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帝位・勇気を紡ぐ者
第17話 憤怒
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どんよりとした空の下で、オリービア軍とケイシリア軍が対峙していた。
戦は、両軍の様子見から始まった。
戦線を前に押し上げて、遠距離から弓や魔法でチクチク攻撃する。当然両軍の上空には攻撃が降り注ぐ。その攻撃を魔法など防いでいるため、互いに大きな被害は出ていない。
ケイシリア皇女側は士気の低さが原因だが、オリービア皇女側には別の理由があった。
これはあくまで内乱であり、大きな被害を与えてしまってはのちの復興に響く、そうオリービア側は考えていた。甘い考えかもしれないが、それだけ余裕があるということ。
戦線は徐々に押し上げられ、両軍が近づいたその瞬間、強欲の力が発動する。
「「「「「っく」」」」」
敵味方問わず発動されるその力は、戦場から多くの魔力を掻っ攫う。一瞬だけ静まり返る戦場。しかし、ある男の叫び声がその静けさを破る。
「オラオラオラ! どけどけどけどけええ! オスカー様のお通りだあ!」
黒い炎を纏って、戦場を駆けるオスカー。味方すら蹴散らす勢いで突っ込むオスカーに対し、ケイシリア軍の兵士たちは巻き込まれるのを恐れて、すぐに道を開ける。
「オレに続けええええ!」
そんなことを叫ぶオスカー。しかし、いまいちケイシリア軍は気乗りしない。皆は知っているのだ。その黒い炎を支えている溢れんばかりの魔力はどこからきているのかを。
ずばり、戦場の兵士、つまり自分たちから奪った魔力である。
(((((奪った魔力を使って粋がってんじゃねーよ)))))
皆は思っていても、それを口に出すことはできない。あの力が怖いからだ。レギウス皇子とバルフェウス公爵を一瞬で打ち破った力が。
いくら乗り気じゃないからとは言え、ここで働かなかったら後で何されるかわからない。相手も可哀想に、そんな思いしか湧いてこなかった。その感情は諦めである。
突っ込んでいくオスカーに、仕方なくついていく兵士たち。
しかし、オスカーは走れど走れど敵軍とぶつかる事はなかった。
「あぁ?」
不思議に思ったオスカーは左右に視線を向けると、左側にはドバイラス伯爵が、
「右だあ! 敵の右側に回り込め! あの炎野郎とは交戦するな!」
右側にはローカム女伯爵が、
「左に回り込め! あの野郎から距離が取れたら、敵本陣に突っ込むよ!」
オリービア皇女軍は、明らかにオスカーを避けていた。オスカーが突っ込んできた場所から、真っ二つに軍を割いていた。
そのことに、オスカーは気をよくしていた。
「っへ、わかってるじゃないか」
自分の強さに恐れ慄いて逃げ惑っている、オスカーの目にはそう映っていた。
しかし、そんなオスカーの前に四人の少年少女の姿があった。
◆
戦前。
「オスカーを自分たちにやらせてほしい? アホぬかせ、そいつはおれらじゃなきゃ相手できねーぐらいの使い手だ。お前らじゃあ秒殺だ」
ディールたちの申し出を、セベリスが遠慮なくぶった斬る。流石に弟子といえど、こんな無茶はさせられない。
いや、弟子だからこそ、危険な目に合わせたくないのかもしれない。
「そこをなんとか! 師匠、お願いします!」
「「「お願いします!!」」」
「ダメだーー」
「いいんじゃない? 別に」
「シュナイダー!?」
四人の戦闘に否定的なセベリスに対し、シュナイダーは肯定的だった。
「何考えてんだ、シュナイダー!? 相手は一軍を相手取る実力者だぞ!」
「実力者っていうか、完全に憤怒の炎を頼ったガキじゃん。憤怒の炎って燃え移ったら消えないから、どんな適当な一振りでも相手を一撃で葬れるわけじゃん? だから本人の実力はそこまででもないでしょ」
「だからってなぁ」
「要は当たらなきゃいいでしょ? この子たちならできると思うけど。元帥殿が鍛えたわけだし」
