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帝位・勇気を紡ぐ者
第18話 強欲
しおりを挟む「おい、あのガキたち、勝っちまったぞ」
「マジかよ」
「絶対無理だと思ったのに」
「すげえな」
「なぁー。もう、オレらの負けでよくね?」
ディールたちとオスカーの戦いを目の当たりにした兵士たちは、そんな話をする。彼らにとっても、オスカーはついていって気持ちのいい相手ではない。
ただ力を手に入れて粋がってる奴よりも、ボロボロになりながらも根性を見せた少年少女たちの方がはるかに応援できるというもの。
口々にディールたちを称える敵の兵士たち。先頭をかける兵士たちの間に、戦場とは思えない暖かい空気が流れていた。
それに対し、ケイシリア皇女軍の後方は荒れていた。
オスカーを避けていった兵士たち全員が、本陣に向かって突撃していったからだ。
◆
「突撃いいいい! 目指すは本陣ただ一つ! 無駄な戦いは避けろ!」
ドバイラスがそんなことを叫びながら突撃を繰り返す。そして、ドバイラス伯爵側にはオリービアの姿もあった。
「皇女殿下、行ってください。露払いはしておくんで」
「ありがとう」
短い言葉を交わす二人。オリービアは、先頭をかけるドバイラスのそばを、それ以上のスピードで馬を走らせる。そして、それに追随するシリア、リンシア、シオン。シオンはまだ馬に乗れないため、リンシアの馬に乗せてもらっている。
「一気に本陣を落とすよ!」
「はい!」
立ち塞がる敵を斬り捨てて、少女たちは進む。そして、ごく僅かな時間で敵本陣に辿り着く。オリービアたちの実力が優れているというのもあるが、やはり敵の士気が弱いのが最大の原因である。
本陣にたどり着いたオリービアたちは、敵兵を瞬く間に制圧し、総大将であるテオハルトに剣を突きつける。
「終わりだよ。降参して」
「……」
それに対して、テオハルトは無言を貫き通す。視線を下に向けて、まるでどこか遠くを見つめているようである。目の下には大きなクマができており、とても戦える状態とは思えない。
「降参して!」
沈黙するテオハルトに痺れを切らしたオリービアは、より力強い言葉をかける。
「……だったら、殺せばいいだろ?」
その瞳に、生への渇望は見られない。どこまでもどす黒い瞳。色こそ異なるものの、どことなくかつてのレオンハルトに似ていた。
それに対し、オリービアはかける言葉が見つからず、素直な思いで答えてしまった。
「……君はレオ君の弟。死んだらレオ君が悲しむ」
「またあいつか……」
キリ。
奥歯を噛み締めるテオハルト。その目は充血するほど見開いていた。
屈辱だ。そう言わんばかりである。
「どいつもこいつもレオレオレオ。ふざけやがって。誰も僕を見てくれない……そう、誰も」
ぶつぶつと何かを呟くテオハルト。まるで壊れたからくり人形のよう。認められない、しかし認められたい。テオハルトはその葛藤に苛まれていた。
シオンはそんなテオハルトを見かねて、胸の内の思いを吐露する。
「妹は?」
その顔はどこか怒ったようで、どこか悲しそうだった。
「あぁ?」
「妹はちゃんと見てくれていただろ? 違うか? お前は、妹の気持ちを考えたことがあるのか? お前のくだらない自己顕示欲で、妹がどれほど辛い思いをしたと思っている? なあ、妹というのは、お前が思っている以上に兄をよく見ているのだぞ。どれだけ辛い思いをしようと、妹の前ではカッコ悪い姿は見せれない、そう思うのが兄というものではないのか?」
そう、シオンは知っていた。あの日の夜、シュヴァルツァー公爵の病の話を聞かされたレオンハルトが、密かに涙を流していたこと。シオンが寝たことを確認した後に、一人静かに涙を流していたこと。
シオンは知っていた。レオンハルトの体は長旅に耐えられないほど脆くなっていたこと。馬の上でシオンを突風から守りながらも、レオンハルトの手は震えていたこと。
それでも、泣き言一つ言わずに、妹のわがままに付き合ってあげる姿こそが、シオンが思う兄の姿である。
シオンは同じ妹として、ティーナの想いを代弁していた。しかしーー
