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第3章
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しおりを挟む今までまともに会話をしたことがない自分たちがこんな話をすると、ずいぶん空気が悪くなるものだ。
あまりにも居心地が悪くてノエルは俯いたまま次の授業のことを考えたり気を遣ってくれたウィンターへなんと声をかけようか考えていたのだが、隣に腰掛けたままのレイシスが一向に温室を出ていく気配がなくてチラリと横目で彼を見やった。
「あの、レイシス様……」
「さっき僕が会長と二人きりになるのは注意してほしいと言ったのは、あなたは婚約者がいるオメガだからです。周りからの印象が悪くなりますし、それに――」
「え?あ、は、はい……」
なんだ、また小言を言うつもりか。
レイシスは結構しつこい男らしい。小言は頭が痛くなるので適当に聞き流そうと思っていたのだが、彼が懇願するようにノエルの指先を控えめに握ってきたものだから、導かれるように顔を上げた。
するとレイシスはじっとノエルを見つめていて、煌めく銀色の瞳にはどことなく悲しそうな色を浮かべていた。
「僕もそうですが、会長もアルファです」
「それは、はい…知ってます」
「お互いにいくら強い薬を飲んでいるからと言っても、ヒートの時期は多少ズレることもあるでしょうし、突然やってくることもあり得ますよね?」
「そういう話も聞きます、ね……」
「ですから、注意して欲しいんです。あなたから誘われたら、僕たちは理性を失ってしまうから」
ノエル自身の気持ちの話ではなくて、オメガの『フェロモン』の話をしているのだろう。
特にヒート期間前後のオメガのフェロモンは通常よりもアルファを誘う甘美な香りが強くなるらしく、自分の意思とは関係なくアルファ(時にはベータさえも)を誘ってしまうのだ。
そしてお互いの同意がないまま行為に及んでしまうこともあると言われているから、ヒート期間中にたとえ婚約者であってもレイシスと会ったことはないのである。
「あなたのフェロモンにあてられたら、バカな僕たちはすぐにあなたをめちゃくちゃにしてしまう。たとえ会長があなたの友人で、恋愛をしたいと思っている相手でも、そうなってしまったら僕は助けられません」
「レイシス様……」
「この世で一番信じられるのは"自分"なんですよ、ノエル。あなたに傷ついてほしくないのでこんな話をしましたが、先ほどは言葉足らずでした」
どうせ小言だろうと思っていたのに、まさか心配していると言われるとは思わなかったので拍子抜けした。
本人も言っていたが、彼はいつも言葉足らずなのだ。だからこちらは怒られていると思うし、嫌われているのだと思う。未来での出来事は、これまでのすれ違いが起こした積み重ねの結果でもあると思うのだ。
――とレイシスだけのせいにしているが、話し合う努力をしてこなかったのはノエルも同じで。
最近のレイシスとなら、婚約解消の話し合いも円滑に進むかもしれない。
だからそのためにはまず、計画的な地盤固めが必要なのに変わりはないようだ。
「レイシス様のお話はごもっともだと思います。これからは軽率な行動は控えます」
「どうしてもと言うのなら生徒会室で会ってください。それなら二人きりにはなりませんし、僕もいますから」
「あー、はは…ありがとうございます」
できるだけレイシスと関わるのは遠慮したいと思っていたけれど、生徒会室に行けば堂々とレイシスとイヴァンの観察ができるのか……と邪な考えが頭をよぎる。それはそれで小説のネタができるからありがたい申し出だ。
「実は、レイシス様に監視魔法でも使われているのかと思っていました」
「は!?」
「だって食堂から温室の中まで見えるかな?と思って……」
今なら聞けるかもと思って監視魔法について聞いてみたのだが、レイシスは目を丸くしてひどく驚いていた。
その反応からして嘘ではないのだろう。
もしもノエルが知っている『レイシス』なら、スンっと澄ました顔をしてはぐらかすか『それが何か?』と口に出して言うような男だ。
17歳の彼は意外と表情が豊かで可愛いところもあるのだなと小さく笑った。
「……実は、食堂にいた令嬢方が話していたんです。あなたと会長が温室で話しているって……その姿が麗しくて、すごくお似合いだったと。だから、本当なのか様子を見に来ただけです」
そう言ったレイシスはまたいつも通りの仏頂面になってプイッと顔を背けてしまったが、彼の耳が真っ赤に染まっていることに気がついた。
今までは仕事人間で感情がないと思っていたけれど、話してみれば意外なところも見つけられるものだ。
きっとイヴァンにはこういう顔をよく見せているのかなと思ったら幼馴染の愛や信頼は美しいなと思う反面、少しだけイヴァンを羨ましく感じたのは秘密だ。
「そういえば、先日いただいた茶葉ですが…すごく美味しかったです」
「茶葉……?あ、ああ!薬草のお礼のですね。それはよかったです」
自分で用意したわけではないので忘れていたが、隣国であるレガルド産の茶葉をお礼の品として渡していたのだ。
ノエルの侍女であるルナが言っていた情報は確かだったようで、レイシスは本当にレガルド産の茶葉が好きだったらしく、顔を綻ばせていた。
「殿下に見つかってしまったのでお裾分けしたんですが……殿下もすごく気に入られていました。それで、今日の放課後に街へ買いにいく予定なんです」
「え?街に?」
「はい。ノエルからいただいた袋に店名が書かれてあったので、殿下が直接行ってみたいと」
「そうですか……それはお気をつけて」
「それで、もしよければですが……ノエルも一緒に行きませんか?」
「………俺が?」
『二人のデートの邪魔をしちゃダメよ!』と言っている天使のような白い羽根が生えたステラと、『目の前で推しカプを観察できていいネタにできるチャンスだわ!』と言っている悪魔のような黒い羽根が生えたステラが頭の中で戦っている。
長い戦いの末どちらが勝ったかと言うと――
「お、俺もお供します……!」
欲に負けたこの選択が吉と出るか凶と出るか、もし後悔することになってもすでに遅いのだけれど。
「ほ、本当ですか!では、放課後迎えに行きますね」
二人のデートについてくるお邪魔虫がいると言うのにレイシスはパァッと顔を明るくさせ、ひどく嬉しそうに笑っていた。
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