「できます! やらせてください」
「「「お願いします!!」」」
「……はぁ。無茶はするなよ」
「「「「はい!!」」」」
「あとシュナイダー、何回も言わせんな。おれはもう元帥じゃねー」
◆
オスカーの目の前に立ちはだかるディール、バース、エルサ、そしてカーティア。最初はまるで興味を示さなかったオスカーだが、カーティアの姿を確認すると、わかりやすく態度を変えた。
「よう、ティアじゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だねぇ」
「そうね。しばらくみない間に随分とおしゃな物を生やしたわね。きしょく悪いわよ」
キリ。
紳士ぶった態度をしていたが、一瞬にして本性をあらわす。
「っち、下手に出てやったら調子に乗りやがって。殺すぞ」
「元からそのつもりでしょ? 御託を並べたがるのは相変わらずね」
「今ならまだ許してやる。こっちへ来い、ティア」
「行っていいことでもあるの?」
「つくづくふざけた女だ。このオレがわざわざ生かしてやるって言っているのだ。昔のよしみでな。ありがたすぎて涙が出るだろ? わかったら今すぐ地面に頭を擦り付けて土下座しろ」
「……変わったわね」
「はぁ? オレは今も昔も変わってねー。お前の目が節穴だったんじゃねーの?」
「もういい、ティア。相手にするな」
どんどんヒートアップしていくカーティアとオスカー。それを制したのはディールである。
「へー、どっかで見た顔かと思ったら、学園にいた奴らじゃねーか? なにお前ら。生贄になるためにわざわざきたの? 可哀想に~」
「ふざけんなチキン野郎。てめーをぶちのめすため決まってんだろ」
「ねー、そろそろやっちゃっていいかしら? もう我慢の限界なんだけど?」
バースとエルサも、オスカーの態度が気に入らないらしい。先陣を切ろうと、一歩前に出る。オスカーはまだ話し足りないらしいが、その次の言葉が出る前に、バースとエルサは駆け出す。
「はあ? 馬鹿じゃねーの? わざわざ殺されにきちゃって」
オスカーの煽りにも動じることなく、バースとエルサは左右に別れてオスカーを狙う。
「っは、そんなに死にてーなら、望み通りにしてやる!」
そう言ったオスカーは剣を黒い炎で包む。手始めにバースをやろうと、剣を横に振るう。
しかし、バースはよくみていたため、体勢を低くすることで難なく交わす。それどころか、懐に入りこむことに成功した。
炎に包まれていない胴体を目掛けて拳を放つが、オスカーは瞬時に炎を胴体に移す。このまま攻撃をしたら、バースに黒い炎が燃え移ってしまう。
だが、バースは冷静だった。冷静に拳を引き、ステップを踏んでオスカーの間合いの外に出る。
同時に、エルサも炎に覆われていない部分を攻撃すべく突きを放つ。だが、それもオスカーの炎の移動により、不発に終わる。
とはいえ、二人ともオスカーの炎にやられることなく、安全に身を引いた。
「っち、ちょこまかと」
そう、今回四人が考えた作戦は、いわば回避型タンクである。素早さが取り柄のバースとエルサが先陣を切ってタンクの役割を果たす。その間に、ディールとカーティアは隙を伺い、一撃必殺を狙う。
ただし、この作戦はオスカーが隙を見せるまで粘り続けないといけないため、自然と持久戦になる。
「ここまま行くわよ!」
「おう」
バースとエルサのヒットアンドアウェイ作戦で、オスカーにだんだんとイラつきが溜まっていく。とはいえ、まだまだ隙を見せる段階ではない。
こんな戦いが、かれこれ15分ほど続いた時、転機が訪れる。
オスカーはエルサとバースの攻撃を捌ききれず、二人同時攻撃のタイミングを合わされてしまう。エルサはレイピアで顔面を狙った容赦のない一突き。バースはガラ空きの胴体に一撃を打ち込むために、しっかりと踏み込んでいた。
(顔はまずい!)
そう思ったオスカーは頭部の保護を優先し、胴体を諦めた。それによって、バースの一撃は決まる。
「っうぐ!」
(いける!)
そう思い、バースは追撃をしよとするが、
「バカ! 戻りなさい!」
バースの腹部を、オスカーの蹴りは捉えていた。頭部を炎で守っているため、バースは他の箇所への警戒を怠った。炎こそ燃え移らなかったものの、なかなかの一撃をもらってしまう。
「バース!」
その間にオスカーは立て直し、崩れた二人の連携にさらに追い討ちをかけようとする。しかし、そこで彼は気づく。ディールの姿がないということに。
本能の赴くままに振り返ると、そこにはーー
「バースよくやった!」
ハルバードを高く振りかぶったディールの姿があった。
「おらああ!」
「ぐっは!」
ディールのバルハードはしっかりとオスカーの肩を切り裂いていた。肩は炎に覆われていないため、ディールに炎が燃え移ることもない。
オスカーは深傷を負わされたが、まだ致命傷とはいかない。トドメを刺すべくディールはハルバードを抜こうとする。
しかし、その瞬間、オスカーの左手がディールのハルバードを握りしめる。
「捕まえた」
「くそ!」
その顔に浮かべるは狂気の笑み。ディールはハルバードを手放そうとするが、時すでに遅し。黒い炎が既にハルバードを通してディールの身まで燃え移っていた。
「「「ディール!!」」」
「まずは一人」
勝ち誇るオスカー。黒い炎に燃やされて、生き残ったものは一人もいない。それがオスカーの自信の源である。
だがーー
「は?」
そこで彼は気づく。手に持っているハルバードの力は緩んでいないことに。
「くうぅ!」
ーーなんとしても立ち続けろ!
師匠の言葉がディールの脳裏を過ぎる。
「はぁあああ!」
『もう体力がないと言うのなら、魔力で賄え! 魔力がないなら、捻り出せ!』
捻り出せ、魔力を。例え自分が死のうと、仲間だけはなんとしてでも守り通す。
「ティア! おれに構わずやれえええええ!」
「!!」
最後の力を振り絞るように、ディールは叫ぶ。既に体は黒い炎に侵食されつつあるが、それでも捻り出した魔力で立ち続けていた。
ーーーもう俺はダメだ。仇をとってくれ
そんな声が聞こえる気がした。
その意思を汲んだのか、カーティアはオスカーの背後をとる。その両目には、涙が浮かんでいた。
「おい! ティア! 馬鹿な真似はよせ! オレを殺す気か! ふざけるなあ! やめろ、やめろおおおおおおおお!!」
黒い炎を動かそうにも、ディールを燃やすために炎を肩に移している。オスカーには、憤怒の炎を分割するだけの技量はないのだ。
「くそ、くそがあああああ!」
そしてカーティアはーー
「さようなら」
静かに別れを告げた。
その剣はオスカーの心臓に吸い込まれていき、見事にそれを貫いた。
「っう」
オスカーの口から血が零れ落ちる。その瞳から急速に光が失われていく。剣を引き抜くカーティア。それと同時に、地面にはオスカーの血の花がさく。
力を失ったオスカーは後ろ向きに倒れる。その目には、既に光は灯っていない。
オスカーが倒れたのを確認したディールは、やっとハルバードから手を離した。しかし、それでも燃え移ってしまった炎は消えない。
力を使い果たしてしまったディールは膝から崩れ落ちる。
その瞳はひどく穏やかなものだった。
(勝った……)
もう、悔いはない。そんな様子のディール。
しかしーーー
崩れ落ちる彼を受け止めるものがいた。
「「なぁ!?」」
「な、何をしてるんだ!?ティア!」
ディールを受け止めたのはカーティア。彼女はディールが倒れないように優しく支える。そして、徐にディールの背後に手を回す。
当然彼女にも黒い炎が燃え移る。
「ば、ばか! なんでお前まで」
「さあ、なんでだろうね」
「お前ーー」
「ディール、好き」
そう言ったカーティアはディールと口づけを交わす。黒い炎の中で、二人の影は重なり合う。
ディールにとってはひどく長い時間のように感じた。走馬灯が脳裏をよぎるが、そんなことがどうでもいいほどに目の前の少女は綺麗だった。
実際その時間はほんのわずか。しかし、そのわずかな時間は、命の炎を燃やして得られている。ならば、大切にしないと。
ディールを見上げるカーティア。
「私のわがままを聞いてくれてありがとう。そして、ごめんなさい。私が自分の手で決着をつけたいって言っちゃったから」
「……んなことはいいんだよ。女のわがままは何が何でも聞いとけって、爺ちゃんが言ってたし」
そんなことを言うディールの両目にも、涙が浮かんでいた。
「ずっと一緒だよ」
「……もちろんだ」
「ディール! バカかてめー!」
「ティアちゃん! どうして……」
二人のそばに駆け寄るバースとエルサ。二人とも信じられないような表情を浮かべている。それもそうだ。さっきまで戦っていた戦友が今、命を落とそうとしている。
二人にとっては初めての経験だった。
勝者なき戦いは今、静かなに幕を下ろそうとしていた。
ブン!
しかし、それを邪魔するように、風を切る音が四人の耳に届く。
「「「「!!」」」」
斜め後ろから飛んでくる無色透明な刃が、四人に迫っていた。いや、正確に言うとディールとカーティアに迫っていた。炎に包まれた二人は、成すすべもなく透明の刃を受ける。
しかし、その刃は二人の体を透過する。特に切り裂かれた様子も見られない。
代わりにーーー
二人を包んでいた炎は綺麗さっぱり消え去っていた。
呆然とする四人。刃が飛んでくる方向に視線を向ける。
すると、戦場より遥か遠くに黒いローブを纏った二人の男の姿かあった。そして、うち一人は抜き身の剣をまさに今、さやに納めていた。
「師匠?」
黒ローブの男は振り返る。その背中はまるで、こう言っているようだった。
『おまえら、よくやった』
そんなエールを受け取った四人は、やっと事情を飲み込む。そして四人は、互いを抱きしめて、
「よっしゃあああ、勝ったぞ!」
「ううぅううう」
「うおおおおおおお!」
「二人とも本当に無事でよかったあ!!」
涙を流して喜び合っていた。そしてその直後に、酷いやけどを負ったディールとカーティアは気を失った。
◆
「もっと早く助けたらよかったんじゃない?」
「あいつらが根性見せたんだ。おれがそれを穢すわけにはいかねー」
「相変わらずお堅いねー」
黒ローフの男同士がそう会話を交わし、その場を立ち去った。
「あいつらは強くなるよ」
戦は、両軍の様子見から始まった。
戦線を前に押し上げて、遠距離から弓や魔法でチクチク攻撃する。当然両軍の上空には攻撃が降り注ぐ。その攻撃を魔法など防いでいるため、互いに大きな被害は出ていない。
ケイシリア皇女側は士気の低さが原因だが、オリービア皇女側には別の理由があった。
これはあくまで内乱であり、大きな被害を与えてしまってはのちの復興に響く、そうオリービア側は考えていた。甘い考えかもしれないが、それだけ余裕があるということ。
戦線は徐々に押し上げられ、両軍が近づいたその瞬間、強欲の力が発動する。
「「「「「っく」」」」」
敵味方問わず発動されるその力は、戦場から多くの魔力を掻っ攫う。一瞬だけ静まり返る戦場。しかし、ある男の叫び声がその静けさを破る。
「オラオラオラ! どけどけどけどけええ! オスカー様のお通りだあ!」
黒い炎を纏って、戦場を駆けるオスカー。味方すら蹴散らす勢いで突っ込むオスカーに対し、ケイシリア軍の兵士たちは巻き込まれるのを恐れて、すぐに道を開ける。
「オレに続けええええ!」
そんなことを叫ぶオスカー。しかし、いまいちケイシリア軍は気乗りしない。皆は知っているのだ。その黒い炎を支えている溢れんばかりの魔力はどこからきているのかを。
ずばり、戦場の兵士、つまり自分たちから奪った魔力である。
(((((奪った魔力を使って粋がってんじゃねーよ)))))
皆は思っていても、それを口に出すことはできない。あの力が怖いからだ。レギウス皇子とバルフェウス公爵を一瞬で打ち破った力が。
いくら乗り気じゃないからとは言え、ここで働かなかったら後で何されるかわからない。相手も可哀想に、そんな思いしか湧いてこなかった。その感情は諦めである。
突っ込んでいくオスカーに、仕方なくついていく兵士たち。
しかし、オスカーは走れど走れど敵軍とぶつかる事はなかった。
「あぁ?」
不思議に思ったオスカーは左右に視線を向けると、左側にはドバイラス伯爵が、
「右だあ! 敵の右側に回り込め! あの炎野郎とは交戦するな!」
右側にはローカム女伯爵が、
