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第2章
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しおりを挟む「そういえば、昨日レイシスがノエルの屋敷に行ったって噂があるけど」
「……げ。それって結構広まってる感じ?」
「うーん、風の噂程度かな。温室の庭師に体調不良によく効く薬草を聞いてたレイシスを見たって生徒がいたらしくて。番想いの良いアルファだって言われてるみたいだよ」
「へ~……」
ウィンターから昨日の授業のノートを見せてもらいながらそんな話を聞いて、レイシスが温室にいる姿を頭の中で想像する。
花や薬草よりもペンや本を握っている時間が長そうだし興味もなさそうな彼が、庭師に薬草のことを聞いていたなんて本当に意外だ。確かに昨日薬草をもらったけれど、そんな姿は容易には想像できない。
てっきり自分の侍従に街の薬屋で調達してきたものかと思っていたが、まさか自分で庭師に聞いていたとは……。
「ノエル、レイシスとは仲が良くないって言ってたけど、そうでもないのかな?」
「仲は良くないと思うけどね……」
ただ、昨日がイレギュラーだっただけだ。
ただでさえ『死んだはずなのに過去に戻った』なんていう不可解なことを経験して頭が混乱していたのに、さらに混乱させるようなことが起こってあそこで叫び出さなかっただけ偉いと褒めて欲しい。
しかも、もしかしたら自分を殺す指示をしたかもしれない男からもらった薬草が毒だった可能性もあるのに、馬鹿正直に飲んでお礼の品まで持ってきたのだ。
本物の馬鹿だと嘲笑されるか、健気だと馬鹿にされるか。
「でも、なんとも思ってない人のお見舞いに、わざわざ薬草を持って行かないと思うよ」
「そうかなぁ」
「少なくとも俺は、ね。まぁ、ノエルとレイシスには今までの積み重ねがあるから、信じられないのは分かるけど」
「だよね。だって本当にびっくりしたんだよ!あの、イヴァン殿下にしか興味がないレイシス・ブラウンが!学園を抜け出してまでうちに来るなんてさ!今日はてっきり雪が降るかと思ってた」
「あはは、ひどい言われようだな」
ウィンターは笑っているけれど、ノエルは本気だった。本気でレイシスの昨日の行動はおかしいと思っているし、一晩経った今でも信じられない。
でも一度眠って起きてみても暖かい今の季節に雪は降っていなかったし、ノエル自身も死んだ後の世界に戻されることはなかった。
眠気や痛みを感じるし、おまけに空腹も感じる。やはりこの体は『生きている』のだろう。
ノエルが死んだ後に過去に戻ったのはどうやら間違いないようで、その証拠にウィンターから見せてもらった昨日の授業範囲に覚えがあるのだ。これはきっと、前のノエルが授業を受けた範囲で間違いない。
だとしたらやはり、何らかの力でノエルはこの時代に戻されたのだ。
戻されたというか、もう一度『生きる』チャンスを与えられた、と言ったほうが正しいかもしれない。
「ノエル、大丈夫?」
「え?」
「なんか顔色が悪いと言うか……まだ体調が万全ではないんじゃないか?」
「いや、そんなことは……考え事をしてたからあまり眠れなかったんだよね」
「へぇ。君を悩ませるのはどんなこと?」
ウィンターに『計画』を話すかどうか迷ったが、彼は博識なのでいいアドバイスをくれるかもしれないと思った。
「実は、小説を書くのに挑戦しようと思っていて」
「ノエルが?それはまた新しい試みだね」
「突然自分でも書いてみたくなってさ……」
「いいことだと思うよ。せっかく殿下がくれた貴重な時間なんだから、今のうちにやれることはやっておかなくちゃ」
後々イヴァンの侍従になることが決まってるノエルは、本来なら幼い頃からレイシスのように彼の側にいて仕事を覚えなくてはならないのだが、イヴァンがそれを止めた。
どうせ学園を卒業したらその後何十年も仕えることになるのだから、卒業するまではノエルを自由にしてやってほしい、と。
そんなふうに優しいイヴァンを、彼の好きな人と一緒にしてあげたい。そして初代のオメガの王と運命の番のアルファのように末長く幸せに暮らして、このロードメリアを繁栄に導いて欲しいのだと、今のノエルはそれだけをただ願っているのだ。
「ノエルはいつもレポートを褒められるし、君が作る詩も好きだな。ノエルにはそういう才能があると思うよ」
「まぁ、好きなことやるって言っても、あと一年くらいしかないんだけどね」
「それでも、挑戦してみるべきだと思う。何かを書くのって始めたらきっと楽しいんだろうし、これから先仕事だけじゃやっていけないよ。何か趣味を持っておかなくちゃ」
「確かに……」
「イヴァン殿下に仕えると言っても休暇はあるだろうし、自分の時間も確保できるだろうから。読むのもいいだろうけど、書くのだっていい息抜きになるよ」
こんな突拍子も無い計画のことを言ったら笑われるかと思っていたけれど、ウィンターは笑うことなく背中を押してくれた。
心のどこかでウィンターはノエルのことを馬鹿にしないと分かっていたが、実際に背中を押してもらえたことが嬉しくてほくそ笑む。そんなノエルを見て、ウィンターも小さく笑った。
「でも、またどうして突然そんなことを?」
「最近流行ってるって侍女たちが話してるのを聞いたんだ。だから俺にも何か書けないかなって少し考えてみたら、書いてみたいものがあって」
「流行ってるって、もしかしてロマンス小説を書こうとしてる?」
「………うん。変、かな、やっぱり……」
「そういうわけじゃないけど……流行ってるやつってもしかしてエーデ?」
「えっ、ウィンターも知ってるの?」
「今時、ああいうものは誰でも読んでるからね。でもノエルには刺激が強いだろうから、読まないほうがいいかも」
「な…っ!べ、別にあんな絵本くらい、俺だって読めるし……」
ルナからも読んだら駄目だと言われ、ウィンターからもノエルにはまだ早いと同い年なのに言われてしまった。
というか冷静に考えるとノエルは18歳に戻っただけで、精神的には30歳のままなのだ。
だから別になんの支障もないのだが、まだ18歳の誕生日を迎えていないので成人ではないし、この頃はまだ結婚前なので『見たらいけない』と言われるのが当たり前なのだけれど。
ただ、それにしてもそんなに子供っぽく見えるだろうかと拗ねながら頬を膨らませると、ウィンターが苦笑しながらくしゃりと頭を撫でてくる。そんな扱いも何だか子供っぽいなと思い、ノエルは更に頬を膨らませた。
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