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第一章 不死鳥契約
8話 仙桃と炉
しおりを挟むリオンがディアークを破ってから1ヶ月が経過した。
その間、ディアークからの接触はなく、大人しく勉強に励んでいるようだ。
ディアークの母である第一夫人イザベラに序列戦の話をした様子もないため、幼鳳宮は平和そのものだった。
それもそのはず。
ディアークの我がままでリオンに危害を与え、それをネタに脅され序列戦を受け、剰え3つ下の弟に序列を奪われたなど報告できるはずもなかった。
ロルフの方も上手く当主を説得したようで、他の兄妹にこの話が漏れることはないらしい。
しかし今、リオンはルーンが詰まった箱の前でひどく困惑していた。
「はあ、予算が上がるとは思ったが、これは流石に……」
ロルフから聞いた話では、リカードの私財から追加で90億ルーンが支払われたらしい。
さらに、幼鳳宮を出るまではこの支援が続くとのこと。
「いきなり予定額が揃ってしまった」
「こうして並べてみると凄まじいですね。如何なさいますか、坊ちゃま?」
「んーまあ、貰えるものはありがたく貰っておこう。アイリス、この90億はお前に任せる。以前頼んだものを落としてくれ」
「……承知しました」
さすがのアイリスも、これほどの大金をかまされると言われると平然ではいられないらしい。
箱を運ぶ手が僅かに震えている。
「思ったより、早くことが運びそうだ」
こうして、リオンの計画は第二ステージへと進んだ。
◆
あれからさらに1ヶ月後。既に雛教育の座学をすべて終えたリオンは、リーナと共に魔力運用学を修めていた。
午前は魔力の修業。
午後は特に予定もないため、体力トレーニングでも始めようかと思っていると、アイリスが部屋を訪ねた。
手にはリオンが求めていたものーー仙桃を収めた箱があった。
落札価格はーー61億ルーン。
リカードの支援がなければどれほどかかったかわからないほどの額だ。
「申し訳ありませんです。予定以上の出費となってしまいましたです」
「いや、問題ない。そもそも仙桃は貴重だからな。年によって価格は相当変動する」
ーー仙桃
その実は百年に一度しか実らないと言われている。
仙桃が実る木は世界中に点在すると言われているが、果実が実るまではただの木。それも、一切実が取れない木である。
それを見分ける方法は存在せず、いつ実るかもう不明。
一部では、神が気まぐれで現世に実を落とすとまで言われている。
それゆえ、仙桃は神の果実とも呼ばれている。
食べた者を不老不死にするとも伝承されているが、実際はそんな力はない。
そもそもそれなら60億程度で落札できるはずもない。
仙桃の効果は極めて単純で、回復力を極限まで高める滋養強壮の果実である。
最上級ポーションに使用されるそうだが、仙桃が使用されたポーションは四肢の欠損すら治すほどとか。
故に、買い求める者は後を絶たない。
(しかし、ハリヴァス家の嫡男が生まれる年でなくてよかった。さすがに財力勝負でハリヴァス家には勝てないからな)
第一運命線通りなら、ハリヴァス家の嫡男はリオンの一つ下。つまり、二年前に生まれたのだ。
ハリヴァス家の直系が生まれた年は、仙桃は必ずハリヴァス家が購入している。
それほど、ハリヴァスの仙丹は強力だ。
その力を、リオンは手に入れる。
(第一運命線ではただハリヴァスという理不尽に嘆くだけだったが、今度は私がその理不尽になるとは)
そんなことを思いつつも、リオンの上がった口角が下がることはなかった。
◆
ーー私が許可するまで誰も部屋に入れるな。食事もいらない
そう言って、リオンは部屋に閉じこもった。
部屋内では外部からの光を一切断ち、僅か三本のロウソクの光が照らされていた。
三本のローソクはリオンの前で縦一列に並ベられている。
そして、リオンの前には様々な植物が置かれていた。
仙桃はもちろんのこと、霊芝、芍薬、地黄、沈香、白檀、川芎などの薬が横一列に並べられている。
そして最後に小さな赤い液体が入った瓶と禍々しい色をした羽が一つ。
リオンが真っ先に手を伸ばしたのはもちろん仙桃ーーではなく、その他の薬であった。
霊芝は鎮痛、芍薬は鎮痛と共に血管の拡張、地黄は滋養強壮を。沈香で心を静め、白檀で血のめぐりを良くし、さらに川芎でうっ滞した気を巡らせる。
これにより、心と体は全く別の方向へ変化する。体に熱が帯び始めると同時に、精神はどんどん冷静になっていく。
これで準備は整った。
残されたアイテムは三つ。仙桃、羽、小瓶。
そのうちの二つに、リオンは手を伸ばす。
ーー仙桃と羽
「っ!?」
羽に触れた途端、リオンの目の前が一瞬真っ暗になる。羽を触れた手から紫色に変色し、黒く壊死を始める。
ーー鴆毒
鴆という猛毒を持った鳥の羽。触れただけで人を死に至らしめる世界屈指の毒薬である。
その痛みで危うく意識が飛びかかったが、持ち直した隙にすぐさま仙桃を頬張る。
その瞬間、リオンの体を銀色のオーラが包み込みーー1本目のロウソクの火が消える。
そして銀色のオーラは、鴆毒とのせめぎ合いが始まる。
回復と破壊の繰り返し。
これがハリヴァス式の原点であり、仙桃の回復力を自分のものにするための試練である。
人の内臓をぐちゃぐちゃ溶かす鴆毒。
それを治療する特効薬は存在せず、触れただけで死が確定してしまう。
しかし、仙桃の異常な回復作用はその死を遅らせることができる。
内臓を溶かした傍から回復させるその力は、患者にとっての幸か禍か。
いずれにせよ、この尋常ならざる苦痛を乗り越えた時。それは鴆毒の破壊以上の回復力を得たことになる。
本来、仙桃を食べた回復力は一時的なものであり、時間経過とともに失われる。
そうならないために生み出されのが、ハリヴァスの仙丹である。
元々は適切の分量で調合し、炉で溶かし合わせて出来た仙丹を服用することで身につく回復力だが、リオンにはその詳しい処方箋までは分からなかった。
(こんなことならオヤジさんに聞いておくんだった)
冷や汗が滝のように流しながらリオンはそう思う。
しかし、すぐさまそんな余裕も失われる。
多くの漢方で体温を高めたおかげか、仙桃の吸収率は悪くない。しかし、それ以上に鴆毒の力は凄まじいものだった。
リオンでも、仙桃がなければ今頃ドロドロに溶かされているだろう。
だが言い換えれば、それだけの苦痛がリオンに襲い掛かっているということでもある。
(頼むから早く終わってくれ!!)
