17 / 56
第3章:過去と現在
2
しおりを挟む「……いっそのこと、俺を殺してくれ……」
どこに戦を仕掛けても、どの国にも皇后はいなかった。それでも、ただただ亡霊にでも取り憑かれたかのように彼を探し回っては殺戮を繰り返し、いつしかバルドの手は血に塗れ黒く染まっていた。
――このような手でお前に触れられるのか?
一瞬そう考えたこともあったが、すぐに消え失せた。そして皇后を探す目的はいつの間にか、バルドを裏切った皇后への復讐心に変わっていたのだ。
――俺から逃げるなんて許されない。何が不満だった。何が足りなかった。何をしていたらお前は消えなかった!
「………父上の仇!」
黒く染まった自分の手を見つめていると、フッと視界に入ってきた子供が剣先をバルドの体に突き立てる。横腹に深く刺さり、肉を抉られる感覚がした。
バランスを崩したバルドの心臓を目掛けて今度は短剣を振り下ろす子供の憎悪を受け止めようとしたが、足を踏み外したバルドの長い髪の毛だけが切れて宙を待った。
「――皇帝陛下ッ!」
腕を伸ばすアレクシスの手をバルドは取らなかった。
これで死ぬのならそれでもいいと、諦めたから。
ただ、神様はそれを許さなかったのだろう。バルドの目が覚めると見知らぬ小さな家で眠っていたのだ。
「……また、生き残ってしまったか……」
そう呟くと、視界の端からひょこっと現れた小さな子供が微笑んで「かかさまーっ! ととさま、おきたよぉ!」と叫んで連れて来た男性に、バルドは目眩を覚えた。
彼――エリアスとの再会は運命でも何でもなく、今までやってきたことへの罰なのだろうと思うには、あまりにも幸せすぎた。
「……ヴラド? 大丈夫? 体の調子が悪い?」
ハッと我に返ると、エリアスが心配そうに顔を覗き込んでいた。
地図上から消された村だというヴェルデシア村に滞在しているバルドは、ここでは『ヴラド』という偽名を使っている。バルドがずっと探していた皇后・エリアスと思われる男がこの村の医師として働いているので、本物だと確証が持てるまではここにいようと考えたのだ。
「少し、傷が痛むかもしれない」
「それなら痛み止めを処方するから飲んで安静にしてて。最近よく無茶しているから、傷が開くかも」
「ああ、分かった」
3年以上前の記憶がなく、瀕死の状態で見つかったと言う『エリアス』は、どこからどう見てもバルドと結婚してアルバディア帝国の皇后になったエリアス・ストックデイル・アルバディアと同一人物だ。
黒竜を思わせる黒髪で、暖かい季節の緑を思わせる美しい瞳の色。竜人にしては線が細く、強く抱きしめたら折れそうな体。混血種らしい、とエリアス自身も言っていた。
そして何より、第二性と第三性が一致している。シャロンを出産してから発情期は来ていないらしいが、彼のうなじには番がいることを示唆する噛み跡が残っていた。
あれは確かにバルドがつけたもので、何より『プレイ』の相性もいい。プレイにかこつけてエリアスの体を確認してみたが、右足の付け根と臍のホクロがあるのも皇后『エリアス』と同じだったのだ。
ここまで来たら本物のエリアスだと断定してもいいと思うのだが――
「ふと気になったんだが、助けてもらった時の所持品は何があったんだ?」
「え? ああ……刺繍入りのハンカチくらいだったかな」
「……指輪とかはなかったのか?」
「指輪?」
「ああ。だって、噛み跡があるということは番がいたんだろう? 揃いの指輪くらい、持っていたのではないかと思うんだが」
「確かに。考えたことなかったなぁ……でもなかったと思う。村長もそんなこと言ってなかったし」
代々皇帝と皇后が持つ特別な指輪がある。皇帝は自身の純白を示す白銀の指輪を持ち、皇后は繁栄を意味する金の指輪をそれぞれ持つ。白銀の指輪はもちろんバルドが持っていて、金の指輪はエリアスが身につけていた。
エリアスが消えた日も彼の細い指には金色の指輪が光っていたのを覚えている。
ただ困ったことに、バルドが負傷して川に落ちたであろう衝撃で指輪を紛失していて、エリアスも言わずもがな紛失しているらしい。あの揃いの指輪はいわば皇帝と皇后の証だと言っても過言ではない。
そんな大切な指輪を誰かに拾われて悪用されたら――
指輪を探すために時間があればバルドが倒れていたと言う河岸へ探しに行き、川底に手を突っ込んで捜索しているのだ。
手で探すよりも竜になり、水が干からびるほどの炎を浴びせて焼け野原にしたほうが探しやすい。
でもそれができないのは、記憶を失ってバルドに対しても遠慮がないエリアスに怒られそうだから、という理由だ。
「俺はとんと、お前に弱いな……」
「何か言った?」
「いや、何も。明日はまた魚を捕ってくるから、夜は香草と蒸し焼きにでもしよう」
「いいね、美味しそう」
――そりゃあ、お前が好きだった料理だからな。
炊事も何もできない皇帝だと思われていたかもしれないが、ある程度のことはできる。エリアスと結婚してからも度々料理を振る舞ったことがあり、その時に彼が美味しいと言ったものをこの家では作っているのだ。
その度にエリアスは昔のように「美味しい」と言って笑ってくれるので、バルドはその度にエリアスに恋をする。
昔と変わらない心でエリアスを愛していると、そう言ってしまいたかった。
173
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
世界で一番優しいKNEELをあなたに
珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。
Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。
抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。
しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。
※Dom/Subユニバース独自設定有り
※やんわりモブレ有り
※Usual✕Sub
※ダイナミクスの変異あり
【完】ラスボス(予定)に転生しましたが、家を出て幸せになります
ナナメ(新作についてお知らせ)
BL
8歳の頃ここが『光の勇者と救世の御子』の小説、もしくはそれに類似した世界であるという記憶が甦ったウル。
家族に疎まれながら育った自分は囮で偽物の王太子の婚約者である事、同い年の義弟ハガルが本物の婚約者である事、真実を告げられた日に全てを失い絶望して魔王になってしまう事ーーそれを、思い出した。
思い出したからには思いどおりになるものか、そして小説のちょい役である推しの元で幸せになってみせる!と10年かけて下地を築いた卒業パーティーの日ーー
ーーさあ、早く来い!僕の10年の努力の成果よ今ここに!
