【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る−

社菘

文字の大きさ
43 / 56
第6章:記憶と選択

しおりを挟む


 ――どうしたらいい? どっちから? そもそも俺の治癒能力で解毒できるのか? このままだと二人とも死ぬ、死んでしまう、どうしたら……っ!

「エリアス!」

 エリアス目掛けて飛んできた弓矢に気がついていなかった。なす術もなくエリアスもその毒牙に貫かれるかと思っていたが、毒に侵された体を引き摺ってきたバルドが剣を抜いて矢を叩き落とした。そして、倒れているアレクシスの剣を引き抜いて森の中を目掛けて槍のように投げると「ぐぁぁあッ」と悲痛な叫び声が聞こえた。

「バルド、動かないで! 動いたら毒の回りが速くなるから……!」
「死んでも俺はお前を守る。お前とシャロンだけは、絶対に死なせない」

 はぁはぁと荒い呼吸を繰り返すバルドは左目から血を滴らせ、地面に血溜まりを作る。強靭な精神力で保っているだけだろうが、バルドの背中を見るとエリアスの視界は涙で滲んだ。

「かかさま、いたいのいたいの、とんでけーってしなくっちゃ!」

 奇跡的に弓矢の攻撃を逃れたカリーナの腕の中から現れたシャロンが、アレクシスの治癒を進めているエリアスの手に小さな手を重ね、もう片方の手はエリアスたちを守るように立ちはだかるバルドの服をぎゅっと握りしめた。

「だいじょうぶだよ、こわくないよ!」
「シャロン……っ!?」

 シャロンがニコッと笑うと、エリアスだけではなくアレクシスやバロン、そしてカリーナも白銀の光に包まれた。

 その光に反応して再び矢を放つ襲撃者たちだが、白銀の光がバリアのようになっていて全ての矢を跳ね返す。森のほうに跳ね返った矢はそのまま襲撃者たちを襲う攻撃になった。

「ととさま、いたいのいたいのとんでけ~!」

 シャロンがそう言うと、エリアスの緑色の光と混ざって今度はバロンとアレクシスの体を包み込んだ。その途端にアレクシスの苦しそうな顔色はスッと良くなり、毒のせいで膝をついていたバルドの体の中からも毒が消えた感覚があったのか、左目を押さえたまま後ろを振り向いた。

「シャロン、お前は……」
「ととさま、だいじょうぶ? まだいたい?」
「いや……痛くないよ、大丈夫だ」
「アレクシスの出血も止まった……毒も消えたみたい……」

 出血や毒が治ったと言ってもアレクシスは心臓の近くを射抜かれていて、バルドは左目を失った。アレクシスは一命を取り留めたとしても、いつ目を覚ますか分からないだろう。

「とにかく王宮に帰らないと二人の手当はできない! でも、エイデンたちをどうしたら……っ」
「亡骸は必ず迎えにくる。俺もそろそろ、意識が持ちそうにない……」
「カリーナ、陛下を支えてくれ! 俺はアレクシスを背負う。シャロン、さっき痛いのを跳ね返した時のように綺麗な光を出すことはできる?」
「できる! シャロンにまかせて!」

 そう言うとシャロンは両手の拳をぎゅっと握りしめ、バルドの肩に乗るくらいの小さな白銀竜に姿を変えた。まるで神様のように鱗がキラキラと輝いていて見惚れていたのだが、シャロンがくわっと口を大きく開けると先ほどと同じように白銀の光がエリアスたちの周りを囲んだ。

 シャロンの竜としての能力は親であるエリアスも計りかねているが、エリアスの能力と合わさった治癒能力と防壁能力が考えられる。白銀の光は敵の攻撃を跳ね返すような防壁で、エリアスの力と合わせた時に出る白んだ緑色の光が治癒能力なのだろう。

 そして、竜の姿になったほうが強い能力を使えるのか、エリアスは初めてまともにシャロンの竜化を見た。これからきっと、バルドのように大きな竜へと成長するのだろう。

「御者もやられたか……ッ」

 馬車に戻ったはいいが、待機していた御者は二名とも冷たくなって倒れていた。幸い馬には手出しをされていないようで、馬車自体は使えるようだった。

「俺が御者の代わりをする。カリーナ、申し訳ないけど馬車の中でアレクシスの傷口を押さえていてくれないか」
「こ、皇后陛下が自ら馬を操ると言うのですか!?」
「そうしないと間に合わない。アレクシスは一時的に止血をしているだけで、射られた傷は治っていないんだ。バルドも大量に出血をしたからまともに動けない……カリーナ、頼んだ。シャロン、ととさまとかかさまたちを守ってくれるか?」

 小さい白銀竜にこつんっと額を合わせると、翼をパタパタさせながらこくりと頷いた。竜の姿で会話をするにはまだまだ練習が必要そうだが、意思の疎通はできているらしい。シャロンの防壁能力で馬車を一台守ってもらい、エリアスは御者席に飛び乗り無我夢中で馬車を走らせた。

「手が空いている医師は手伝ってくれ! 出先で皇帝陛下とアレクシス、それと民間人が襲撃された!」

 無事に王宮について、エリアスは血だらけのアレクシスを背負いながら王宮医師のいる塔へ駆け込んだ。大量に出血をして意識を失ったバルドをカリーナと竜になったシャロンが支えながら医務室に入ると、その場にいた医師全員が顔面蒼白になって固まっていた。

「毒矢で襲撃され俺とシャロン皇子の力で解毒と応急処置は行ったが、陛下は左目を貫かれた。陛下は気を失っているから、傷の処置をしてくれ! アレクシスは心臓のギリギリを貫かれているから、今から俺が処置を行う」
「あ、あ、あの……あなたはどなた様でしょうか?」

 エリアスが王宮医師として働き始めてすぐにバルドと結婚をしたからか、医師の中にエリアスのことを知る者がいないのかもしれない。負傷したアルバディア帝国の皇帝とその侍従を連れてきたエリアスのほうが怪しく見えているのだ。

 ただ、今は詳細に話をしている暇はない。エリアスとシャロンの高い治癒能力で応急処置をしたといっても、一刻も早く処置をしなければならない状況だ。

「俺はこのアルバディア帝国の皇后、エリアス・ストックデイル・アルバディアだ。陛下とアレクシスの命を救えなければ自害する」

 皇后の証である金色の指輪を見せながら身分を明かすと医師たちはハッとして、エリアスに深々と頭を下げた。

「シャロン、ここまで守ってくれてありがとう。あとはかかさまが頑張るから、カリーナと一緒に休んでいいよ」

 エリアスがそう言うとシャロンは安心したように人の姿に戻り、そのままカリーナの腕の中で眠りについた。医務室の休憩スペースにカリーナたちを移動させ、エリアスはアレクシスを乗せた診察台の前に立って深呼吸をする。二人とも自分の手で処置したいのは山々だが、バルドならアレクシスを優先してくれと言うだろう。

「――二人とも死なせるわけにはいかない」

 自分の記憶を戻してほしいとか、アベルの悪事を証言してほしいとか、そういうことではない。ただアルバディア帝国の未来のために必要な二人だから、このまま死なせるわけにはいかないのだ。

「俺と一緒に道を切り拓くんだろ、アレクシス……! こんなところでは死んでも死にきれないぞッ」

 懸命に声をかけながら、エリアスは命の灯火を消さないためにも一心不乱に治療を進めた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

【完】ラスボス(予定)に転生しましたが、家を出て幸せになります

ナナメ(新作についてお知らせ)
BL
 8歳の頃ここが『光の勇者と救世の御子』の小説、もしくはそれに類似した世界であるという記憶が甦ったウル。  家族に疎まれながら育った自分は囮で偽物の王太子の婚約者である事、同い年の義弟ハガルが本物の婚約者である事、真実を告げられた日に全てを失い絶望して魔王になってしまう事ーーそれを、思い出した。  思い出したからには思いどおりになるものか、そして小説のちょい役である推しの元で幸せになってみせる!と10年かけて下地を築いた卒業パーティーの日ーー ーーさあ、早く来い!僕の10年の努力の成果よ今ここに!  魔王になりたくないラスボス(予定)と、本来超脇役のおっさんとの物語。 ※体調次第で書いておりますのでかなりの鈍足更新になっております。ご了承頂ければ幸いです。 ※表紙はAI作成です

