【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る−

社菘

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第3章:過去と現在

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 エリアスに昔の記憶がないのでバルドは偽名を使い、身分を隠し、この村に留まっている。エリアスが産んだ息子だというシャロンと共に家族の真似事をしているのは、いくらなんでも罪悪感を覚えた。

 殺したいほど憎んでいるというよりは、もうどこにも行かないよう縛り付けておきたかったのだ。歪んだ愛情だとバルドは自分でも思っているが、自分の持ちうる全ての愛情を全てぶつける方法しか知らなかった。

「あー、くそ、ないな……」

 川に足をつけ中腰になりながら川底を捜索する。こんな姿を部下たちに見られたら卒倒するだろうなと思いながら自嘲したが、その部下たちに会うことはもうないかもしれない。

 エリアスも『黒竜皇帝』と言っていたが、彼を必死に探すあまりいつしか戦好きの皇帝と呼ばれ、両手が真っ黒に染まっている自分が帝国へ帰っても民を導くことはできないだろうなと考える。バルドがもう一度『皇帝』を名乗るには、失わせた命が多すぎた。

「……一体、何年かかるんだか」

 エリアスはヴェルデシア村を地図から消された村だと言っていた。バルド自身、この場所が大陸のどこに位置しているのか全く分からない。すなわち、この川もどこまで続いているのか分からないのだ。

 ヴェルデシア村にいる住人は見る限りは竜族出身の者が多いようにバルドには見える。人魚族であれば髪の毛は金色で、耳が魚のヒレのような形をしているので分かりやすい。獣人族についても同様で、彼らもまた耳の形が種族によって異なる。竜族の場合は耳が長く尖っているのが特徴で、人によっては体の一部に竜の鱗が常時出現していることも。

 この村では人魚や獣人と思われる種族は確認できていないので、アルバディア帝国内であるのは推測できる。最後に戦っていた場所が人魚の国・ネレイシア王国の国境付近だったので、ここも案外そうなのかもしれない。

「ととさまー!」

 冷たい季節になる前に捜索を終わらせたいので連日のように河岸へ足を運んでいるバルドの元に、小さな男の子が笑顔で駆け寄ってきた。

「シャロン! 走ったら転んでしまうぞ!」
「わっ」
「言わんこっちゃない……!」
「こら、落ち着きなさい」
「ごめんなさぁい」

 今日は珍しくエリアスが一緒らしい。転びかけたシャロンをひょいっと小脇に抱え、川に浸かっているバルドの元に連れてきた。

 バルドが何を探しているのか打ち明けるわけにはいかないので『水は危ないから』と言ってシャロンを遠ざけていたが、エリアスと一緒に来られては追い返すこともできないなとバルドは苦笑した。

「シャロンが行きたいって言うから……ついでにお昼ご飯を持ってきた」
「そうか、ありがとう」
「ととさま、いっしょにごはんたべよー!」

 出会った時から、シャロンはバルドのことを『ととさま』と呼ぶ。シャロンの存在を確認した時は血管が切れそうなほど怒りに血が湧き立ったが、息子の名前を聞いて怒りがスッと収まったのを覚えている。

 シャロンという名前は、いつか二人の間にできた子供の名前にしようとバルドとエリアスが話し合って決めていた名前だったからだ。

 エリアスは記憶を失っていると言っていたが、頭の片隅に『シャロン』という名前が残っていたのだろう。記憶を失っていても本当に彼は彼なのだなと、それはそれで複雑に思えた。

「シャロン、パンくずがついてるぞ」
「んむ」
「あとお前もだ、エリアス」
「えっ」

 二人とも同じ場所にパンくずをつけて笑っているものだから、思わずバルドは笑いながらぐいっと拭った。エリアスの唇を指がかすめると、彼は照れたように唾を飲み込む。そういう顔をされると自分の中の『アルファ』や『Dom』の部分がざわついて、今すぐにでもエリアスの体を暴きたくなってしまうのを必死で堪えた。

「ととさま、おみずのなかでなにしてるの?」
「探し物だ。とても小さいものだから、見つからなくてな」
「ちいさいもの? シャロンもちいさいから、みつけてあげる!」
「お前は駄目だ、水の中は危険だから」
「えー、さがしものとくいなのに……」
「どうしても見つからない時は頼まれてくれるか?」
「うんっ!」
「小さいものって?」
「……装飾品だ。大切な人からもらったもので、なくすと怒られる」
「大切な人から……」

 間違ったことは言っていない。歴代の皇帝から受け継がれてきた指輪なので、大切な人からと言って差し支えないだろう。

 エリアスに全てを思い出してほしくないと言えば嘘になる。ただ、今の彼がこの村でシャロンと穏やかに暮らしているなら、そのまま幸せに生きてほしいとも思うのだ。

 昔の彼が皇后という立場に不満を持っていたのを知っているからこそ、せっかく生きていてくれたのだから、この先の人生は好きに生きてほしい。

 でも、自分の側に戻ってきてほしいとも思うのだから、本当に欲深いなと自分自身にバルドは呆れ果てた。


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