【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る−

社菘

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第4章:運命の番

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「かかさまに会えないの?」
「会ってもいいが、少し具合が悪いんだ。アレクと一緒に夕飯を食べていてくれないか?」
「うん……」
「シャロンが眠る時はととさまが一緒にいてやろう。明日はシャロンがしたいことに一日付き合ってあげるから」
「ほんと?」
「ああ。ととさまに二言はない」
「にごん?」
「嘘はつかないってことだ」

 ――何だか、前にも同じようなことがあった。

 遠くから微かに聞こえるバルドとシャロンの声にエリアスはうっすらと目を開けた。目を開けると見慣れない天井が視界に入り、ここはどこだとぼんやりした頭で考える。

 少し乾いた匂いのする部屋の窓辺に椅子が一脚置かれてあり、その椅子の上にある分厚い医学書を見てやっとここがアルバティア帝国の王宮であることを思い出した。

「……起きたか?」

 天井を見上げたままぼんやりしていると、部屋に入ってきたバルドは片手に皿の乗ったトレーを持っている。鼻をくすぐる香ばしい匂いが漂ってきて、エリアスのお腹がきゅうっと小さく音を立てた。

「俺、なに……」
「発情期が来て、抑制剤を飲んだ後に眠りについたんだ。少し強めの薬だったから、三日ほど眠っていた」
「三日も?」
「ああ。発情期自体が久しぶりだったのだろうし、体も疲れたんだろう。そろそろ起きるかもしれないと思って食事を持ってきた」

 バルドの手を借りて起こしてもらうと、すっかり体の熱が引いているのが分かった。数日前はバルドにもっと触れて欲しい、コマンドが欲しいと疼いていた体と欲は落ち着いて、頭もスッキリしている。

 発情期がきていた時はとにかく目の前のアルファのことしか考えられなかったのだが、自分のオメガやSubという性別がとてつもなく浅ましく感じた。

「あの、迷惑をかけてごめん……」
「何の話だ?」
「熱に浮かされて色々……ねだってしまって。止めてくれてよかった。自分がすごく恥ずかしく感じる……」
「自分のことをそんなふうに言うな。俺は何も迷惑だと思っていないし、そういう行為はお前の気持ちが追いついてからじゃないと嫌だから止めただけだ。発情期の熱や本能のまま、正常な判断ができない時にするものじゃない。心が通じ合っていない時には特に」

 肩を優しく抱き寄せられ、頭に唇が落とされる。普通のアルファはオメガの発情期やフェロモンには耐えられず、お互いに強く惹かれあって性行為をするものだと医学書には書かれてあった。

 バルドの話とエリアス自身が皇后である点を踏まえると、エリアスのフェロモンは番であるバルドにしか効かない。それに加えて久しぶりの発情期でコントロールもできない中、番のフェロモンによく耐えられたものだなとエリアスはむしろ感心した。

 そして、それだけバルドがエリアスのことを大切に想ってくれているのが分かり、恥ずかしい気持ちもある。だんだんと、バルドの側にいることが心地いいと感じるようになってきた。

「三日も飲まず食わずで眠っていたのだから、とりあえず食べれるなら食事を」
「ありがとう……あ、この料理って前も作ってくれたやつだ」

 ヴェルデシア村にいた頃、初めてバルドとプレイをしてエリアスが倒れた日の夕食に作ってくれた、肉の煮込み料理。フォークで触れるとすぐにホロっと崩れてしまうほど柔らかく煮込まれたあの料理の味を思い出し、エリアスはごくりと唾を飲み込んだ。

「そうだ、シャロンは? あの子は大丈夫……?」
「寂しがっているが、強い子だな。アレクと一緒に食事をしたり、遊んだりしてくれてる。お前が食べたら俺が寝かしつけに行くつもりだ」
「経験もないのに、すっかり父親の発言だね」
「……シャロンは俺たちの子だろう?」
「え?」
「父親として大切に思うのは当たり前だ。誰でも親になって初めて子育てを経験するものなのだから、離れていた分は今から経験していかねば」
「そ、そう……」

 バルドの意外な発言にエリアスの胸はドキドキと脈打つ。多分、いやきっと、シャロンの父親はバルドだろう。父親が誰なのかエリアスは覚えていないのに彼が当たり前のように受け入れていることが嬉しくて、無意識にバルドの服を握りしめた。

「……お前は覚えていないと思うが、発情期が終わるとこの料理をよく食べていた」
「俺の好きな料理だったってこと?」
「ああ。結婚したての頃、俺はなんとかお前に愛されようと必死でな。肉の煮込み料理が好物だと言うから、人生で初めて炊事場に立って料理長たちを困惑させた」
「別にバルドが作らなくても、料理長たちに任せたらよかったんじゃない?」
「普通はそうだ。でも俺は、お前に何かしてあげたかった。だからお前の好物を作れるようになって、褒美にエリアスの笑顔をもらっていたんだ」

 バルドが作ってくれた煮込み料理を食べるエリアスの頬を優しい指が撫でる。ちらりと横目で見やると、バルドがひどく愛おしそうな顔をしてエリアスを見つめていた。

「俺が食事を作った時には、笑ってくれ。それが俺への一番の褒美だ」

 バルドにそう懇願されたからというわけではないが、エリアスは自然と笑みをこぼす。するとバルドの顔が迫ってきてきゅっと目を瞑ると、唇に柔く口付けられた。

「……ありがとう、エリアス」

 この『気持ち』は誰のものなのか、記憶を失っていることをエリアスは心から悔やんだ。


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