32 / 81
第6章
1
しおりを挟む初めて誰かに恋をして、愛を抱いた。
「イヴァン殿下、ごきげんよう。ノエル・ヴァレンタインです。お目にかかれてこうえいです」
レイシスが6歳の時、オメガの王子であるイヴァンの元に1歳年上のオメガが挨拶に来るのだという噂を聞きつけた。
最初はただの興味本位で、もう一人のオメガがどんな人なのかただ単に気になったのだ。庭園で開かれているお茶会を遠くから盗み見て、もう一人のオメガを視認した。たったその一瞬で、幼いレイシスの心は奪われたのだ。
「(き、きれいな、ひとだ……)」
幼馴染のイヴァンとは違い、美しく透き通る糸のような銀色の髪の毛。瞳はヴィオクイーンの輝きが宿っていて、雪のような肌をしていた。
遠くからでも分かるくらい彼の周りはキラキラと発光しているように見えて、ノエル自身だけではなく彼のオーラにも惹かれた。
ノエルを見た瞬間心臓がドキドキして、体がぶわっと熱くなったのを覚えている。
レイシスはその時にアルファの性を体は自覚したが、幼すぎたのもあり原因不明の発熱だと医者からは言われ3日間ほど寝込んだ。
ノエルに出会って以来、父から勧められた婚約話には首を縦に振ることはなく運命を左右する11歳を迎え、オメガ二人の婚約者を決めるお茶会に参加をした。
この頃のレイシスはすでに早期バース検査で90パーセントアルファだと言われており、絶対にノエルに話しかけようと決めていた。
「――あ、あの…!ノエル・ヴァレンタイン、様……」
自分よりも家の身分が低いノエルに『様』と敬称をつけて呼んでしまったのは、振り返った彼があまりにも神話やおとぎ話に出てくるオメガのように、神々しかったからだ。
「うぁ……っ?」
「――ッ!?」
事前に考えてきた婚約を申し込む言葉を一つも言えなかったのは、ノエルと目が合った瞬間、初めてのラットに襲われたからだ。
「レイシス!」
「ノエル――!」
レイシスとノエルの父が叫ぶ慌てた声が聞こえたが、まだ幼い体でラットを受け止めきれずレイシスはその場で失神した。そして次に目が覚めた時はすでにお茶会は終わっていて、父から『お前とヴァレンタイン伯爵家の息子は"運命の番"だそうだ。ブラウン家の繁栄のためにも上手くやりなさい』と言われたものだ。
運命の番だと聞いて、正直舞い上がった。
昔から運命の番を題材にしたおとぎ話や本を隠れて読んでいたレイシスにとって、一目惚れをした相手が運命で繋がっているオメガだなんて、神様に感謝したくらいだった。
できるだけ早く婚約できるよう取り計らってもらったのだけれど、そもそも彼のためを思うなら婚約をしないほうがよかったのか、運命の番だから責任を取るために婚約したわけではないと説明をしていたら関係が変わっていたか、今となってはなにを言ってもすでに遅い。
「……あなたは将来イヴァン殿下の侍従になるのでしょう?殿下の婚約者候補と距離が近いのはいかがなものかと」
「も、申し訳ありません…気をつけます……」
ノエルと無事に婚約できたにもかかわらず、彼を前にするとなぜか自分の口からはいつも冷たい言葉が出てくる。
彼と婚約できて舞い上がっているし、いかにノエルが可愛くて美しいのかを幼馴染のイヴァンに呆れられるくらい聞いてもらっているのに。
恋をしたのが初めてなのでどうしたらいいのかも分からず、距離感が上手く掴めないだけかと思っていたけれど、あまりにも自分の心とは別の言葉が飛び出してくるのにレイシス自身も戸惑っていた。
「(ノエル、傷ついた顔をしていたな……当たり前だ。婚約者がこんなに冷たかったら、いくら優しい彼でも離れていく……)」
ノエルとの関係を修復しようと試みても、そう努力するごとに彼との溝が深くなっていった。
贈り物をしてみてもノエルはなんの反応も示さないし、贈り物のセンスが悪いのかと思って侍女の意見も聞いて参考にしてみたけれど、全て玉砕した。
レイシスが近づこうとすればするほど、ノエルが離れていくような気がしたのだ。
いっそのこと婚約を解消したほうがノエルも傷つかずに済む。
頭の中ではそう思っていたのだが、なかなかそれを決断できなかった。
ノエルからも婚約解消の申し出は彼が20歳になってもなくて、最終的にレイシスとノエルは結婚する年齢になってしまったのだ。
「僕はあなたをオメガとして見ていますが、子供を産む人間だとは見ていません。僕は子供がほしいわけではないですし、仕事も忙しいのでそんな暇はないかと。ですので、期待しないでください。時期がきたら考えます。"そういった行為"もあなたのヒート期間になったら寝室に行くようにします。それ以外は別々で」
結婚初夜、ノエルにそんな言葉を投げかけた自分を殴りたかった。
案の定ノエルは傷ついたような、いや、レイシスには何も期待していないような顔をしてこくりと小さく頷くだけだった。
――ああ、違う、そうじゃないんです。あなたにこんなことを言いたいわけじゃない!
オメガは体が弱いと言われているし、一度の出産でも大変で体に相当負担がかかるとか、そういう話も聞いていた。もしかしたら子供の命と引き換えに……ということも有り得ると聞いて、レイシスは怖気付いていたのだ。
ノエルがいなくなったら生きていけない。だからどうか、長生きして一緒にいてほしい。
そう言いたかったのにこんな日まで呪われているかのように最低な言葉しか出ない自分は、完璧すぎるノエルには全くの不釣り合いだ。
何度ノエルを解放してあげようと思っても、アルファの、運命の番の本能が邪魔をした。
彼を離せないと、そんな醜い自分勝手な本能がレイシスにノエルのうなじを噛ませたのだ。ただそれはお互いに心が通じ合っていないただの『契約』で、一生ノエルを縛り付けることになった。
ノエルはレイシスといると居心地が悪そうなのは分かっていたので、極力王宮の執務室に寝泊まりしていた。ノエルにはブラウン家の中でも特に優秀な侍女や侍従に任せているので不自由はないだろう。
王宮にいるとイヴァンと会うことも多いので自然とノエルとも顔を合わせることが多かったが、特に何を話すでもなく、軽く会釈する程度の仲だった。
「レイ、ノエルと喧嘩してるのか?」
「え?あ…いえ、そういうわけでは……」
「まさかまだ距離を測りかねてると言うわけではないよな?」
「……」
「呆れた!結婚までしたのにどういうことだ!」
「申し訳ありません……」
「私に謝られても困る。はぁ、ったく……死ぬほど愛しているくせに、どうしてこうも不器用で奥手なんだか。お前、絶対ノエルから勘違いされたままだぞ」
「え?」
「新婚生活のことを聞いても笑ってはぐらかされる。何かあると思っていたら……ほんっとにお前は馬鹿だな、レイ。好きな人と結婚できたのに、幸運をなぜドブに捨てるんだ」
イヴァンにそう諭された日の夜、久しぶりに屋敷に帰るとノエルの専属侍女であるセシリアから「ノエル様はご体調が悪いのでお休み中です」と睨みつけられながらそう言われた。
屋敷の使用人たちの『仕える対象』がレイシスからノエルに変わっているのが分かって、少しだけホッとした。ずるいかもしれないけれど、セシリアたちが彼の味方でいてくれることだけでも有り難かったのだ。
「……すみません、ノエル。あなたを愛していて、離してあげられなくて、すみませ……っ」
体調が悪くて眠っていると言われたが、寝顔だけでも一瞬でいいから見られたらと思ってそっと彼の寝室を覗いた。
すやすやと眠っているノエルの寝顔を見ると、その晩レイシスは一人静かに涙の海に溺れた。
1,914
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる