【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る−

社菘

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第3章:過去と現在

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「皇帝陛下、報告いたします。皇后陛下を乗せた馬車は御者や使用人と共に全て消息不明です。王宮を出たあと、町外れの花屋に立ち寄ったとのこと。花屋を出てからの消息は分からず、どの地点を最後に皇后陛下がいなくなったのかを調べるのは困難だと帝国騎士団から報告が入りました」

 ――そんな分かりきった言葉が聞きたかったわけではない。ただ、あいつを俺の元に連れて帰ってくるよう命じただけなのに、なぜ何の意味もない報告を聞かねばならないのか、理解に苦しむ。

 執務室の椅子に腰掛け、城下町を見下ろせる窓の外を眺める。つまらない報告を聞かされているアルバディア帝国の皇帝・バルドは頬杖をつきながら、窓の外を優雅に飛ぶ鳥を目で追った。

 ――あの鳥は番だろうか。

 空の上を二羽の鳥が仲睦まじく飛んでいる姿をぼんやり眺め、大空を飛ぶ鳥のように自由であればこんなことにはならなかったのだろうか、と考えた。

「……それで?」
「と、申しますと……」
「調べるのが困難だから、何だと言うんだ? まさか、そのまま捜索を打ち切るとでも言うんじゃないだろうな」
「ですが、陛下」
「黙れ。必ず見つけ出せ、命令だ」
「……そう命令され続けてもう3年です、陛下。この3年、消えた皇后陛下に関する情報は一つも出て来ませんでした」
「あいつが死んだとでも言いたいのか、お前は!」

 バルドが思いきり机を叩くと、ガシャンッとカップが床に落下して砕け散る。粉々になったカップがまるで自分と皇后の関係を示しているようで、深くため息をついた。

「……あいつを殺すのはこの俺だ。何年かかってもいい、必ず探し出せ」
「……かしこまりました。それと、陛下。皇后が不在の今、第一皇妃様の位を上げられてはいかかでしょうか?」
「なに?」
「世継ぎの件もあります。このまま何年も空白では大臣たちや国民からも不安や不満の声が――」
「皇后は空席のままだ。俺が許さん」

 ぎろり、瞳孔を竜のように細めて従者のアレクシスを睨みつけると、彼は諦めたように頭を下げる。そして落下して粉々に砕け散ったカップの破片を片付けている彼の頭をバルドは眺め「……お前には苦労をかける」と呟いた。

「……とんでもないです。私はいつでも陛下の味方でおりますから」
「ああ……」
「私とて、皇后陛下のことを諦めたいわけではございません。あの方が理由もなくいなくなるなど……考えられませんから」
「お前だって噂を聞いてるだろ。好きな男がいたとか、名ばかりの皇后は飽きたとか、もともと皇后にはなりたくなかった、とか――」

 皇后が失踪してからしばらくして、王宮内にまことしやかに囁かれている噂。王宮の外、何の身分もない男の想い人がいただとか、根も葉もないただの噂だ。ただそれを信じてしまいそうになるのは、彼にとってバルドとの結婚は望んだものではなかっただろうから。

 人間の父親と下級貴族である竜の母親を持つ混血種で、どちらかと言えば人間の血のほうが彼は濃かった。竜族の男とは違って線が細く、少し強く抱きしめたら骨が折れてしまいそうなほど儚い印象で、暖かい季節の緑を思わせる瞳は透き通るように美しかった。

 そんな彼と出会ったのはバルドが16歳の時。18歳の彼が王宮の医師として就職して、初めてその姿を見たのだ。

 運命が決まっていたのかと思うほど、バルドは一目で彼に心を奪われた。

 混血種だという彼だが、類稀な治癒能力の持ち主で薬にも精通する貴重な人材。第二性はオメガであり、バルドと同じように第三性のダイナミクスを持つSubだった。

 彼こそが運命の相手だと思ったものだ。

「あんなに大事にして愛していたのに、何が不満だったんだ……」

 それが分からないから、彼は消えたのだろう。

 彼が消えた日を、バルドは今でも昨日のことのように思い出す。

 普段はあまりしないような、本当に小さな言い争いだった。バルドが第一皇妃を信頼していて、本来なら皇后がすべき仕事を任せていると誰かから聞いたと言う彼はえらくご立腹で、自分には何もさせてくれないと文句を言っていた。

 それはそうだ。バルドは彼に仕事をさせるために妃にしたわけではない。何もしなくていいから側にいてほしいと、それだけがバルドの願いだったのだ。

 ただ、それを彼は嫌がった。

 出来損ないの混血種だから全員に認めてもらえる皇后になりたいのだと再三言っていたのに、聞く耳を持たなかったのはバルドだ。ただ、バルドから愛されている美しい皇后でいてもらえたら、それでよかったから。

 バルドと話していても埒があかないから頭を冷やしてくると、怒ったまま彼は出て行って、それ以降戻ってはこなかった。

 それからバルドは、何かに取り憑かれたように近隣諸国に戦を仕掛けるようになったのだ。

 もしかしたら皇后はどこかに捕らわれているのかもしれない。助けにいかないと死んでしまう。

 そんな思いで戦を仕掛けては大勢の人を殺し、純白の竜の鱗は血で赤黒く染まった。そしていつしか黒竜の皇帝と呼ばれるようになり、今もそんなことを繰り返しては、黒く染まった手に後悔を抱いている。

 それでもやめられないのは、どうしても彼を諦められないからだ。


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