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一章
第25話 奴隷の悩みを聞いてやった
しおりを挟む腰をくの字に持ち上げてウィスタシアの膝攻撃を回避する。なんとも情けない格好だが、これ以上は理性を保てない。こうするしかないのだ。
すると諦めたのか彼女は足を伸ばした。
一族の仇で俺を狙ったってことは、やはり知っているんだな。まぁでも、俺の口から伝えた方が良いだろう。
「丁度いい、聞いてくれ。ヴォグマン卿を殺ったのは俺だ。お互い命を賭けて全力で戦った。弱ければ死んでいたのは俺だった。それだけのことだ」
「……知っているよ。……大賢者ゴロウ・ヤマダ……〈底無しの魔法使い〉〈無限魔力の悪鬼〉〈クソボウズ〉お前の名は大魔帝国中に轟いていたよ。私と同じくらいの子供が四六時中、大魔法を撃ち続け戦局を大きく左右する。そんな話を良く聞かされた」
最後のクソボウズって、ただの悪口だろう!
俺が大魔帝国軍と本格的に戦ったのは8歳から12歳の4年間。当時は背も低くて敵から小僧だのクソボウズだのよく言われた。
「魔道を歩む者として、お前の様な特別な子供がいるのだと敵ながらに憧れたものだよ」
「ウィスタシア、これだけは言わせてくれ」
「なんだ?」
「戦場で俺は何度かヴォグマン卿と話している。あの時期、人を死なせない為の和平について本気で語っていた権力者はヴォグマン卿だけだった。戦後、戦争の真実を知ってヴォグマン卿の言っていたことは正しかったと俺は考えを改めた。本当の英雄はあの人だよ」
「……本気でそう思うのか?」
「ああ、領土欲しさに侵略戦争を仕掛けたのは魔族側だが、そう仕向けたのは人族側だ。俺は人族側に原因があると知らず戦っていた。事実を知ったのは全て終わった後だ」
「大魔帝国領は寒冷な気候で作物が育たない。故に鉱石と作物を交換する条約を人族と結んでいた。だが、条約を無視し、不当に作物の値を釣り上げたのは奴等だ。大量の餓死者が出て肥沃な南に領土を広げる他なかった」
「人族側も不作で、というならまだ理解できるが、戦争に備えられる程、豊作だったんだよな。グラントランド王国が狙っていたのは大魔帝国領の鉱物資源だ。それ欲しさに12年前、国境線にあるベスタという街を魔族に襲わせた。それが開戦の合図になった。当時5歳だった俺はベスタに住んでいたんだ……、あっ、手、すまん」
俺は押さえつけていたウィスタシアの手首を離した。
「その通りだ……。戦後わかったことだがベスタを攻撃した大六天魔卿の一人、ドクバック卿はグラントランド王国に買収されていたよ」
「それも知っている。証拠がないからドクバック卿がのうのうと生きていることもな」
俺は許せなかった。俺を騙して戦わせたグラントランド王国や勇者パーティーを。ニナとマリアを殺した黒幕はこいつ等だった。
戦争をしたいが為に俺達が住んでいたベスタを魔族に襲わせて、やられたからやり返すと民衆を扇動するマッチポンプ。本当に屑だと思ったよ。
「強く握ったから……手首痛くないか?」
俺はウィスタシアの手を優しく引き寄せる。
「ん?少し痣になっているな……」
「すまん。魔法で治すよ」
「いや、このままでよい」
ウィスタシアは少し黙から呟いた。
「……ありがとう」
「ん?」
「祖父を英雄と言ってくれて……」
「本当のことだろう。なぁウィスタシア、何故俺を刺した?全く殺気はなかったし、お前なら俺の防御魔法に気付いた筈だ」
それに何で裸なんだよ?ほんとそこが一番意味わからん!?
「……私の家は戦争の責任を取らされて消滅した。私は人身売買利権を掌握していたマデンラ商会に売られたんだよ。ふっ、もう生きていく気力がないんだ……」
また彼女は暫く黙る。俺も黙って答えを待った。
「私はバカだな。ヴァンパイア族は不死で簡単には死ねない。お前を攻撃すれば私を殺してくれると思った。もしくはお前に抱かれて養ってもらう飼い犬なっても良かった。無様だろ?奴隷紋が消えて自由になったというのに、私はこれからどうしたら良いかわからないんだ。奴隷でいれば主の言う事を聞いているだけで良かったのだがな……」
そう言うことか……。
「家が無くなったって、どういうことだ?大魔帝国は鉱山利権と戦争賠償をグラントランド王国、アズダール王国に支払い、不平等ではあるが講和条約を結んで平時に戻った筈だろ?」
「それは――」
そこからウィスタシアの説明が始まった。
簡単に言うと。戦後、大魔帝国敗北の原因はフランベリテ攻防戦で負けたこととされた。指揮を取っていたのはヴォグマン卿、やっつけたのは俺。
その罪と責任でウィスタシアの両親や親戚は回廊魔石に期限付きで封印された。
それを行ったのは戦争黒幕の一人、ドクバック卿。こいつはヴォグマン家の人間を封印すると、期限付きという約束を反故にしてヴォグマン領を乗っ取り、ウィスタシアに奴隷紋を貼って懇意にしていたマデンラ奴隷商会に彼女を売ったそうだ。
ただ、仮に両親が戻ってきても貧困と飢えで苦しむ領民を救うことができないから苦しいだけだという。
食料不足になるとヴォグマン家が貯金や調度品を切り崩して領民に炊き出しをしていたのだが、その貯金はもう底をついてしまっていたのだとか。
話を聞いていたら何だか可哀想になってきたな。
まぁただ、話を聞く限り俺なら問題を全て解決できる。
一回ヤラせてくれるなら助けてやってもいい。
まぁそれは半分冗談だけど、提案だけしてみるか。
「ウィスタシア、明るい未来の話をしてもいいか?」
「ふふっ、残念ながらそんなものはないよ」
「まぁ聞いてくれ。この世界には何故か小麦や大麦、米等のイネ科植物がないんだ」
植物も動物も元の地球とは異なった進化を遂げているんだよな。
「なんだ、それは?」
「さっき夕飯に出した白い粒だ」
「ああ、あれはとても美味かったな。また食べたいよ」
「たくさんあるから好きなだけ食べさせてやるさ。それでな、俺が元いた世界では大魔帝国がある場所にロシアって国がある。世界1位の穀物輸出国だ」
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