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帝位・勇気を紡ぐ者
第16話 開戦
しおりを挟む「兄を、テオハルトを殺して欲しい」
「「「「……」」」」
一同は息を呑む。妹が兄を殺して欲しいなどと、とても正気の沙汰とは思えない。そんな中でも、シュナイダーはただ一人冷静でいられた。
「殺すか……理由はなんだい?」
「もうそれしか、兄を止められません……兄は、父上を殺しました」
「「「「!!」」」」
「旦那様が!?」
「あの父親を!?」
室内の一同は皆動揺を隠せいない様子。そんな中でも、ラインハルトと面識のあるシリアとシオンの衝撃は大きかった。
「それで兄を恨んでいるのかい?」
「……はい。ですが、それで殺して欲しいと言うわけではありません……もう、あんな兄の姿は見たくないのです」
「複雑だね……ティーナ嬢、だっけな? 辛いとは思うけど、具体的な情報を教えてもらえるかい?」
「……はい」
すでに覚悟は決まっているはずなのに、ティーナの目からは涙がこぼれ落ちた。グッと涙を堪える健気な少女を、誰も止めることはできなかった。
シュヴァルツァー邸での出来事を事細かに話終えたティーナは、役目を終えたかのように崩れ落ちる。
それを支えたのは、セベリスだった。
「よぉし、良くやった! あとはおれらに任せて、ゆっくり休め」
「は、はい。ありがとう、ございます」
根性を見せた少女に感銘を受けたのか、セベリスはいつも以上に意気込んでいた。
そして、ティーナの話を聞いて、学生四人衆は思い当たる節があると言った様子で、目を見開いてた。互いに向き合うことはないが、それでも四人の脳内には同じ人物を思い浮かべていた。
((((オスカーとレスティナ!!))))
グッと拳を握る四人。その目は充血するほど気色ばんでいた。キリッと奥歯を噛み締めると、そんな四人に師匠からの言葉が届く。
「何があったかは知らねーが、落ち着け。戦前に神経を張り詰めさせるもんじゃねー」
セベリスとて、今の話を聞いて思うところがないわけではない。しかし、それは戦場で晴らすべきだ、そうセベリスは思っている。
「さて、敵さんの情報も揃ったし、作戦会議と行こうか」
◆
広大な平原。その地に、両軍は対峙していた。
オリービア皇女軍七千対ケイシリア皇女軍一万
やはり、ケイシリア皇女勢力は強大である。レギウス皇子とぶつかってすぐであるにも関わらず、一万という大軍を揃えて見せたのだ。
それに対し、オリービア皇女側は十分な準備をしてなお、七千という数である。
だたし、数という点ではケイシリア皇女の方が有利であるが、士気では雲泥の差がある。
オリービア皇女側は、いくつもの巨大なドラムを用意し、それを鳴らしていた。そのドラムの音に合わせて、七千もの兵士が武器を地面に打ち付け、足踏みをしていた。それだけで、大地が震える。
それには理由がある。此度の戦の総大将が、オリービア皇女自身だからだ。ケイシリア皇女は姿を見せないのに対し、こちらは皇女自らが先陣を切る。それだけで、士気上がるというもの。
そして、オリービアを支える副官が、シリア、リンシア、シオンの3人である。ライネル領でもトップクラスの実力者である彼女たちを、女だからと軽んじるものはいない。
さらに、その麾下の将軍は、凶獣のドバイラス伯爵に、戦乙女のローカム女伯爵までいる。負ける要素は皆無のように思える。
だが一点気になるといえば、三騎士であるシュナイダーとセベリスの姿がないことである。
実は、一般の兵士はシュナイダーとセベリスの存在を知らない。皇帝殺しの大罪人だからだ。しかも処刑されたはずの。
この二人の存在は、中央にいるアークを蹴落とすまでは秘匿しておかなければならない。故に、此度の戦争には不参加である。とは言ったものの、流石に密かに皇女の護衛を務めるぐらいのことはする。
遠くに映る敵陣を見つめるオリービア。そんなオリービアにシリアは話しかける。
「オリービア様、緊張していますか?」
「まっさかぁ。昂ってるの!ここで一旗上げて、レオ君に褒めてもらうんだからぁ」
そんなことを言っているオリービアの手が震えているのを、シリアは見落とさなかった。しかし、シリアは敢えて指摘しない。
「ふふ、私も頑張ってレオンハルト様に褒めてもらわないと」
「でしょでしょ? ていうかさあ、ここまで頑張ったんだから、無条件で褒めてもらおうよ」
「うふふ」
オリービアの緊張は、多少なりとも和らげてきていった。シリアも初陣というわけではないため、オリービアほど緊張していない。
しかし、オリービアは軍の総大将。その重責は想像をはるかに超えるものだろう。そんなオリービアだが、ふとリンシアの顔に視線を向ける。
「リンシアちゃん、どうしたの? そんな遠くを見つめちゃって」
「……敵、士気が弱い。何かに怯えてる」
「確かに、一万もいる割にはずぶんと声が小さい」
それにシオンも同調する。
そう、ケイリシア皇女軍は士気が途轍もなく弱いのだ。
◆
「相手、あのライネル軍でしょ?」
「俺、この前の戦場で一緒だったんだけど、まじで化け物だった。レオンハルト・ライネルなんて、汗ひとつかかずに100人ぐらい蹴散らしてたし」
「いつまで仲間内で争ってればいいんだよ」
「オリービア殿下が先陣を切るらしいよ」
「うちの殿下はどこで何をしてるのやら」
「しぃ! それ言っちゃダメ」
相手の様子見て完全に萎縮しているケイシリア軍。
ライネル軍の恐ろしさを目の当たりにしたもの、仲間同士で争うのに嫌気をさしたもの、ケイシリア皇女に不信感を抱いているもの。理由は様々だが、総じて言えば士気はありえないぐらい低いのだ。
しかし、それをまるで気にする様子を見せないテオハルト。テオハルトの副官に当たる人物も流石に見かねて、テオハルトに意見を述べる。
「シュヴァルツァー公、これは流石にまずいのでは? いくらこちらの方が数が多いと言っても、流石にこの士気の低さは前代未聞です」
実はこの人物はリングヒル公爵家から遣わされたもので、テオハルトの暴走を抑えるお目付がかりのようなものである。
しかし、テオハルトはその提言をまるで気にしなかった。
「……問題ない」
「しかしーー」
「勝てば、問題ない」
「ですから、このままでは勝てないとーー」
「僕に意見をするのか?」
「!!」
テオハルトに睨みつけられた男は、押し黙る。これ以上何か言ったら、殺される、そう思ったからである。
(こんな者を皇帝にしていいのか?)
そう思わずにはいられなかった。
当のテオハルトはというとーー
「勝てばいい、そう、勝てば……全部あいつのせいだ、あいつさえ死ねば、またいつも通りに、あいつさえ、あいつさえいなければーー」
ーー父上も母上も死ななかったのだ。
呪文のように何かを唱えるテオハルト。そんな彼から少し離れたところに、ひと組の男女がいた。
相手の軍を眺めならが、誰かを探している様子だった。
「見つからないなぁ。まさか逃げたか?」
「どうでしょうね」
「まあ、逃げたら逃げたで、絶対探し出すけどな」
男の顔に浮かぶのは、狂気。周りの兵士たちも、あまりに恐ろしくて、近くへよってこない。
「まあ、いいか。あいつが戻ってくる前に、ライネル領をぜーんぶぶち壊しておくのも悪くない。絶望するあいつの顔が早くみたいぜ。なんならあいつの前で、あいつの女となぶり殺してもいいかもな」
「皇女殿下ですよ?」
「っは! 知ったことか! あいつが絶望するなら、おれはなんだってするぜ」
戦場でゲスな会話を繰り広げる男女、オスカーとレスティナ。聞き耳を立てている兵士は、一様に侮蔑の表情を浮かべる。
かくして、両極端にあるような両軍が今、ぶつかる。
いざ、開戦!
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