「左に回り込め! あの野郎から距離が取れたら、敵本陣に突っ込むよ!」
オリービア皇女軍は、明らかにオスカーを避けていた。オスカーが突っ込んできた場所から、真っ二つに軍を割いていた。
そのことに、オスカーは気をよくしていた。
「っへ、わかってるじゃないか」
自分の強さに恐れ慄いて逃げ惑っている、オスカーの目にはそう映っていた。
しかし、そんなオスカーの前に四人の少年少女の姿があった。
◆
戦前。
「オスカーを自分たちにやらせてほしい? アホぬかせ、そいつはおれらじゃなきゃ相手できねーぐらいの使い手だ。お前らじゃあ秒殺だ」
ディールたちの申し出を、セベリスが遠慮なくぶった斬る。流石に弟子といえど、こんな無茶はさせられない。
いや、弟子だからこそ、危険な目に合わせたくないのかもしれない。
「そこをなんとか! 師匠、お願いします!」
「「「お願いします!!」」」
「ダメだーー」
「いいんじゃない? 別に」
「シュナイダー!?」
四人の戦闘に否定的なセベリスに対し、シュナイダーは肯定的だった。
「何考えてんだ、シュナイダー!? 相手は一軍を相手取る実力者だぞ!」
「実力者っていうか、完全に憤怒の炎を頼ったガキじゃん。憤怒の炎って燃え移ったら消えないから、どんな適当な一振りでも相手を一撃で葬れるわけじゃん? だから本人の実力はそこまででもないでしょ」
「だからってなぁ」
「要は当たらなきゃいいでしょ? この子たちならできると思うけど。元帥殿が鍛えたわけだし」
「できます! やらせてください」
「「「お願いします!!」」」
「……はぁ。無茶はするなよ」
「「「「はい!!」」」」
「あとシュナイダー、何回も言わせんな。おれはもう元帥じゃねー」
◆
オスカーの目の前に立ちはだかるディール、バース、エルサ、そしてカーティア。最初はまるで興味を示さなかったオスカーだが、カーティアの姿を確認すると、わかりやすく態度を変えた。
「よう、ティアじゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だねぇ」
「そうね。しばらくみない間に随分とおしゃな物を生やしたわね。きしょく悪いわよ」
キリ。
紳士ぶった態度をしていたが、一瞬にして本性をあらわす。
「っち、下手に出てやったら調子に乗りやがって。殺すぞ」
「元からそのつもりでしょ? 御託を並べたがるのは相変わらずね」
「今ならまだ許してやる。こっちへ来い、ティア」
「行っていいことでもあるの?」
「つくづくふざけた女だ。このオレがわざわざ生かしてやるって言っているのだ。昔のよしみでな。ありがたすぎて涙が出るだろ? わかったら今すぐ地面に頭を擦り付けて土下座しろ」
「……変わったわね」
「はぁ? オレは今も昔も変わってねー。お前の目が節穴だったんじゃねーの?」
「もういい、ティア。相手にするな」
どんどんヒートアップしていくカーティアとオスカー。それを制したのはディールである。
「へー、どっかで見た顔かと思ったら、学園にいた奴らじゃねーか? なにお前ら。生贄になるためにわざわざきたの? 可哀想に~」
「ふざけんなチキン野郎。てめーをぶちのめすため決まってんだろ」
「ねー、そろそろやっちゃっていいかしら? もう我慢の限界なんだけど?」
バースとエルサも、オスカーの態度が気に入らないらしい。先陣を切ろうと、一歩前に出る。オスカーはまだ話し足りないらしいが、その次の言葉が出る前に、バースとエルサは駆け出す。
「はあ? 馬鹿じゃねーの? わざわざ殺されにきちゃって」
オスカーの煽りにも動じることなく、バースとエルサは左右に別れてオスカーを狙う。
「っは、そんなに死にてーなら、望み通りにしてやる!」
そう言ったオスカーは剣を黒い炎で包む。手始めにバースをやろうと、剣を横に振るう。
しかし、バースはよくみていたため、体勢を低くすることで難なく交わす。それどころか、懐に入りこむことに成功した。
炎に包まれていない胴体を目掛けて拳を放つが、オスカーは瞬時に炎を胴体に移す。このまま攻撃をしたら、バースに黒い炎が燃え移ってしまう。
だが、バースは冷静だった。冷静に拳を引き、ステップを踏んでオスカーの間合いの外に出る。
同時に、エルサも炎に覆われていない部分を攻撃すべく突きを放つ。だが、それもオスカーの炎の移動により、不発に終わる。
とはいえ、二人ともオスカーの炎にやられることなく、安全に身を引いた。
「っち、ちょこまかと」
そう、今回四人が考えた作戦は、いわば回避型タンクである。素早さが取り柄のバースとエルサが先陣を切ってタンクの役割を果たす。その間に、ディールとカーティアは隙を伺い、一撃必殺を狙う。
ただし、この作戦はオスカーが隙を見せるまで粘り続けないといけないため、自然と持久戦になる。
「ここまま行くわよ!」
「おう」
バースとエルサのヒットアンドアウェイ作戦で、オスカーにだんだんとイラつきが溜まっていく。とはいえ、まだまだ隙を見せる段階ではない。
こんな戦いが、かれこれ15分ほど続いた時、転機が訪れる。
オスカーはエルサとバースの攻撃を捌ききれず、二人同時攻撃のタイミングを合わされてしまう。エルサはレイピアで顔面を狙った容赦のない一突き。バースはガラ空きの胴体に一撃を打ち込むために、しっかりと踏み込んでいた。
(顔はまずい!)
そう思ったオスカーは頭部の保護を優先し、胴体を諦めた。それによって、バースの一撃は決まる。
「っうぐ!」
(いける!)
そう思い、バースは追撃をしよとするが、
「バカ! 戻りなさい!」
バースの腹部を、オスカーの蹴りは捉えていた。頭部を炎で守っているため、バースは他の箇所への警戒を怠った。炎こそ燃え移らなかったものの、なかなかの一撃をもらってしまう。
「バース!」
その間にオスカーは立て直し、崩れた二人の連携にさらに追い討ちをかけようとする。しかし、そこで彼は気づく。ディールの姿がないということに。
本能の赴くままに振り返ると、そこにはーー
「バースよくやった!」
ハルバードを高く振りかぶったディールの姿があった。
「おらああ!」
「ぐっは!」
ディールのバルハードはしっかりとオスカーの肩を切り裂いていた。肩は炎に覆われていないため、ディールに炎が燃え移ることもない。
オスカーは深傷を負わされたが、まだ致命傷とはいかない。トドメを刺すべくディールはハルバードを抜こうとする。
しかし、その瞬間、オスカーの左手がディールのハルバードを握りしめる。
「捕まえた」
「くそ!」
その顔に浮かべるは狂気の笑み。ディールはハルバードを手放そうとするが、時すでに遅し。黒い炎が既にハルバードを通してディールの身まで燃え移っていた。
「「「ディール!!」」」
「まずは一人」
勝ち誇るオスカー。黒い炎に燃やされて、生き残ったものは一人もいない。それがオスカーの自信の源である。
だがーー
「は?」
そこで彼は気づく。手に持っているハルバードの力は緩んでいないことに。
「くうぅ!」
ーーなんとしても立ち続けろ!
