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第2章
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しおりを挟む結局、頭痛に悩まされながら考えても考えても、なぜ自分が死んだのか、過去に戻ったのか、戻った過去で何をしないといけないのか、全く分からずに朝を迎えた。
誰に殺されたのかも定かではない中、せっかく過去に戻るチャンスを与えられたのだからそれを最大限に活かそうというのが、一晩考えたノエルの結論だ。
もう一度殺されるようなことにならないように、同じ道を歩まないように、レイシスとの婚約をどうにかして白紙に戻そうと決意した。
『ノエル、今日ちゃんとレイから本を返してもらってね?』
「う、うん……」
『ジュリアとハンナには暗示魔法をかけてるからまだ本がなくなったことに気づいてないけど…私の魔法は長くもたないから、絶対に今日返してもらって!』
「わかってるよぉ……」
実は、昨晩は大変だった。
昨晩というか、レイシスがヴァレンタイン家から去った後、屋敷中大騒ぎだったのだ。婚約してから今まで数回しかヴァレンタイン家を訪れたことがないレイシスが、体調不良で学園を休んだノエルを気遣って薬草を持ってきてくれただけでヴァレンタイン家では大ニュースになる。
ルナなんて満面の笑みで煎じた薬草を持ってきてくれて、体調不良なんか嘘だったのにクソほど苦い薬を渋々飲んだものだ。
「ノエル、昨日はレイシス様が会いにきてくださったみたいだな」
「あ~…はい、そうですね」
「体調が悪かったとダニエルから聞いたが、もう大丈夫なのか?」
「レイシス様が持ってきてくださった薬草を煎じて飲んだので、大分よくなりました」
「そうか、それはよかった。何か良い品を持ってきちんとお礼に行きなさい」
学園に行く前、朝食を食べている時にノエルの父、ヴィンセント・ヴァレンタインからレイシスに対しての『お礼』の話をされてぎくっとした。
この話がヴィンセントの耳に入っていなければ『エーデ』を返してもらうだけで終わらせようと思っていたのだが、レイシスが来たことを執事長のダニエルが父に話したのだろう。父にバレたのであればレイシスに薬草のお礼をきちんとしないと、後から怒られてしまうのを想像して心の中でも舌打ちをした。
「良い品と言われても……」
「ノエル様、私がすでに準備しております」
「えっ!」
仕事ができすぎる侍女を褒めるべきか、いつから彼女もレイシスに対してノエルからお礼の品を渡さないといけないと思っていたのかを問い詰めるべきか――
「レイシス様のお好きな、隣国のレガルド産の茶葉です。こちら綺麗に包んでおきましたのでそのままお渡しくださいね」
「……準備がいいね、ルナ」
「ヴァレンタイン家、特にノエル様の専属侍女ですので、このくらいは当たり前です」
「有能な侍女がいると困るなぁ……」
「なにかおっしゃいました?」
「いいや……準備してくれてありがとう。俺はそういうのに疎いから助かったよ」
隣国のレガルド産の茶葉が好きなんてノエルは全く知らなかったのに、どうしてルナは知っているのだろうか。
ノエルがレイシスに何かを贈るなんて年に一度、彼の誕生日にしかそういうことはしない。婚約者がいる周りの友人たちはよく花を贈ったり、ちょっとしたプレゼントを日常的に贈っている姿を何度も見たことがある。
プレゼントの数イコール愛情の大きさというわけではないだろうけれど、それほど婚約者のことを想っているという印なのだとみんな口を揃えてそう言う。そんな友人たちの幸せそうな姿を羨ましいと思ったこともあれば、レイシスはイヴァンの側にいることに忙しいから仕方がないと諦めていたことも。
ノエル自身、レイシスに贈り物をしてお返しを考えさせる時間を取らせるのが申し訳ないと思っていたこともあり、積極的に贈り物をしたことはなかったのだ。
