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第2章
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しおりを挟むノエルは『そういうこと』に興味がないわけではないけれど、オメガ以前に貴族の令息として生まれたからには決められたルールを守っているだけだ。
婚約者以外とそういうことをするのはよくないと思うし、ヒートの最中はどうしても熱を鎮めてくれる『何か』を欲してしまう。それが本能的にアルファを欲しているのだと、レイシスと出会ってから知ったけれど、彼にそれを求めたことはない。
なんせ、婚前交渉は厳禁というルールがなかったとしても、イヴァンのことしか頭にないレイシスがノエルとどうこうなるなんて考えてもいないと思うのだ。
結婚していた時も体を重ねたのは両手で足りるくらいしか経験がない。そのどれもがノエルのヒートの時で、彼にとっては『義務』だった。
お互いにその行為を『義務』だと思っていたからか、二人は結婚して10年以上経っていたのに子供には恵まれなかったのだ。
それは更にノエルがオメガとして『欠陥』だと言っているようなもので、レイシスもいつしか期待することをやめたのだろう。というかそもそも、彼はノエルとの子供は欲していなかったのかもしれない。
ノエル自身、その行為が気持ちいいとか幸せを感じるとかそんなことを思ったことがないので、エーデを読んで驚いた。
本の世界ではあんなにも情熱的にお互いを求め合うオメガとアルファがいるんだな、と。
「ウィンターもエーデを読んだことが?」
「あ~…うん。あまり大きな声では言えないけどね。俺は一応もう成人の儀は終えたから」
「そうだったんだ……みんな言わないだけで結構読んでるのかな」
「そういう人は多いと思うよ。なんせ貴族は婚前交渉は厳禁だから……そういう話をこういうところでするのも駄目だし。多分言わないだけで読んでる人は多そう」
「……あのさ、ウィンターはあれを読んでどう思った?」
「え?どうって……」
ウィンターは顎に手を当てて、斜め上を見ながら「うーん」と唸る。そしてちらりとノエルを見て、きょろきょろと周りを見回してからこそっと話をするために唇をノエルの耳に近づけた。
「実は、エーデの主人公の二人がノエルとレイシスに思えたんだ。君は怒るだろうけど」
そう囁かれ、やはり友人の目から見ても『エーデ』の主人公であるドールとシスはノエルとレイシスに見えたらしく、小さくため息をついた。
「うちの侍女たちもそう言ってた。運命の番であるオメガとアルファが題材だからなのかな……俺も読んだ時、自分たちの話かと思ったんだよ。まぁ、俺とレイシス様とは全く違うけどさ。出会いとかそういうきっかけが似てるなぁって」
「そもそも俺たちは昔から、初代のオメガ王と運命の番のアルファの話を聞いて育ってるから憧れもあるんだろうね。運命の番と出会える確率は本当に低いらしいし」
「……やっぱり、それが原因だよな…」
運命の番と出会えたオメガとアルファは幸せになれる、なんておとぎ話はロードメリアに住んでいる人なら誰もが一度は聞いたことがある。
『エーデ』を読んでノエルが感じたことをウィンターも同じように感じていたらしく、やはり本による先入観というものは人に影響を与えるのだなと改めて考えた。
「ところで、ノエルはどんな話を書きたいんだ?」
「えーっと、実は……オメガの王子と、その幼馴染で側近のアルファのロマンス小説をと思ってるんだよね。二人は運命の番ではないけど、昔からいつも一緒で恋心が芽生える…みたいな。途中、幼馴染のアルファに運命の番が現れて二人の仲を邪魔されるけど、それでも二人はお互いじゃないとダメっていう感じの……」
「へぇ…?運命の番を選ばないで、自分の心に従うオメガとアルファの話か。面白そうだな」
「そう?いけると思う?」
「主人公が幸せになるだけの話より、悪役とかライバルが出てきたほうが盛り上がるからね。恋はいばらの道ってやつ」
「いばらの道、か……」
なんせノエルは誰かを好きになるよりも前にレイシスが婚約者になってしまったので、恋というものを知らないのだ。
レイシスのことを好きか嫌いか問われると、どちらかと言えば嫌いではない。でも、彼に対して愛情があったり、好きだと思ったことはこれまで一度もないのである。
レイシスに対して『迷惑かけないようにしないといけない』ということばかり考えていて、彼のことを好きだとか、愛しているとか、そんな感情を抱いたことがないなと今更ながらに思う。
抱いたところで叶わない恋だと分かりきっているから、最初から諦めていたし、レイシスに自分を愛してほしいと願うだけ無駄だと思っていたのだ。
「でも、売れるようになるまでは時間がかかるかもな。なんせ、ノエルはまるっきり初心者なんだから」
「そうなんだけど……卒業するまでに達成しないといけないことがあるんだよね」
「達成しないといけないこと?」
「うん。だから、ステラにちょっと手伝ってもらおうと思って」
「もしかして"魅了魔法"?」
「そう、妖精にしか使えない魅了魔法ね。少しズルしてでも、みんなに読んでほしくてさ」
妖精にしか使えない『魅了魔法』というのは、その名の通り『誰かを何か』に、または『誰かを誰か』に夢中にさせる魔法のことだ。
分かりやすく言うと、惚れ薬のようなものである。
昔は妖精が見えるオメガが悪い組織に利用され、妖精を捕獲して魅了魔法で惚れ薬を量産していたという事件があったらしい。
あまりにも強力な魔法なので使いたくないのだが、こればっかりは急がないといけないことなのでステラにも理解してもらわないといけないことだ。
「こう言っていいのか分からないけど……今のノエルは輝いて見えるよ」
「え?」
「よっぽどその"達成したいこと"が活力になってるんだな」
自分では分からないけれど、ウィンターから見たら今のノエルは新しい試みにワクワクしていて、輝いているらしい。
そりゃあ、今まで推してきたレイシスとイヴァンの小説を書けるのだから嬉しいと思うし、もしそれが上手くいって二人が幸せな結婚をしてくれたら万々歳だ。
『煮るなり焼くなり殺すなり、好きにしろ』
きっとイヴァンが結婚相手になれば、レイシスもこんなことを言う未来にはならないだろう。
ノエル自身、もう二度とあんなに冷たいレイシスの声は聞きたくない。
今思い出しても心臓が凍てつくような声が頭の中にこだまして、自分が『婚約者』としてレイシスに会うのがとても怖いのだ。
彼にものすごく嫌われていたけれど、彼を幸せにできるのはノエルしかいない。
「……感謝してほしいもんだよな、本当に」
「ノエル、何か言った?」
「ううん。ノートありがとう!助かったよ」
もし二人が結婚した暁には、大嫌いなオメガから幸せにしてもらった感想を聞きたいものだなとノエルは苦笑した。
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