魔王になりたくないラスボス(予定)と、本来超脇役のおっさんとの物語。
※体調次第で書いておりますのでかなりの鈍足更新になっております。ご了承頂ければ幸いです。
※表紙はAI作成です
転生した悪役令息は、お望み通り近付きません
カシナシ
BL
「お前など、愛す価値もない」
ディディア・ファントム侯爵令息が階段から落ちる時見たのは、婚約者が従兄弟を抱きしめている姿。
(これって、ディディアーーBLゲームの悪役令息じゃないか!)
妹の笑顔を見るためにやりこんでいたBLゲーム。引くほどレベルを上げた主人公のスキルが、なぜかディディアに転生してそのまま引き継いでいる。
スキルなしとして家族に『失敗作』と蔑まれていたのは、そのスキルのレベルが高すぎたかららしい。
スキルと自分を取り戻したディディアは、婚約者を追いかけまわすのを辞め、自立に向けて淡々と準備をする。
もちろん元婚約者と従兄弟には近付かないので、絡んでこないでいただけます?
十万文字程度。
※主人公:マイペース美人受け
※女性向けHOTランキング1位、ありがとうございました。
たくさんの閲覧、イイね、エール、感想は、作者の血肉になります……!(o´ω`o)ありがとうございます!(●′ω`人′ω`●)
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
ちっちゃいもふもふアルファですけど、おっきな彼が大好きで
Q矢(Q.➽)
BL
僕、吉田 嵐太はレッサーパンダの獣人である。
しかもアルファの勝ち組だ!
どんな女の子やオメガだって、僕の前ではめろめろだ!!
そんな僕がある日、におい惚れした相手とは…。
※本作品は獣人DKカップルのゆるラブオメガバースです。大学生になる終盤まで本格的なえちちシーンは出てきません。
*吉田 嵐太 (α)
私立 岩清水男子高等学校1年 Sクラス
獣種 レッサーパンダ 160/50→??
★さりげなく自己評価が高い傾向あり。
*壱与 瑞希 (ハイスペチートΩ)
私立 岩清水男子高等学校1年 Cクラス
獣種 グリズリー(ハイイログマ)
189/72 →192/74
★嵐太に盲目、育てたい俺のアルファ。
★前提
*純人類と動物の特性を持つ人類が混雑する世界。
*そのうえでオメガバースというα、 β、Ωという性別に別れています。
※オメガバース独自設定含みます。
※スローでゆっくり成長していくレッサー吉田とグリ壱与の恋を、基本ゆるく、時にはヤキモキしながら見守ってくだされば幸いです。
※11/30、本編完結。
多くの皆様にご覧いただき感謝に堪えません。最後まで楽しく書けましたのは皆様のお陰です。
嵐太と瑞希を愛して下さって本当にありがとうございました。
近々、卒業後の2人の生活を描いた短いお話を書きたいと思っております。
本当にありがとうございました(*^^*)
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
ゲームにはそんな設定無かっただろ!
猫宮乾
BL
大学生の俺は、【月の旋律 ~ 魔法の言葉 ~】というBLゲームのテストのバイトをしている。異世界の魔法学園が舞台で、女性がいない代わりにDomやSubといった性別がある設定のゲームだった。特にゲームが得意なわけでもなく、何周もしてスチルを回収した俺は、やっとその内容をまとめる事に決めたのだが、飲み物を取りに行こうとして階段から落下した。そして気づくと、転生していた。なんと、テストをしていたBLゲームの世界に……名もなき脇役というか、出てきたのかすら不明なモブとして。 ※という、異世界ファンタジー×BLゲーム転生×Dom/Subユニバースなお話です。D/Sユニバース設定には、独自要素がかなり含まれています、ご容赦願います。また、D/Sユニバースをご存じなくても、恐らく特に問題なくご覧頂けると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる