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第2章:平穏と過ち
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しおりを挟む食事と入浴を終えてシャロンを寝かしつけたあと、エリアスは庭先に置いてある椅子に腰掛けて星を眺めていた。
「エイデンになんて言おう……」
昼間のことを思い出すと、腹の奥底からぞわりと『何か』が這い上がってくる感覚に、すりっと下腹部を撫でた。
プレイの余韻なのか『最後』までしなかった虚しさなのか分からないが、過去にエイデンとのプレイでこんな状態になったことはない。エイデンとは必要最低限の接触しかしてこなかったのもあるけれど、こんなにも体が求めているのは初めてだ。
「……体が冷える前に寝たほうがいい」
後ろからふわりとブランケットをかけられる。こんなことをする人はこの家に一人しかいないのでゆっくりと顔を上げると、ヴラドがエリアスを見下ろしていた。
「別に、大丈夫……そんなに柔じゃない。女性じゃあるまいし」
「そうか。強すぎる快感に驚いて気絶したやつのセリフとは思えないな」
「ちょ……っ!」
ごく自然とエリアスの隣に腰掛けたヴラドの口元を手で塞ぐ。プレイの内容を思い出してまた肌を赤く染めるエリアスが怒った顔を向ければ、塞いでいた手をべろりと舐められた。
「うわっ!」
「何をそんなに意固地になっているんだ? ただ一言、パートナーになろうと言えば済む話だろ」
「……そんなに簡単な話じゃない。昼にも言ったけど、あんたはいつか記憶を消されて村から出ていく身だ。この村に残る俺の気持ちを考えてくれ」
「だから、なぜ俺がここから出ていく前提で話を進める? 出ていかなくてもいいだろう、別に」
「あんたと俺は違う」
「……どういう意味だ?」
ヴラドの白髪が夜風にさらりと揺れる。彼は自分のことをただの白竜だと言っていたが、アルバディア帝国では色が白に近い竜ほど希少で、ほとんど貴族や皇族にしか生まれないものだ。
つまりヴラドは皇族ではなくとも貴族であり、帝国の未来を担う者の一人だということ。エリアスのように全く記憶がないのなら話は別だが、ヴラドは傷のこともあり混乱していただけで大方の記憶は残っているだろう。
「君がこの村に運ばれてきた時に身につけていた鎧には帝国軍の紋章が彫ってあった。国のために戦って負傷までしたあんたには、帝国に守りたいものがあったんじゃないの? だから、留まる場所はここじゃない」
「……お前にとっては、帰る場所がここなのか?」
「本当に、何も覚えてないから。自分の名前も、どこから来たのか、故郷がどこなのか、両親の顔、シャロンの父親――何も思い出せないから、ここにいるしかない。この村に留まっている人はみんな何かしらの事情を抱えてるから」
「俺だって、帰る場所がないと話したはずだ」
「それは、あの時はまだ目覚めたばかりで混乱してたからでしょ」
「……違う。“俺”は確かに死んで、居場所がなくなった」
いやに真面目な声に驚いてヴラドのほうを見ると、一瞬すべての時が止まった。
初めて会った時のように怒っているとか、プレイの時のように強気な顔をしているとか、そういうことではない。何の感情も読み取れないほど、ヴラドは無表情だった。
「それって、どういう意味?」
「……さぁな。いつか分かった時は教えてくれ」
「俺が?」
「ああ。待ってるから」
「……本当に意味が分からないんだけど」
難しい顔をしてエリアスが首を捻ると、ヴラドはふっと小さく微笑んで優しく頭を撫でた。
「なぁ。村にいる間だけでもいいから、俺をパートナーにしてくれ」
「だから……」
「お前が受け入れてくれないのなら、村の他の奴に手を出すかもしれん。それでもいいか?」
「……」
他の人に手を出すと言われると、それは許容できない。エリアスはうんうん唸りながら「分かった……」と、精一杯声を振り絞った。
「エイデンとは、俺がここを去ってから元の関係に戻ったらいい」
「簡単に言ってくれるよ……」
「まぁ、俺が本当にここから出ていくなら、だけどな。案外ここの暮らしが気に入ってる。シャロンの“ととさま”としても」
「独身なのに、いきなり子持ちになってどうするんだよ。あんたほどの人なら婚約者の一人や二人いるだろうに」
「俺は生涯に、そういう人はただ一人だけだと決めている」
「へぇ、意外と純粋なんだ」
「ふ、そうかもな」
ヴラドはまるで『その人』のことを思い出しているかのように空を見上げ、遠くに輝く星を見つめている。そんなヴラドの横顔を眺めるとエリアスの胸はちくっと小さく痛んだ。
――ヴラドが来てから、わけが分からない感情ばっかりで疲れる。
エリアスは小さくため息をついて、満点の星空を眺めた。
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