転生した悪役令息は、お望み通り近付きません

カシナシ
BL
「お前など、愛す価値もない」 ディディア・ファントム侯爵令息が階段から落ちる時見たのは、婚約者が従兄弟を抱きしめている姿。 (これって、ディディアーーBLゲームの悪役令息じゃないか!) 妹の笑顔を見るためにやりこんでいたBLゲーム。引くほどレベルを上げた主人公のスキルが、なぜかディディアに転生してそのまま引き継いでいる。 スキルなしとして家族に『失敗作』と蔑まれていたのは、そのスキルのレベルが高すぎたかららしい。 スキルと自分を取り戻したディディアは、婚約者を追いかけまわすのを辞め、自立に向けて淡々と準備をする。 もちろん元婚約者と従兄弟には近付かないので、絡んでこないでいただけます? 十万文字程度。 ※主人公:マイペース美人受け ※女性向けHOTランキング1位、ありがとうございました。 たくさんの閲覧、イイね、エール、感想は、作者の血肉になります……!(o´ω`o)ありがとうございます!(●′ω`人′ω`●)

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました! ありがとうございました!! いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

ゲームにはそんな設定無かっただろ!

猫宮乾
BL
 大学生の俺は、【月の旋律 ~ 魔法の言葉 ~】というBLゲームのテストのバイトをしている。異世界の魔法学園が舞台で、女性がいない代わりにDomやSubといった性別がある設定のゲームだった。特にゲームが得意なわけでもなく、何周もしてスチルを回収した俺は、やっとその内容をまとめる事に決めたのだが、飲み物を取りに行こうとして階段から落下した。そして気づくと、転生していた。なんと、テストをしていたBLゲームの世界に……名もなき脇役というか、出てきたのかすら不明なモブとして。 ※という、異世界ファンタジー×BLゲーム転生×Dom/Subユニバースなお話です。D/Sユニバース設定には、独自要素がかなり含まれています、ご容赦願います。また、D/Sユニバースをご存じなくても、恐らく特に問題なくご覧頂けると思います。

ちっちゃいもふもふアルファですけど、おっきな彼が大好きで

Q矢(Q.➽)
BL
僕、吉田 嵐太はレッサーパンダの獣人である。 しかもアルファの勝ち組だ! どんな女の子やオメガだって、僕の前ではめろめろだ!! そんな僕がある日、におい惚れした相手とは…。 ※本作品は獣人DKカップルのゆるラブオメガバースです。大学生になる終盤まで本格的なえちちシーンは出てきません。 *吉田 嵐太 (‪α‬) 私立 岩清水男子高等学校1年 Sクラス 獣種 レッサーパンダ 160/50→?? ★さりげなく自己評価が高い傾向あり。 *壱与 瑞希 (ハイスペチートΩ) 私立 岩清水男子高等学校1年 Cクラス 獣種 グリズリー(ハイイログマ) 189/72 →192/74 ★嵐太に盲目、育てたい俺のアルファ。 ★前提 *純人類と動物の特性を持つ人類が混雑する世界。 *そのうえでオメガバースという‪α‬、 β、Ωという性別に別れています。 ※オメガバース独自設定含みます。 ※スローでゆっくり成長していくレッサー吉田とグリ壱与の恋を、基本ゆるく、時にはヤキモキしながら見守ってくだされば幸いです。 ※11/30、本編完結。 多くの皆様にご覧いただき感謝に堪えません。最後まで楽しく書けましたのは皆様のお陰です。 嵐太と瑞希を愛して下さって本当にありがとうございました。 近々、卒業後の2人の生活を描いた短いお話を書きたいと思っております。 本当にありがとうございました(*^^*)

処理中です...