師匠の言葉がディールの脳裏を過ぎる。
「はぁあああ!」
『もう体力がないと言うのなら、魔力で賄え! 魔力がないなら、捻り出せ!』
捻り出せ、魔力を。例え自分が死のうと、仲間だけはなんとしてでも守り通す。
「ティア! おれに構わずやれえええええ!」
「!!」
最後の力を振り絞るように、ディールは叫ぶ。既に体は黒い炎に侵食されつつあるが、それでも捻り出した魔力で立ち続けていた。
ーーーもう俺はダメだ。仇をとってくれ
そんな声が聞こえる気がした。
その意思を汲んだのか、カーティアはオスカーの背後をとる。その両目には、涙が浮かんでいた。
「おい! ティア! 馬鹿な真似はよせ! オレを殺す気か! ふざけるなあ! やめろ、やめろおおおおおおおお!!」
黒い炎を動かそうにも、ディールを燃やすために炎を肩に移している。オスカーには、憤怒の炎を分割するだけの技量はないのだ。
「くそ、くそがあああああ!」
そしてカーティアはーー
「さようなら」
静かに別れを告げた。
その剣はオスカーの心臓に吸い込まれていき、見事にそれを貫いた。
「っう」
オスカーの口から血が零れ落ちる。その瞳から急速に光が失われていく。剣を引き抜くカーティア。それと同時に、地面にはオスカーの血の花がさく。
力を失ったオスカーは後ろ向きに倒れる。その目には、既に光は灯っていない。
オスカーが倒れたのを確認したディールは、やっとハルバードから手を離した。しかし、それでも燃え移ってしまった炎は消えない。
力を使い果たしてしまったディールは膝から崩れ落ちる。
その瞳はひどく穏やかなものだった。
(勝った……)
もう、悔いはない。そんな様子のディール。
しかしーーー
崩れ落ちる彼を受け止めるものがいた。
「「なぁ!?」」
「な、何をしてるんだ!?ティア!」
ディールを受け止めたのはカーティア。彼女はディールが倒れないように優しく支える。そして、徐にディールの背後に手を回す。
当然彼女にも黒い炎が燃え移る。
「ば、ばか! なんでお前まで」
「さあ、なんでだろうね」
「お前ーー」
「ディール、好き」
そう言ったカーティアはディールと口づけを交わす。黒い炎の中で、二人の影は重なり合う。
ディールにとってはひどく長い時間のように感じた。走馬灯が脳裏をよぎるが、そんなことがどうでもいいほどに目の前の少女は綺麗だった。
実際その時間はほんのわずか。しかし、そのわずかな時間は、命の炎を燃やして得られている。ならば、大切にしないと。
ディールを見上げるカーティア。
「私のわがままを聞いてくれてありがとう。そして、ごめんなさい。私が自分の手で決着をつけたいって言っちゃったから」
「……んなことはいいんだよ。女のわがままは何が何でも聞いとけって、爺ちゃんが言ってたし」
そんなことを言うディールの両目にも、涙が浮かんでいた。
「ずっと一緒だよ」
「……もちろんだ」
「ディール! バカかてめー!」
「ティアちゃん! どうして……」
二人のそばに駆け寄るバースとエルサ。二人とも信じられないような表情を浮かべている。それもそうだ。さっきまで戦っていた戦友が今、命を落とそうとしている。
二人にとっては初めての経験だった。
勝者なき戦いは今、静かなに幕を下ろそうとしていた。
ブン!
しかし、それを邪魔するように、風を切る音が四人の耳に届く。
「「「「!!」」」」
斜め後ろから飛んでくる無色透明な刃が、四人に迫っていた。いや、正確に言うとディールとカーティアに迫っていた。炎に包まれた二人は、成すすべもなく透明の刃を受ける。
しかし、その刃は二人の体を透過する。特に切り裂かれた様子も見られない。
代わりにーーー
二人を包んでいた炎は綺麗さっぱり消え去っていた。
呆然とする四人。刃が飛んでくる方向に視線を向ける。
すると、戦場より遥か遠くに黒いローブを纏った二人の男の姿かあった。そして、うち一人は抜き身の剣をまさに今、さやに納めていた。
「師匠?」
黒ローブの男は振り返る。その背中はまるで、こう言っているようだった。
『おまえら、よくやった』
そんなエールを受け取った四人は、やっと事情を飲み込む。そして四人は、互いを抱きしめて、
「よっしゃあああ、勝ったぞ!」
「ううぅううう」
「うおおおおおおお!」
「二人とも本当に無事でよかったあ!!」
涙を流して喜び合っていた。そしてその直後に、酷いやけどを負ったディールとカーティアは気を失った。
◆
「もっと早く助けたらよかったんじゃない?」
「あいつらが根性見せたんだ。おれがそれを穢すわけにはいかねー」
「相変わらずお堅いねー」
黒ローフの男同士がそう会話を交わし、その場を立ち去った。
「あいつらは強くなるよ」
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2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
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