リオンにはそう祈るほかなかった。
◆
リオンが部屋に閉じこもって三日が経過した。
アイリスとリーナが心配で夜も眠れないほどだが、それでもリオンの苦難は始まったばかりだった。
仙桃と鴆毒のせめぎ合いはどんどん激しさを増し、とうとうリオンの全身に紫色の模様が走り始めるほどだった。
まるで全身が割れるかの模様だが、リオンにはそれ以上の苦痛が襲い掛かっていた。
(オーラを集中させろ。これ以上散ったら、回復が間に合わなくなる)
仙桃のオーラの制御に苦しむリオン。
そんなリオンの思いも空しく、銀色のオーラはどんどん拡散していく。
そしてそのオーラが二本目のロウソクに触れるまでオーラが広がり、ロウソクを火を消してしまう。
その瞬間、リオンは迷わず最後の小瓶に手を伸ばし、中の液体を体内に流し込む。
刹那、室内を強風が吹き荒れ、三本目のロウソクの火をも消し去ってしまう。
ーー不死鳥の血
リオンが飲んだのは、アンブロシアで保管されている不死鳥の血である。
仙桃ほどではないが、不死鳥の血にも回復作用がある。そしてその血は、アンブロシアによくなじむ。
リオンも仙丹の材料のすべてを知っているわけではない。
だがーー
ーー足りない分はあれで補える。今の私なら簡単に手に入るだろう
アンブロシアにいるからこそ簡単に手に入る不死鳥の血。
それを混ぜることで、リオンは鴆毒に対抗する。
仙桃、不死鳥、鴆毒。
三種の力がリオンの体内でせめぎ合い、破壊と回復が再び開始された。
ここからが、本番なのである。
◆
あれからさらに四日が経過し、リオンが部屋に閉じこもってからちょうど一週間が経過した。
さすがにここまでくるとアイリスとリーナも何かあったのではと思い突入を図ったが、何とか踏みとどまった。
しかし、その日はアイリスもリーナも我慢の限界だった。
「これ以上は待てません。いくら坊ちゃまの命令でも、これは流石に……」
「同意です。お叱りなら後でいくらでも。ですが、坊ちゃまの身の安全が最優先です」
そう言って二人は突入する気満々で部屋まで来たが、部屋の扉が僅かに空いていることに気づいた。
「坊ちゃま!?」
「リオン坊ちゃま!!」
すぐさま扉を開けるアイリス。
すると、中からやせ細ったリオンが崩れ出る。
そんなリオンを、リーナが受け止める。
「坊ちゃま!! リオン坊ちゃま! しっかりしてください!! 誰か、すぐに医者をーー」
「……リオン坊ちゃま、一体何をなさっていたんです?」
「アイリス殿、今はそれどころではーー」
医者を呼ぶのが先だというリーナだが、部屋の中へ視線を向けた途端動きが止まる。
リオンがいた部屋から、黒い煙が漏れ始めていたのだ。
その煙からは鼻を突き刺すような刺激臭と腐敗臭が入り混じっていた。
煙の正体は仙桃によって中和された鴆毒と溶かされたリオンの肉体の一部。
「……アイ……リス」
「坊ちゃま!? お目覚めですか? 私のこと分かりますです!?」
「……ナイフを……くれ」
「ナ、ナイフです? 承知しましたです」
理由は分からないがリオンの命令をアイリスただ忠実に従うのみ。
全速力で厨房から果物ナイフを持ち、リオンも元へ駆けつける。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「あぁ……ありが、とう」
果物ナイフを受け取ったリオンは、そのままーー自分の左手に突き刺した。
「坊ちゃま!? 何を!?」
「すぐに止血を!! あと医者を早く!」
リオンの突然の行動に、アイリスとリオンは驚愕する。
すぐさま手当の準備をするが、如何せん道具が足りない。
ナイフを抜くべきか抜かないべきかで二人が悩んでいる間に、リオンは迷わずナイフを抜き取った。
「坊ちゃま、それでは出血がひどくなりますでづ!! どうか……は?」
「…………」
アイリスは間抜けな声を、そしてリーナただ目を見開きリオンの手のひらを見つめていた。
先ほどまでナイフが深く突き刺さった場所は、白い煙を立てながら1秒足らずに再生したのだ。
絶句する二人を横目に、リオンは衰弱した顔でにやり。
(ついに、手に入れたぞ。ハリヴァスの力を……!!)
こうしてリオン・アンブロシアはアンブロシア家でありながらハリヴァスの力を手に入れたのだった。
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