33 / 81
第6章
2
しおりを挟むレイシスとノエルの結婚生活は冷めたまま、子供も作らず5年が経過していた。
そんな時、まさかの事態が起こった。
幼馴染であり、この国の希望のオメガ・イヴァンが毒殺されたのだ。
「――ノエル・ブラウンが主犯だと疑う動機はなんですか!彼は確かに殿下に一番近い侍従ですが、彼だって国の保護対象のオメガです。王宮とブラウン家の屋敷以外に普段は行き来しませんし、彼自身が殿下の使いで街に下りたり、ましてや行商人とやり取りをすることはありません!彼だってこの国の希望を担うオメガですよ!?拘束するにしても、彼はブラウン侯爵家跡取りであるレイシス・ブラウンの番です。地下牢なんて薄汚い場所から出してください!」
イヴァンに一番近い侍従だったノエルは当然疑われた。だが彼には動機もなければ、殺害に使われた毒の入手ルートなんて知るわけもなく、厳正な調査によってイヴァン殺害の主犯ではないと明らかにされた。
ただ、一番近い侍従がなぜ気付けなかったのか責任問題を問われ、ノエルは王宮勤めを辞めさせられたのだ。
そして、レイシスは恐れたのだ。
もしかしたら次はノエルかもしれない、と――
「……疑いは晴れたのであなたを追い出すなんてことはしませんが、あなたはもう自由の身ではありません。慎ましく過ごすようにしてください」
彼を守るためだった。
ブラウン家の屋敷にいればノエルは安全だと思っていたから、なんとしてでも彼を守らないといけないと神に誓った。
ノエルの実家であるヴァレンタイン伯爵家からもイヴァン毒殺の騒動を受けノエルと離縁して実家に帰らせてもいいという話をされていたが、レイシスはその提案に首を縦に振らなかった。自分がなんとか守るからと、離縁はしたくないのだとノエルの父・ヴィンセントに頭を下げた。
もちろんヴィンセントは「レイシス様がそう言うのであれば、こちらは……」と言うしかなく、ノエルをそのままレイシスに預けてくれたのだ。
ブラウン家の屋敷は例えるなら温室。ノエルには安全な場所で安心して過ごしてもらいたい。
そう、誓っていたのに。
レイシスの父が病に倒れて亡くなり、正式に宰相になってから数年。11回目の結婚記念日を執務室で一人、ノエルの顔を思い浮かべながら過ごした。
「……あなたの笑顔ひとつ思い出せないとは、とんだ馬鹿男ですね、本当に」
実は毎年結婚記念日にはノエルの瞳の色によく似た紫色の花を買って執務室に飾って一日を過ごした。確かノエルと一緒に生まれた妖精・ステラも髪の毛に紫色の花を挿しているのだと、昔ノエルから聞いたことがある。
紫色の瞳はオメガの最大の特徴なので亡き幼馴染・イヴァンもそうだったのだが、紫色の花を見るとレイシスはノエルを思い出す。
時々ノエルから送られてきた、離縁を申し出る手紙をしまってある引き出しを開けて、一番最初に離縁したいと言われた時の手紙を取り出した。
「どうしたら、僕たちは……」
どこで、どう、何を間違えたのか。
――そもそも、出会ったことが、間違いだったのか。
「すみません、ノエル……でも僕は、あなたがいないと……」
手紙を燃やして灰にしたあと、レイシスの目の前に手紙を加えた光る鳥が突如現れた。
『ノエルと番を解消しろ。解消に応じないのであればノエルは死ぬ。お前の番の運命は俺が握っているから、いつでも殺せるぞ』
光る鳥がサラサラと粉になっていく過程で、声色を変えた男の声で手紙の内容が再生された。
王宮は全体的に防壁魔法がかけられており、レイシスがいる執務室も例外ではない。基本的に悪意のある魔力は通さないはずなのに、ノエルの殺害を仄めかす内容の伝達魔法がレイシスの元に届いた。
「ノエルをいつでも殺せるだと……?」
なんだか胸騒ぎがして、伝達魔法を使って屋敷にノエルの所在を尋ねた。
すると執事のエドワードからは『ノエル様は体調を崩し、ご療養中です』と返事が来たので、殺害予告をしてきた男の言葉を思い出し鼻で笑った。
「なにがいつでも殺せる、だ。殺せるものなら殺してみろ」
犯人の狙いは王宮か、レイシス自身だろう。挑発したらどうせレイシスの前に現れる。
そう、たかを括っていたのが悪かったのだ。
「……ノエルがいない?」
「も、申し訳ございません、レイシス様……っ!」
「どういうことだ!夕方はいると言っていただろう!?」
「そ、それが、実はノエル様は、お一人で結婚記念日をお祝いした後、街へ行くと言われまして……」
「まさか、一人で行かせたのか!?」
「も、申し訳ございませんん……!」
「私どもは自由に外出できないノエル様が気の毒で、こ、こんなことになるとは思わず……っ」
その日の夜に屋敷へ帰ると、街に出かけたノエルがまだ帰ってこないのだと屋敷中が騒然としていた。
そしてエドワードやセシリアから聞いたのは、たまにノエルは一人で気晴らしに街へ出かけることがあったらしい。その際に、レイシスから所在を尋ねられたら『体調が悪くて寝込んでいるから誰とも会いたくない』と言うのだと、屋敷中の使用人の暗黙の了解だったことを聞いた。
「………待ってくれ、まさか!」
夢なら今すぐに覚めてくれ。
レイシスが謎の男に返信した内容を思い出し、全身から血の気が引くのが分かった。立ったままその場から動けず、目の前がぐにゃりと歪んでくる。
「(いや、違う、絶対にそんなことは……!)」
ノエルに対して監視魔法を使おうかどうか迷っていたが、結局そんなことまでして彼を縛りつけたくなかったから使っていなかったのだ。こんなことになるなら監視魔法を使ってノエルの行動を把握しておけばよかったと後悔しても、もう遅い。
「……きゃあぁぁっ!レイシス様!!」
玄関のほうから侍女の声が聞こえて慌てて駆けつけると、ドアを開けた先を見つめた侍女の顔が真っ青に染まり、そのままフラッと倒れ込んでしまった。
「…は……ッ」
そこに置かれていたのは美しい銀色の髪の毛がひと房と、結婚してからは着けていなかったはずの銀色のチョーカー。ノエルの髪の色とレイシスの瞳の色に合わせて彼に贈ったそれを、レイシスが見間違えるわけがない。
「ノエル……っ!」
髪の毛とチョーカーに触れると、先ほど執務室でも聞いた変な声色の男が「お前の番は死んだ。お前が殺したんだ」という言葉が宙に溶け、レイシスは目の前が真っ暗になった。
「――レイシス様!」
「っす、すまない、エドワード……」
「ノエル様が死んだとは、ど、どういう……」
「いや、これはノエルのものではないかもしれないから……っ」
絶対に信じない、信じたくない。
レイシスはノエルの幼馴染であり、王宮の第一騎士団の騎士団長であるジルベールにノエルの捜索を依頼した。元々ジルベールとは折り合いが悪かったのだが「ノエルを不幸にして満足か」と殴られても何も言い返せず、ただただ捜索を懇願し頭を下げることしかできなかった。
「……レイシス様。お気持ちは分かりますが、弔いだけでもして差し上げましょう。そのほうがノエル様も安らかに……」
1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、半年。
レイシスは仕事以外の時間は全てノエルの捜索に使っていたし騎士団総出で探していたが、ノエルは見つからなかった。
レイシスの手元に残ったのはノエルの髪の毛とチョーカーのみ。あとからセシリアに聞いた話だと、ノエルはこのチョーカーをお守り代わりにずっと持っていたのだと言う。
今更後悔したって過去に戻ることはできないしノエルも戻ってこないけれど、彼にどう償ったらいいのか分からず、レイシスは毎晩のようにノエルの寝室で涙を零しながら彼の帰りを待った。
待てども待てども、探しても探しても、ノエルが帰ってくることは、なかった。
「ノエル……」
ノエルの髪の毛とチョーカーしか入っていないのに、やたらと大きな棺を前にレイシスはノエルに話しかけた。
「どうして僕を置いて……ノエル、ノエル……ッ。あなたは僕よりも、長生きして、ロードメリアに必要な人だったのに……!」
黒い棺の中には、薄い紫と白の花を目一杯敷き詰めた。この二色が一番ノエルのイメージにぴったりで、もしかしたら彼が喜んでくれるかもしれないと思ったから。
ノエルの棺はレティネ教会で弔いをしてもらい、埋葬はまだしたくないと言うレイシスのために教会の特別礼拝堂に安置されることになった。それ以来毎日のように足を運び、棺の中にノエルの遺体が入っていないことに安心して、それでも彼がいない事実に涙を流した。
「……今更、死んだあとに毎日会いに来るなんて、迷惑ですよね。いや、あなたが死んだなんて、僕はまだ受け入れられてませんけど……」
棺に入れた時から変わっていない銀色のチョーカーを撫でながら、ぽつりぽつりとノエルに話しかける。もしかしたらどこかで彼が聞いているかもしれないから。
「僕が悪かった…本当に最低で馬鹿な男だと自分でも思う……何度だって謝るから、君とちゃんと向き合うから……だからノエル、ノエル……」
最低だと罵倒される覚悟も、嫌いだと言われる覚悟もできている。
でもノエルと離れる覚悟はまだ、できていなかったのだ。
「あなたは僕の、運命なのに……」
運命の番がいなくなったら残された者は世界で自分一人になったような気分になり、心臓が握りつぶされそうなほど苦しくなるのだなと、薄れていく意識の中でレイシスは思った。
1,883
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
愛される日は来ないので
豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。
──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる