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第2章
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しおりを挟む午前中の授業を終え、ノエルは食堂でランチボックスを受け取ってから学園内にある温室へ足を運んでいた。
「まぁ、見て。ノエル様よ」
「本当。昨日はお休みしていたけどご体調はよくなったのかしら?」
「いつお見かけしても麗しいわね、ノエル様は……」
ヴィオクイーン学園の温室は一年中色とりどりの花が咲き誇っている。
それはこの温室に住む妖精のおかげで、季節によってたくさんの種類の花を見ることができるのだ。ノエルは昔から昼休みはこの温室で過ごすのが定番であり、一番落ち着く場所だった。
ランチボックスに入っているサンドイッチを食べながらノエルはノートを広げ、レイシスとイヴァンの妄想小説のネタを書き留めていた。
『ノエル、ノエル、なにしてるの?』
『昨日は来なかったわね、ノエル』
『レイが薬草を摘みにきたのを知ってる?』
ステラと同じようにキラキラとした透明感のある羽根を持った妖精たちがくるくると飛び回ったり、ノエルの肩に乗ってノートを覗き込んだりしている。
今朝ウィンターからも話を聞いたけれど、どうやら妖精たちも昨日レイシスが温室を訪れ、ノエルに渡すための薬草を摘みに来たことを知っているらしい。
妖精たちがオメガにしか見えなくてよかったと安堵したのは初めてだ。
だって妖精たちと他の人が話せたら、瞬く間に国中にこの話は広まっていただろうから。それこそ『エーデ』のように、運命の番に対しての憧れがより一層強まる結果になっていただろう。
「薬草は昨日レイシス様が持ってきてくれたよ」
『やっぱり!庭師のヴィオレットに聞いてたのよ』
『ノエルのために持って行きたいんだって!』
『愛されてるわね、ノエル!』
「そういうわけじゃないと、思うけど……」
レイシスの行動はあくまで体裁を守るためだろう。それ以外、彼にはなんのメリットもない。冷めた考え方だと思われてもいいけれど、今まで見てきた結果なのだ。
『――あら、ノエル。殿下だわ』
『殿下がこっちに来た!』
『やっぱりレイが一緒なのね』
「え?」
殿下が来てる、と妖精たちから聞いた時にはすでに遅く、顔を上げるともう既に目の前まで来ていたのだ。
「ノエル、またここにいたのか」
「イヴァン殿下、ごきげんよう」
「そんなにかしこまるな。私とお前の仲じゃないか」
「……ありがとうございます、殿下」
いつ見ても、惚れ惚れするほど美しい人だ。
イヴァン・ウェントワース。
イヴァンはノエルとは違い、とても美しい陽の光のような金色の髪の持ち主だ。肌は雪のように白く、首元には瞳の色と同じ紫色のチョーカー。これは、アルファにうなじを噛まれて無理やり番にされるのを防止するためのものである。
ノエルとは違い少し小柄な彼は王になるために生まれてきたオメガそのもので、その美しさにいつもうっとりしてしまうのだ。
「昼食は?」
「あ、いま取っていました」
「それだけか?」
「え?」
それ、と言ってイヴァンが指差したランチボックス。その中にはサンドイッチが二切れと、サラダのカップ、それにポタージュが入っている。
それだけと言われる量ではないと思うのだけれど、イヴァンの後ろにいる男もまた、突き刺さるような視線をノエルに向けた。
「お前の婚約者殿は少食で心配になるな、レイ?」
「――そうですね」
「いえ、あの、一日の食事はこれだけではないですから……!」
慌てて弁解してみるが、後ろにいる男が「はぁ」と重いため息をつく。ノエルを責めているような視線に耐えられずに思わず俯いた。
「僕が食事の管理まではできません。本人がいいと言うならいいんでしょう」
「そういうものか?お前は私にはいつも口うるさいじゃないか」
「殿下は好き嫌いが激しいから仕方なくですよ」
いつもイヴァンに引っ付いている男――言わずもがな、レイシス・ブラウンだ。
昨日ノエルが体調不良と嘘をついて学園を休んだからなのか、イヴァンと同じように『たったそれだけの食事で』なんて思っていそうな顔を向けられると苦笑するしかない。
そんなノエルの態度に、レイシスは再び重くため息をついた。
「レイから聞いたが、昨日は体調不良だったんだって?」
「あ、はい……少し眩暈と頭痛がひどかったので」
「ふふ、だからか……お前が慌てて飛び出して行ったわけだ」
「……殿下」
「え?」
イヴァンがくすくす笑っている意味がよく分からなかった。
ただ、レイシスの眉間の皺が深くなったので彼の機嫌がよくないことだけは分かる。昨日はそんなことはなかったのだが、ノエルはレイシスのそんな顔が苦手なのだ。
レイシスにうんと呆れられているような感じがして、なぜかじくじくとうなじが痛んで、ノエルは無意識にそっと彼から贈られたチョーカーを撫でた。
このチョーカーはノエルの髪とレイシスの瞳に合わせた銀色のもので、彼はいつもノエルに会うとそのチョーカーを一瞥するのだ。
そんなレイシスに気がついた時にいつも思うのは、本当は『違う人』に贈りたかったんじゃないか、ということ――
「最近忙しくてなかなか話せていないから、今度一緒にお茶をしようか」
「そ、それはぜひ……嬉しいです」
「レイも一緒にいいだろう?」
「はい、殿下」
「じゃあまた今度な、ノエル」
「…はい!ごきげんよう、殿下」
イヴァンの見送りをしようと温室の入り口まで一緒に歩いていくと、イヴァンが温室を出た瞬間にレイシスからぐっと腕を引かれた。
「………もう少し、きちんと食べてください」
「へっ?」
「そんなに細い体ではまた寝込むことになりますよ。……大体、あんなものを読む暇があるなら、食事や間食の時間に充ててください」
「ふぁ…っ!?」
レイシスから耳元で囁かれ、びくりと体を震わせた。そんなこと今までされたことがなかったので、急なスキンシップに驚いたのだ。
「……とにかく、気をつけてください。食事管理くらいご自分でもできるでしょう」
「は、はい。すみません、レイシス様…」
「では、失礼します……あの本を返して欲しいなら、放課後に第3図書室へ来てください」
無駄話は一切しない、要点だけまとめて話したレイシスはそそくさと温室を出て行った。
彼に囁かれた耳を手で押さえると、その熱さに火傷しそうになる。
「………はぁ、なんで…」
今度はノエルがため息をつく番だった。
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