
「ダメなはずないだろ! ゴッホゴッホ……お前もレオも、私の息子だ」
「……だったらどうして、僕に帝位を諦めるように言ったのですか? あいつを皇帝にしたいからでしょ? そうだ、きっとそうだ」
「ばかなことを言うのはやめなさい」
そう言ってラインハルトはテオハルトに近づく。宥めるためだが、それが逆効果になってしまう。
「く、くるなぁ!」
ラインハルトを拒絶するように右手を突き出す。
「ごっほ」
偶然とは恐ろしいものだ。偶然にも、テオハルトの剣はラインハルトの胸を貫いた。
「ち、父上?」
口から血が零れ落ちるラインハルト。言葉を発そうにも、もう口は動かない。
『父上、父上は失格なんかじゃありませんよ。少なくとも、ちゃんと父親をしてくれた。テオもいつかわかってくれる』
言わなければ、伝えなけえば、自分の思いを。でなければ、テオハルトはもう戻れない、そんな気がした。
「て……お」
「い、いや、いやあああああ!」
父を刺してしまった衝撃で錯乱状態なテオハルト。
「あ……いして……る」
「僕のせいじゃない、僕のせいじゃない、僕のせいじゃない」
その言葉を最後にラインハルトは息を引き取った。しかし、ラインハルトの最後の言葉は、届かなかった。テオハルトは完全に現実逃避していたからだ。
そして、テオハルトの絶叫を聞いて母のクラリスがやってくる。
「テオちゃん、どうしたの!?」
慌てた顔で駆け込んできたクラリス。そして、目の前の惨状を目の当たりにする。血のついた剣を持つテオハルト。胸から血を流すラインハルト。それだけで、状況を察してあまりある。
「あ、あなた!?」
ラインハルトのそばに駆け寄るクラリス。生死を確かめよう近寄るが、すでにラインハルトは死んでいる。
「な、なんてことなの? テオちゃん、どうしてーー」
振り返るクラリスがだが、言葉を続けることはなかった。その胸には、一本の長剣が生えていたからである。
長剣の持ち主は、テオハルトではない。最近、テオハルトが呼び寄せた赤髪の青年である。
「証拠隠滅ぅ。流石にこの時期に問題を起こされるのはやばいでしょ? 頭使ったら?」
クラリスが最後に見たのは、テオハルトの表情である。どんな表情をしていたのか、クラリスにしかわからない。
目の前で父が死に、母は殺されたが、なぜかテオハルトは動揺する素振りを見せなかった。口で何かを呪文のように唱え続けていた。
「さっさと死体片付けるぞ。ほかに目撃者もいないし、病死かなんかにして処理するぞ」
「そうですね」
赤髪の青年の呼びかけに、一人の少女が答える。その少女は扉の方に、チラッと視線を向ける。そこには、扉越しにのぞいているテオハルトの妹、ティーナの姿があった。
怯えた表情をしてティーナは震えていた。手で口を押さえながら、声を出さないようにしていた。
そして、少女に見られたと気づいたティーナは、目に涙を浮かべながら、一目散に走り出した。
(うふ)
だが少女見て見ぬ振りをした。
「さあ、死体を片付けましょう」
◆
レオンハルトが領を空けて、1ヶ月以上が経過した。
その間、ケイシリア皇女勢力がいつ攻め込んできてもいいように準備を進めてきた。そして、ついにその日がやってくる。
「ケイシリア皇女から宣戦布告を受けました。ライネル目掛けて一直線に軍を進めています。数にして、およそ1万」
騎士団長のマルクスが宣戦布告を受けたことを、皆に開示する。それに対し、皆は動揺する様子を見せなかった。
「レオくん、間に合わなかったかぁ」
「仕方ありません。流石に天敵がいる戦場にレオンハルト様を行かせるわけにはいきません」
「まあねぇ。で、敵の総大将は?」
「テオハルト・シュヴァルツァー。レオンハルト様の弟君です」
「大物だねぇ。シュヴァルツァー家当主だし」
そんなこんなで、作戦会議を進めているところに、一人の伝令兵がやってくる。
「報告します! レオンハルト様の妹君を名乗る少女が、レオンハルト様との面会を求めております!」
「「「「……」」」」
「通して」
「お待ちを、シュナイダー様」
シュナイダーは迷わず少女を通すよう指示するが、マルクスがそれを止める。
「宣戦布告を受けたばかりですよ。間者かもしれません」
「宣誓布告を受けたばかり、だからでしょ。間者を送り込むならもっと前にやってる」
「それは、そうですが」
「それに、その子がいい情報を持ち込んでくれるかもしれないしね」
そこまで言うのなら、とマルクスは折れる。そして、ティーナは会議室に通される。
そして、そこにはとても少女とは思えない顔つきをしたティーナがいた。覚悟は決まった、そう言わんばかりの表情である。
「皆様、お初にお目にかかります。シュヴァルツァー家当主、テオハルトが妹、ティーナでございます。皆様にお願いしたい儀があって、参上しました……どうか兄を、テオハルトを殺して欲しい」
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