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第2章
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しおりを挟む陽を呼び捨てにする夢を見たことはあるし、妄想の中ではもちろん呼び捨てにしていた。
でも実際にそれを許可されると、どうしたらいいのか分からなくなる。朝霧先生の下の名前って何だっけ!?と、枢の頭の中は大混乱に陥っていた。
「あ、あさぎりせんせい!」
「ちがいます」
「朝霧先生の下の名前って何でしたっけ!?」
「ナチュラルに失礼なこと言うね、星先生……」
あまりにも混乱しすぎてパニックになっていると、陽からぐいっとTシャツの襟元を掴まれる。そしてそのまま陽は枢の耳元に唇を寄せ「ひなた、ですよ」と低い声で囁く。その声にもう、耳が溶けてなくなってしまうかと思った。
「ひ、ひ、ひなたさん……」
「呼び捨てじゃないとイヤです。敬語もダメ」
「努力はしますけど、本当に、ちょっと待ってください……!」
下の名前を呼べなかったらここでパートナー契約はおろか、お試し期間もないまま関係が終わってしまう。そのほうが自分の心臓のためにいいじゃないかと言っている天使の枢と、こんなチャンスもう二度と来ないぞ、陽とお近づきになるまたとない機会なんだぞ!?と言っている悪魔の枢が、頭の中で喧嘩している。
そんな枢が出した結論は――
「ひ、ヒナ……」
いつも、妄想の中で陽のことをそう呼んでいる。だからつい、ひなたと呼ぶよりも自然にヒナという呼び名が出てきた。
「普段、人にそういう風に呼ばれると女性っぽくて嫌だったんですけど……星先生にならいいです。好きに呼んでください」
「あの、朝霧先生も俺のことを……?」
「もちろん。枢って、かっこいい名前ですよね。星って苗字も相まって」
「いや、そうですか…?朝霧先生の名前のほうがかっこいいと思いますけど…夜明けに、霧の中から光り輝く太陽が出てきて辺りを照らす、って感じで……」
「……そういう風に言われたの、初めてかも…」
「え?」
「いえ、なんでも。せっかくですし少しPlayしてみますか?」
始まる前から主導権を陽に握られている。これじゃあ本当に、自分がDomなのかも疑わしい。そもそも陽は2歳年上で、学校の先輩で、先輩教師なのだから、いくら枢がDomだと言っても陽に対して横暴な態度は取れない。だから主導権を握られているくらいのほうがちょうどいいのかも、なんて。
「お互い慣れるためにも、簡単なコマンドだけでも出してみて?」
さすがにもう、腹を括るしかない。一通のメッセージでのこのこと陽の家まで来てしまったのだから、こうなることを期待していたのだ。ダメだとか、もっとよく考えろとか頭の中で思っていても、結局自分もSubを求めるDomで、何よりもずっと恋い焦がれていた陽がその相手なのだから、自分の中で答えは既に決まっていたようなものなのに。
「……ヒナ〈Come〉」
「ん、うれしい…枢」
2歳も年下の後輩に呼び捨てされ、コマンドを出されて喜ぶ人なんて世界中探しても陽しかいないだろう。彼は嬉しそうな顔をして、枢のコマンドに大人しく従って歩み寄ってくる。枢は自分の膝を指でとんとんタップしながら「〈Sit〉」と促すと、先日のように枢の肩に手を置いた陽が向かい合うように腰を下ろした。
「〈Good Boy〉、ヒナ」
「…ご褒美は……?」
「ご褒美……なにがいいの?あなたにとって、ご褒美はなに?頭を撫でられること?抱きしめられること?〈Say〉」
「ぁ、キス……」
「……え?」
「ご褒美は、キスして…」
ご褒美はキス、なんて。
煽られてるのか、ただ単に陽の性癖が特殊なのか。
セーフワードが『愛してる』だったり、コマンドを実行できたご褒美は『キス』なんて、きっと枢の反応を見て楽しんでいるに違いない。
陽の態度は『普通』のSubのものではなく、どちらかと言えばDomのような支配的な雰囲気も感じられる。だからこそ枢も陽のダイナミクスを間違えていたのだが、実際は枢が『Dom』で、陽が『Sub』なのだ。もちろんその上下関係はPlay中だけに限ったことだが、どちらが強いのかはしっかり分かってもらう必要があるだろう。
「……ご褒美がキス?とんだビッチじゃん…」
「な、ちが…!枢からもらうご褒美ならと思っただけで……」
「ヒナ。勝手に話していいって、言ってない」
「っ、ごめん、」
「そのまま〈Stay〉」
「ん……っ」
服の上から陽の体を触って、彼の形を確かめる。
陽の肌を直に見たことはないけれど、何度も何度もその服の下を想像したことがある。身長の割に少し細いが程よく肉がついていて、触るとものすごくエロい体つきなのが分かった。そんな枢の手に反応し、顔を赤くして枢の手に耐えている陽を改めて眺めると、この美しくてかっこいい人がSubだなんて、逆に奇跡なのだろうなと思う。
あぁ、ヤバイ。
めちゃくちゃ、興奮する――。
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