「……さい」
「何?」
「うるさい! お前たちに何がわかる! たかが数年早く生まれただけの男に全てを奪われ僕の気持ちを! 勉強も、魔法も、剣だって、全て僕の方が優れているのに! 父上は奴を優遇する! なぜだ! 不公平じゃないか! 努力もせず、ただぐうたらしているだけなのに、なぜ皆奴のそばに集まる! 僕の方が、僕の方が何倍も頑張ってるのに! ……ひどいよ」
テオハルトにとって、レオンハルトは疎むべき存在だった。確かに、レオンハルトは不貞腐れて、豚公子と呼ばれていた時期はある。しかし、それは5歳からであり、望んだ魔法の属性が得られなかったからである。
レオンハルトが鑑定の儀を受けるまでは、すこぶる優秀な後継だったのだ。
生まれて3ヶ月で言葉を発し、半年で歩き出すほどである。剣を握ったのは1歳が過ぎた頃。ほとんどの赤子がよちよち歩きをしている時期に、おもちゃの剣とはいえ、振るって見せたのだ。
それから4年間、父から剣を習い、勉強にも励んでいた。5歳ながら、すでに学園で学ぶべき知識を習得していたのだ。記憶がないとはいえ、前世はアレクサンダリア1世なのだから。
ゆえに、前世の記憶が戻った時にはすでに、この世界にまつわるほとんどの情報を知っていた。
だが、テオハルトはそれを知らない。テオハルトはレオンハルトの3つ下である。ゆえに、物心がついた時点でレオンハルトは既に豚公子となっていた。
それなのに、周りはレオンハルトばかりに期待する。かつての神童っぷりがいつか戻ってくるのではないかと期待していたわけだ。
テオハルトは優秀だったが、それでも優秀の域を出ない。一歳で剣を振るうほどの奇特さは見せていない。
ゆえに、周りはテオハルトに対しては常に、かつてのレオンハルトの影を求める。
ゆえに、テオハルトは認められないと感じる。
「あいつさえ殺せば、きっとみんな僕のことを認めてくれる! そうだろ!? だって、僕の方が優秀なんだから!」
そう叫ぶテオハルトの手は、異形に形を変えようとしていた。
5本の指は樹木のように形を変える。しかし、次の瞬間また普通の手に戻る。それを繰り返す。まるで鼓動しているかのように。
「「「「!!」」」」
その行為にオリービアたちは危険を感じ、すぐさま退避行動をとる。
しかしーーー
ーーテオハルトの心臓は、後ろから生えた短剣に貫かれた。
「ぐっは」
「すみません、皆さん。お騒がせしました」
崩れ落ちるテオハルトの背後から現れたのは、レスティナだった。いつもの人懐こそうな表情を浮かべるが、人の心臓に剣を突き立てた後では、サイコパスのそれにしか見えない。
レスティナは短剣を抜かなかったため、顔には返り血がついていない。戦場にいるとはとても思えない、あるで貴族令嬢かのような格好をしている。
「どういうつもり?」
オリービアは警戒心を露わにする。ちらっと視線をテオハルトに向けるが、彼はすでに虫の息である。
それに対して、レスティナは一切悪びれることなくこういった。
「ご安心を。私は皆さんに敵対するつもりはありません。私は、レオンハルト君の婚約者ですから」
「「「!!」」」
「れ、レオ君の婚約者!?」
オリービア、リンシア、シオンは驚きをあらわにする。レオンハルトの過去にそれほど詳しくないのだろう。
しかし、唯一事情を知っているシリアは冷ややかな目でレスティナを見ていた。
「元、婚約者ですよね。レオンハルト様を見捨てて、あのオスカーというもの鞍替えした」
「あら、私はそんなつもりは全くなかったのですけどぉ」
「白々しい。オスカーをレオンハルト様に嗾けて、学園から追い出したのは貴女ですよね。今更婚約者だなんて、図々しいにもほどがあります」
「あれはオスカーくんが勝手にやったことですよ。私の心はいつだってレオンハルトくんのものだから、彼に仇なすことをするわけないじゃない」
(っち、あの女、厄介だね……いっそう全員殺しちゃおうか? 私の能力なら、魔力欠乏症のフリをして全員殺せる。怪しまれるだろうけど、それは後からなんとでもなるし)
そう決断したレスティナの行動は早かった。
強欲の能力、発動。
「「「「っく!」」」」
四人から一斉に魔力を抜き取る。
(よっし成功した! これで皇后の座は私のものーー)
「ようやく、本性を表したね」
「何?」
しかし、オリービアたちは平気な顔、とはいかないまでも悠々と立ち続けていた。
「どうして?」
「魔力制御さまさまだね」
「そうですね。おかげで、咄嗟に魔力を体の内に留めることができました」
「……シュナイダー先生、すごい」
「いや、流石にこの状況を予見していたわけではないと思うが」
四人とも魔力制御を相当鍛えたおかげで、強欲の力に耐えられるだけの制御力を身につけていた。流石に吸われ続けたらひとたまりも無いが、残念ながらレスティナにそんな技量はなかった。
「う、嘘……私の力が効かない」
「そうだよ。だからもう、降参しなさい」
レスティナは元々ただの貴族令嬢。強欲以外にできることはといえば、精々護身術程度。ライネル領でもトップの実力者である四人に囲まれた状況を脱するのは、不可能に近い。
それでも、生にしがみつこうと、逃げるために走り出す。
だがーーー
「イッタ! ……な、なんなのよ! これ!」
ーーレスティナの足に、木の枝のようばものが何本も絡まりついていた。掴まれたレスティナは転んでしまう。
「もう! なんなの! これ!」
木の枝のようなものは、うねうねと動きレスティナを根元の方へと引っ張る。足を取られたレスティナはなす術なく、地面を引き摺られる。綺麗だった服も台無しである。
「い、痛い! 痛い!」
「助けるよ!」
「「「はい!(うん)(うむ)」」」
オリービアたち四人はレスティナの救出を試みる。敵対していたものといえど、見殺しにするのは寝覚めが悪いからだ。
レスティナを引っ張っている枝を断ち切ろうとする四人だが、地下から木の根が噴き出る。それによって、四人は足止めされてしまう。
「なに?」
枝の根元に視線を向けるとそこには、体の半分以上を樹木に変えたテオハルトだった。しかし、彼に人としての意識があるかどうかは怪しい。
『ヨ……ブン』
「ちょっと、何するのよ!」
テオハルトの心臓には短剣は刺さったままだが、もはやテオハルトは心臓を頼りに行動していない。その足は大地に深く根ざし、そこから栄養を受け取っていた。
元々体の半分が樹木と化していたが、養分をふんだんに吸い取ることで全身が樹木とかす。人としての形はかろうじて残っているが、これを人と思うものはいないだろう。
皮膚は樹皮、指は枝のように変化を遂げた。そして、その変形は止まることを知らない。養分を受け取ったテオハルトはそのまま体を巨大化し、大樹の形をなす。
高さにしておよそ50m、根回りはなんと驚異的な60m。見上げるほどの高さへと変化する大樹。
その大樹の頂上よりも遥か上に持ち上げられたレスティナ。枝に捕まえられ、振り回されるレスティナ。
「っちょ! まっ、て!」
そして大樹の全ての枝はうねうねと気持ち悪い動きをしながら、レスティナに向かって言った。
「こ、来ないで! いや、やめて! い、いやあああ、誰かああ助けで! 助けてよおお! オスカーくん助けーー」
パシャリ。
無数の枝によって叩きつけられたレスティナ一撃潰れた。天より血の雨が降り注ぐ。そして、その雨は全て大樹の養分となる。
瞬間、大樹が鼓動する。
幹には血管のような何かが浮かび上がり、ポトンポトンと脈を打つ。
そして、青かった葉っぱは全て枯れ、灰のように崩れ落ちる。大樹の高さもあって、まるで灰色の雪のよう。
さらに、葉っぱの代わりと言わんばかりに、鮮血のように赤い花が咲き乱れた。
『ゴ、ゴオオオオオオオオ!』
脈打つ大樹。強欲の能力を手に入れて、天へと昇る。その樹皮は先ほどとは打って変わって、赤黒い色をしていた。
大地が捲れる。その下から現れたのは、大樹の根と思しき何か。何本もの根が地上に放たれ、触手のように暴れ回る。全てを破壊し尽くそうと。
今この瞬間、巨大樹の怪物が産声を上げた。
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