でも今回はどういう風の吹き回しかレイシスのほうから薬草を持ってきてくれたので、心ばかりの品を渡せば、すんなり本も返してくれるかもしれない。
「ノエル様!ご体調はもうよろしいのですか?」
「ノエル様のお顔を一日見なかっただけでとっても寂しかったですわ!」
「ノエル様、こちら昨日の授業を書き写したノートです。ぜひご活用ください!」
たった一日休んだだけなのに、ノエルたちが通うヴィオクイーン学園の校門をくぐっただけで数人の生徒に取り囲まれた。
ノエルが出てきただけでこの様子なのだから、昨日ヴァレンタイン家を訪れたレイシスが『体調不良で休んでいるとあなたのクラスメイトが話していた』と言っていたのは嘘ではないだろう。
全く余計なことをしてくれたものだなと思ったが、仮病を使って休んだのだから罰が下ったのかもしれない。
「人気者だね、ノエル」
多くの生徒をかき分けながらやっと教室に辿り着くと、隣の席に座っている友人からポンっと肩を叩かれた。
「ウィンター……今来たばっかりなのにもう帰りたいよ」
「あはは。朝からあんなに囲まれたらそうなっちゃうか」
隣の席に座って苦笑する彼は、ホワイト公爵家の次男でアルファの性を持つウィンター・ホワイト。
青みがかった長い黒髪が特徴的で、その瞳は透き通るような海の色。レイシスよりも背が高く、第一印象はとても威圧感がある彼だけれど、話してみたらとても優しい好青年だ。
ホワイト公爵家は王族の分家であり、今のところ婚約者がいないイヴァンの婚約者候補として年齢が近いウィンターが一番の候補者として名前が上がっている。
ウィンターの顔を見てハッと思い出したのだが、彼はノエルが息絶える前の世界ではイヴァンの夫として彼を支えていた。つまり、イヴァンとウィンターは卒業後に結婚したのだ。
確かイヴァンの死後、ウィンターは心を病んだ。国に関することは王位継承第一位に繰り上がったイヴァンの兄、ルシアン・ウェントワースに任せて彼自身は郊外の田舎に引っ越して療養していた気がする。
気がする、というのは、イヴァンの死後王宮から追い出されたノエルはほとんどを家の中で過ごしていたので、外に関する情報は滅多に聞かなかったからだ。風の噂によると、と言うほうが正しいだろう。
「昨日の授業範囲、大丈夫?まぁ、いつも学年一位のノエルなら一日休んだくらいじゃ何ともないだろうけど」
「そんなことないよ。教えてもらえると助かる」
ノエルとウィンターは家の身分こそ違えど、ヴィオクイーン学園に入学してから仲が良くなった二人はいつしか対等な友人関係を築いていた。
貴族の中でたとえ家の身分が低くても、オメガというだけで周りの目はほとんど王族を見るような目に近いのだが、ノエル自身は『オメガ』ということに決してあぐらをかいているわけではない。
むしろきちんとした礼儀を持って他の貴族とも接しているのだが、そんな中で最初に対等に接してくれたのがウィンターだったのだ。しかも彼は同い年だし、ノエルよりも博識で色々なことを教えてくれる。
周りはオメガのノエルを崇拝してくれているが、ウィンターはノエルを友人として見てくれるので一緒にいると楽だし、心が安らぐのだ。
ノエルが心を開くほど優しいウィンターだから、伴侶であるイヴァンの死が耐えられなかったのだろう。
友人として彼を側で支えられたらよかったのだがそういうこともできず、ウィンターが郊外に引っ越す日さえ前のノエルは知らなかった。
もしかしたらウィンターはイヴァンのことを本気で愛していたかもしれないけれど、ノエルの計画のために彼をイヴァンの婚約者にするわけにはいかない。
ノエルは大事な友人であるウィンターにも幸せになってほしいからと、自分の計画の中に彼を幸せにする計画も盛り込んだ。
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