【本編完結】死んだあとに運命だと言われても、

社菘

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第6章

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レイシスとノエルの結婚生活は冷めたまま、子供も作らず5年が経過していた。

そんな時、まさかの事態が起こった。

幼馴染であり、この国の希望のオメガ・イヴァンが毒殺されたのだ。

「――ノエル・ブラウンが主犯だと疑う動機はなんですか!彼は確かに殿下に一番近い侍従ですが、彼だって国の保護対象のオメガです。王宮とブラウン家の屋敷以外に普段は行き来しませんし、彼自身が殿下の使いで街に下りたり、ましてや行商人とやり取りをすることはありません!彼だってこの国の希望を担うオメガですよ!?拘束するにしても、彼はブラウン侯爵家跡取りであるレイシス・ブラウンの番です。地下牢なんて薄汚い場所から出してください!」

イヴァンに一番近い侍従だったノエルは当然疑われた。だが彼には動機もなければ、殺害に使われた毒の入手ルートなんて知るわけもなく、厳正な調査によってイヴァン殺害の主犯ではないと明らかにされた。

ただ、一番近い侍従がなぜ気付けなかったのか責任問題を問われ、ノエルは王宮勤めを辞めさせられたのだ。

そして、レイシスは恐れたのだ。

もしかしたら次はノエルかもしれない、と――

「……疑いは晴れたのであなたを追い出すなんてことはしませんが、あなたはもう自由の身ではありません。慎ましく過ごすようにしてください」

彼を守るためだった。

ブラウン家の屋敷にいればノエルは安全だと思っていたから、なんとしてでも彼を守らないといけないと神に誓った。

ノエルの実家であるヴァレンタイン伯爵家からもイヴァン毒殺の騒動を受けノエルと離縁して実家に帰らせてもいいという話をされていたが、レイシスはその提案に首を縦に振らなかった。自分がなんとか守るからと、離縁はしたくないのだとノエルの父・ヴィンセントに頭を下げた。

もちろんヴィンセントは「レイシス様がそう言うのであれば、こちらは……」と言うしかなく、ノエルをそのままレイシスに預けてくれたのだ。

ブラウン家の屋敷は例えるなら温室。ノエルには安全な場所で安心して過ごしてもらいたい。

そう、誓っていたのに。

レイシスの父が病に倒れて亡くなり、正式に宰相になってから数年。11回目の結婚記念日を執務室で一人、ノエルの顔を思い浮かべながら過ごした。

「……あなたの笑顔ひとつ思い出せないとは、とんだ馬鹿男ですね、本当に」

実は毎年結婚記念日にはノエルの瞳の色によく似た紫色の花を買って執務室に飾って一日を過ごした。確かノエルと一緒に生まれた妖精・ステラも髪の毛に紫色の花を挿しているのだと、昔ノエルから聞いたことがある。

紫色の瞳はオメガの最大の特徴なので亡き幼馴染・イヴァンもそうだったのだが、紫色の花を見るとレイシスはノエルを思い出す。

時々ノエルから送られてきた、離縁を申し出る手紙をしまってある引き出しを開けて、一番最初に離縁したいと言われた時の手紙を取り出した。

「どうしたら、僕たちは……」

どこで、どう、何を間違えたのか。

――そもそも、出会ったことが、間違いだったのか。

「すみません、ノエル……でも僕は、あなたがいないと……」

手紙を燃やして灰にしたあと、レイシスの目の前に手紙を加えた光る鳥が突如現れた。

『ノエルと番を解消しろ。解消に応じないのであればノエルは死ぬ。お前の番の運命は俺が握っているから、いつでも殺せるぞ』

光る鳥がサラサラと粉になっていく過程で、声色を変えた男の声で手紙の内容が再生された。

王宮は全体的に防壁魔法がかけられており、レイシスがいる執務室も例外ではない。基本的に悪意のある魔力は通さないはずなのに、ノエルの殺害を仄めかす内容の伝達魔法がレイシスの元に届いた。

「ノエルをいつでも殺せるだと……?」

なんだか胸騒ぎがして、伝達魔法を使って屋敷にノエルの所在を尋ねた。

すると執事のエドワードからは『ノエル様は体調を崩し、ご療養中です』と返事が来たので、殺害予告をしてきた男の言葉を思い出し鼻で笑った。

「なにがいつでも殺せる、だ。殺せるものなら殺してみろ」

犯人の狙いは王宮か、レイシス自身だろう。挑発したらどうせレイシスの前に現れる。

そう、たかを括っていたのが悪かったのだ。

「……ノエルがいない?」
「も、申し訳ございません、レイシス様……っ!」
「どういうことだ!夕方はいると言っていただろう!?」
「そ、それが、実はノエル様は、お一人で結婚記念日をお祝いした後、街へ行くと言われまして……」
「まさか、一人で行かせたのか!?」
「も、申し訳ございませんん……!」
「私どもは自由に外出できないノエル様が気の毒で、こ、こんなことになるとは思わず……っ」

その日の夜に屋敷へ帰ると、街に出かけたノエルがまだ帰ってこないのだと屋敷中が騒然としていた。

そしてエドワードやセシリアから聞いたのは、たまにノエルは一人で気晴らしに街へ出かけることがあったらしい。その際に、レイシスから所在を尋ねられたら『体調が悪くて寝込んでいるから誰とも会いたくない』と言うのだと、屋敷中の使用人の暗黙の了解だったことを聞いた。

「………待ってくれ、まさか!」

夢なら今すぐに覚めてくれ。

レイシスが謎の男に返信した内容を思い出し、全身から血の気が引くのが分かった。立ったままその場から動けず、目の前がぐにゃりと歪んでくる。

「(いや、違う、絶対にそんなことは……!)」

ノエルに対して監視魔法を使おうかどうか迷っていたが、結局そんなことまでして彼を縛りつけたくなかったから使っていなかったのだ。こんなことになるなら監視魔法を使ってノエルの行動を把握しておけばよかったと後悔しても、もう遅い。

「……きゃあぁぁっ!レイシス様!!」

玄関のほうから侍女の声が聞こえて慌てて駆けつけると、ドアを開けた先を見つめた侍女の顔が真っ青に染まり、そのままフラッと倒れ込んでしまった。

「…は……ッ」

そこに置かれていたのは美しい銀色の髪の毛がひと房と、結婚してからは着けていなかったはずの銀色のチョーカー。ノエルの髪の色とレイシスの瞳の色に合わせて彼に贈ったそれを、レイシスが見間違えるわけがない。

「ノエル……っ!」

髪の毛とチョーカーに触れると、先ほど執務室でも聞いた変な声色の男が「お前の番は死んだ。お前が殺したんだ」という言葉が宙に溶け、レイシスは目の前が真っ暗になった。

「――レイシス様!」
「っす、すまない、エドワード……」
「ノエル様が死んだとは、ど、どういう……」
「いや、これはノエルのものではないかもしれないから……っ」

絶対に信じない、信じたくない。

レイシスはノエルの幼馴染であり、王宮の第一騎士団の騎士団長であるジルベールにノエルの捜索を依頼した。元々ジルベールとは折り合いが悪かったのだが「ノエルを不幸にして満足か」と殴られても何も言い返せず、ただただ捜索を懇願し頭を下げることしかできなかった。

「……レイシス様。お気持ちは分かりますが、弔いだけでもして差し上げましょう。そのほうがノエル様も安らかに……」

1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、半年。

レイシスは仕事以外の時間は全てノエルの捜索に使っていたし騎士団総出で探していたが、ノエルは見つからなかった。

レイシスの手元に残ったのはノエルの髪の毛とチョーカーのみ。あとからセシリアに聞いた話だと、ノエルはこのチョーカーをお守り代わりにずっと持っていたのだと言う。

今更後悔したって過去に戻ることはできないしノエルも戻ってこないけれど、彼にどう償ったらいいのか分からず、レイシスは毎晩のようにノエルの寝室で涙を零しながら彼の帰りを待った。

待てども待てども、探しても探しても、ノエルが帰ってくることは、なかった。

「ノエル……」

ノエルの髪の毛とチョーカーしか入っていないのに、やたらと大きな棺を前にレイシスはノエルに話しかけた。

「どうして僕を置いて……ノエル、ノエル……ッ。あなたは僕よりも、長生きして、ロードメリアに必要な人だったのに……!」

黒い棺の中には、薄い紫と白の花を目一杯敷き詰めた。この二色が一番ノエルのイメージにぴったりで、もしかしたら彼が喜んでくれるかもしれないと思ったから。

ノエルの棺はレティネ教会で弔いをしてもらい、埋葬はまだしたくないと言うレイシスのために教会の特別礼拝堂に安置されることになった。それ以来毎日のように足を運び、棺の中にノエルの遺体が入っていないことに安心して、それでも彼がいない事実に涙を流した。

「……今更、死んだあとに毎日会いに来るなんて、迷惑ですよね。いや、あなたが死んだなんて、僕はまだ受け入れられてませんけど……」

棺に入れた時から変わっていない銀色のチョーカーを撫でながら、ぽつりぽつりとノエルに話しかける。もしかしたらどこかで彼が聞いているかもしれないから。

「僕が悪かった…本当に最低で馬鹿な男だと自分でも思う……何度だって謝るから、君とちゃんと向き合うから……だからノエル、ノエル……」

最低だと罵倒される覚悟も、嫌いだと言われる覚悟もできている。

でもノエルと離れる覚悟はまだ、できていなかったのだ。

「あなたは僕の、運命なのに……」

運命の番がいなくなったら残された者は世界で自分一人になったような気分になり、心臓が握りつぶされそうなほど苦しくなるのだなと、薄れていく意識の中でレイシスは思った。


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