【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る−

社菘

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第3章:過去と現在

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「……いっそのこと、俺を殺してくれ……」

 どこに戦を仕掛けても、どの国にも皇后はいなかった。それでも、ただただ亡霊にでも取り憑かれたかのように彼を探し回っては殺戮を繰り返し、いつしかバルドの手は血に塗れ黒く染まっていた。

 ――このような手でお前に触れられるのか?

 一瞬そう考えたこともあったが、すぐに消え失せた。そして皇后を探す目的はいつの間にか、バルドを裏切った皇后への復讐心に変わっていたのだ。

 ――俺から逃げるなんて許されない。何が不満だった。何が足りなかった。何をしていたらお前は消えなかった!

「………父上の仇!」

 黒く染まった自分の手を見つめていると、フッと視界に入ってきた子供が剣先をバルドの体に突き立てる。横腹に深く刺さり、肉を抉られる感覚がした。

 バランスを崩したバルドの心臓を目掛けて今度は短剣を振り下ろす子供の憎悪を受け止めようとしたが、足を踏み外したバルドの長い髪の毛だけが切れて宙を待った。

「――皇帝陛下ッ!」

 腕を伸ばすアレクシスの手をバルドは取らなかった。

 これで死ぬのならそれでもいいと、諦めたから。

 ただ、神様はそれを許さなかったのだろう。バルドの目が覚めると見知らぬ小さな家で眠っていたのだ。

「……また、生き残ってしまったか……」

 そう呟くと、視界の端からひょこっと現れた小さな子供が微笑んで「かかさまーっ! ととさま、おきたよぉ!」と叫んで連れて来た男性に、バルドは目眩を覚えた。

 彼――エリアスとの再会は運命でも何でもなく、今までやってきたことへの罰なのだろうと思うには、あまりにも幸せすぎた。

「……ヴラド? 大丈夫? 体の調子が悪い?」

 ハッと我に返ると、エリアスが心配そうに顔を覗き込んでいた。

 地図上から消された村だというヴェルデシア村に滞在しているバルドは、ここでは『ヴラド』という偽名を使っている。バルドがずっと探していた皇后・エリアスと思われる男がこの村の医師として働いているので、本物だと確証が持てるまではここにいようと考えたのだ。

「少し、傷が痛むかもしれない」
「それなら痛み止めを処方するから飲んで安静にしてて。最近よく無茶しているから、傷が開くかも」
「ああ、分かった」

 3年以上前の記憶がなく、瀕死の状態で見つかったと言う『エリアス』は、どこからどう見てもバルドと結婚してアルバディア帝国の皇后になったエリアス・ストックデイル・アルバディアと同一人物だ。

 黒竜を思わせる黒髪で、暖かい季節の緑を思わせる美しい瞳の色。竜人にしては線が細く、強く抱きしめたら折れそうな体。混血種らしい、とエリアス自身も言っていた。

 そして何より、第二性と第三性が一致している。シャロンを出産してから発情期は来ていないらしいが、彼のうなじには番がいることを示唆する噛み跡が残っていた。

 あれは確かにバルドがつけたもので、何より『プレイ』の相性もいい。プレイにかこつけてエリアスの体を確認してみたが、右足の付け根と臍のホクロがあるのも皇后『エリアス』と同じだったのだ。

 ここまで来たら本物のエリアスだと断定してもいいと思うのだが――

「ふと気になったんだが、助けてもらった時の所持品は何があったんだ?」
「え? ああ……刺繍入りのハンカチくらいだったかな」
「……指輪とかはなかったのか?」
「指輪?」
「ああ。だって、噛み跡があるということは番がいたんだろう? 揃いの指輪くらい、持っていたのではないかと思うんだが」
「確かに。考えたことなかったなぁ……でもなかったと思う。村長もそんなこと言ってなかったし」

 代々皇帝と皇后が持つ特別な指輪がある。皇帝は自身の純白を示す白銀の指輪を持ち、皇后は繁栄を意味する金の指輪をそれぞれ持つ。白銀の指輪はもちろんバルドが持っていて、金の指輪はエリアスが身につけていた。

 エリアスが消えた日も彼の細い指には金色の指輪が光っていたのを覚えている。

 ただ困ったことに、バルドが負傷して川に落ちたであろう衝撃で指輪を紛失していて、エリアスも言わずもがな紛失しているらしい。あの揃いの指輪はいわば皇帝と皇后の証だと言っても過言ではない。

 そんな大切な指輪を誰かに拾われて悪用されたら――

 指輪を探すために時間があればバルドが倒れていたと言う河岸へ探しに行き、川底に手を突っ込んで捜索しているのだ。

 手で探すよりも竜になり、水が干からびるほどの炎を浴びせて焼け野原にしたほうが探しやすい。

 でもそれができないのは、記憶を失ってバルドに対しても遠慮がないエリアスに怒られそうだから、という理由だ。

「俺はとんと、お前に弱いな……」
「何か言った?」
「いや、何も。明日はまた魚を捕ってくるから、夜は香草と蒸し焼きにでもしよう」
「いいね、美味しそう」

 ――そりゃあ、お前が好きだった料理だからな。

 炊事も何もできない皇帝だと思われていたかもしれないが、ある程度のことはできる。エリアスと結婚してからも度々料理を振る舞ったことがあり、その時に彼が美味しいと言ったものをこの家では作っているのだ。

 その度にエリアスは昔のように「美味しい」と言って笑ってくれるので、バルドはその度にエリアスに恋をする。

 昔と変わらない心でエリアスを愛していると、そう言ってしまいたかった。


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