【完結】エデンの住処

社菘

文字の大きさ
6 / 44
第2章 同居

しおりを挟む


飲み会で藍のアシスタントから有益な情報を得た後、今日はひどく疲れた一日だったので二次会には参加せず由利は帰路についた。

「あ、乗ります!」

エレベーターに乗り込んで扉が閉まる瞬間、薄い隙間から腕を差し込まれてビクッと体を震わせた。ベタなホラー映画の演出のように腕が伸びてきたら誰でも驚いてしまうだろう。でも実際は生きた人間の腕だったので、由利は慌てて『開』ボタンを連打した。

「大丈夫ですか!?お怪我とか……!」
「大丈夫だよ、兄さん」
「そうですか、よか…った……」

エレベーターに乗り込んできた男は黒いマスクをしてグレーのキャップを深く被っている。狭いエレベーターの中で由利を見下ろしてくるその男の目に、心臓が止まるかと思った。

「な、なんでお前がこのマンションに!?」
「今日、飲み会の時間にちょうど引っ越し業者が来る時間だったんだよね」
「いやっ、来る時間だったんだよねじゃないだろ!」
「別に僕がどこに住もうが由利には関係ないでしょ」
「関係…ないかもしんない、けど……」

まさか今日久しぶりに再開した弟が、同じマンションに引っ越してくるなんて思ってもいなかった。自慢ではないが高層マンションの上の階に住んでいる由利は、こんなに階数があるんだからマンション内で会うことなんてほぼほぼないだろうとたかを括っていた。

「……なんで着いてくんの?」
「僕の家もこっちだから」
「……」

なぜか由利が住んでいる階で藍も降り、後ろをついてくる。この階のどこに空室があったのか知らないけれど、途中で藍が他の部屋に入ることはなく、もう由利が住んでいる突き当たりの部屋まで着いてしまった。

「もう俺の家しかないんだけど」
「だから、僕の家もこっちで合ってる」
「は?」

こいつ意味わかんないな。

そう呟きながら鍵を開けようとすると、由利の後ろから伸びてきた腕が『由利の家の』鍵を差し込んだ。もちろん由利の手から鍵を奪ったわけではなく、最初から藍が持っていたものを、だ。

「な、な、なんで?なに、どういうこと!?」
「話聞いてなかったの?兄さん。今日引っ越しだったんだってば」
「そういうことを聞いてるんじゃない!なんで俺の家に……っ」

玄関には見知らぬ靴が並んでいて、部屋の中にはいくつかの段ボール。玄関に立ったまま困惑している由利を横目に、まるで自分の家のように藍は上がり込んだ。

「どうして俺の家が分かったの……?」
「あはは、ずいぶんひどいこと聞くんだね、兄さん。兄さんが思ってなくても僕たちは"家族"なんだよ。兄さんがいくら僕を避けてても、母さんに聞けば簡単だよね」
「でも、鍵はどうやって!」
「母さんに合鍵渡してたでしょ。相変わらず母さんには甘いよね、兄さんは」

万が一のことを考えて母に渡していた合鍵が、いつの間にか藍の手に渡っていたようだ。息子たちが同じ家に住むことは別に変ではないし、そんな風に仲のいい兄弟は世界中に山ほどいるだろう。だとしても一言相談して欲しかった。由利も藍もすでに成人を迎えたいい大人なのだし、恋人の一人や二人いるとは思わなかったのだろうか。

「言っておくけど、母さんは悪くないよ。僕が兄さんに伝えておくって言ったし、相談したって嘘ついたから。僕は兄さんと一緒に仕事することになったのは父さんたちに伝えてたけど、サプライズにしたいから黙っててって口止めしてた。あと、僕の進路のこともずっと」

玄関から動けない由利に近づいてくる藍から逃げようとしたが、後ろはドアがあって退路を断たれた。後ろ手にドアを開けたらいいかもしれないけれど、それでは由利のほうが怪我をする可能性が高いので諦めた。逃げ場がないと悟った由利を追い詰めた藍は控え室で会った時と同じように由利の手を握り、繋いだ手に唇を落とす。柔らかく温かい唇がちょうど指の第二関節に触れて、由利の中に熱を送り込んだ。

「僕は別に、兄さんを怖がらせたいわけじゃないよ」
「え……?」
「復讐したいとか、そういうことを思ってるわけじゃない。怒ってないって昼間にも伝えたでしょ」
「藍、」
「ただ、僕は兄さんのことが好きなんだよ。大好きなのに突然避けられて、傷ついて、兄さんに見合う男になろうと思って努力してきた」
「だからってなんでこんなこと……!」
「このくらい強引にしないと、由利は僕を見てくれないから」

『兄さん』ではなく『由利』と呼ばれたことで、由利は全身の血が沸騰しそうだった。藍の顔をまともに見られなくて俯くと、頭上から小さく笑う声が降ってくる。そうだ、この弟は兄が狼狽えるのを見てただ楽しんでいるだけなのだ。だったらこっちも強気に出ないと、藍のペースに飲まれてしまう。

「……一緒に住むくらい、別になんともない。勝手にしろよ」
「優しい兄さんならそう言ってくれると思ってた。勝手にしろって言われたからそうする」

多分いいように誘導された気がするが、両親がこのことを知っているなら下手に追い出すこともできない。由利の母も藍の父ものほほんとした性格なので、由利が意図的に藍を避けていたのは気づいていないかもしれないが、一緒に住むのを拒否したと知ったら怒りはしないが二人とも悲しむだろう。別にマザコンというわけではないけれど、せっかく幸せを手に入れた母を悲しませたくはないのだ。

ただそれだけの感情であり、藍のためだという気持ちはない。色んなことを考えた結果、藍の同居を受け入れるのが今一番の最善策だと考えた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

変異型Ωは鉄壁の貞操

田中 乃那加
BL
 変異型――それは初めての性行為相手によってバースが決まってしまう突然変異種のこと。  男子大学生の金城 奏汰(かなしろ かなた)は変異型。  もしαに抱かれたら【Ω】に、βやΩを抱けば【β】に定着する。  奏汰はαが大嫌い、そして絶対にΩにはなりたくない。夢はもちろん、βの可愛いカノジョをつくり幸せな家庭を築くこと。  だから護身術を身につけ、さらに防犯グッズを持ち歩いていた。  ある日の歓楽街にて、β女性にからんでいたタチの悪い酔っ払いを次から次へとやっつける。  それを見た高校生、名張 龍也(なばり たつや)に一目惚れされることに。    当然突っぱねる奏汰と引かない龍也。  抱かれたくない男は貞操を守りきり、βのカノジョが出来るのか!?                

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

よく効くお薬

高菜あやめ
BL
昼はフリーのプログラマー、夜は商社ビルの清掃員として働く千野。ある日、ひどい偏頭痛で倒れかけたところを、偶然その商社に勤める津和に助けられる。以来エリート社員の津和は、なぜか何かと世話を焼いてきて……偏頭痛男子が、エリート商社マンの不意打ちの優しさに癒される、頭痛よりもずっと厄介であたたかい癒し系恋物語。【マイペース美形商社マン × 偏頭痛持ちの清掃員】 ◾️スピンオフ①:社交的イケメン営業 × 胃弱で塩対応なSE(千野の先輩・太田) ◾️スピンオフ②:元モデル実業家 × 低血圧な営業マン(営業担当・片瀬とその幼馴染)

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ 門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。 何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。 今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。 治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

【完結済】キズモノオメガの幸せの見つけ方~番のいる俺がアイツを愛することなんて許されない~

つきよの
BL
●ハッピーエンド● 「勇利先輩……?」  俺、勇利渉は、真冬に照明と暖房も消されたオフィスで、コートを着たままノートパソコンに向かっていた。  だが、突然背後から名前を呼ばれて後ろを振り向くと、声の主である人物の存在に思わず驚き、心臓が跳ね上がった。 (どうして……)  声が出ないほど驚いたのは、今日はまだ、そこにいるはずのない人物が立っていたからだった。 「東谷……」  俺の目に映し出されたのは、俺が初めて新人研修を担当した後輩、東谷晧だった。  背が高く、ネイビーより少し明るい色の細身スーツ。  落ち着いたブラウンカラーの髪色は、目鼻立ちの整った顔を引き立たせる。  誰もが目を惹くルックスは、最後に会った三年前となんら変わっていなかった。  そう、最後に過ごしたあの夜から、空白の三年間なんてなかったかのように。 番になればラット化を抑えられる そんな一方的な理由で番にさせられたオメガ しかし、アルファだと偽って生きていくには 関係を続けることが必要で…… そんな中、心から愛する人と出会うも 自分には噛み痕が…… 愛したいのに愛することは許されない 社会人オメガバース あの日から三年ぶりに会うアイツは… 敬語後輩α × 首元に噛み痕が残るΩ

処理中です...