【本編完結】死んだあとに運命だと言われても、

社菘

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第5章

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「ノエル、私たちの言葉を疑わないでほしい。私とレイの間には今後も一切、恋だの愛だのそんな感情は生まれない。お互いを恋愛対象だと見たことは一度もないし、今後もないと言い切れる」
「そんな……」
「……これは僕に婚約者がいるからというわけではなく、お互いに婚約者がいなかったとしても、です。あなたと出会う前から殿下をそういう対象として見たことはないんです」

二人の口からきっぱりはっきりそう言われ、ノエルの心は打ち砕かれた。なんせ、今まで二人をくっつけようとやってきたことが全て無駄だったのだ。

恋愛感情は今後も抱かないなんて言われたら、ノエルのこの計画はどうしたらいいのか――

「……私には、好きな人がいるんだ」
「え、」
「幼い頃からその人だけをずっと好きで、できれば添い遂げたいと思っているような人が……」
「で、でも!それならなぜ婚約をしないんですか?」

イヴァンに好きな人がいるという話は前も聞いていたけれど、詳細な話は聞いていなかった。だから前の人生ではイヴァンの好きな人だ誰なのか分からないままだったのだ。

ノエルはてっきりイヴァンの好きな人がレイシスだと思い込んでいたのだが、この反応からするとそれすらも間違っていたらしい。

「一度、好きだと伝えて断られたんだ。それからなかなか他の婚約の話は気が進まなくてな……」
「そう、だったんですか……」

相手が誰なのかは教えてくれなかったけれど、イヴァンの『好きな人』への気持ちは本物なのだろう。彼の表情はノエルやレイシスに見せるものよりも甘く、優しい顔をしていた。

本気で好きな人を想っていると、目の前にいなくたってそんな顔ができるものなのだなと、イヴァンを見てノエルは『本当の恋』を知ったような気がする。

「とにかく、ノエルを誤解させたくなくてこんな話をした。今後何を聞いても傷付かず、ただの噂だと流してほしい」
「わ、かりました……」
「貴重な時間をありがとう、ノエル。すまない、私は用事があるから行かなくては……レイ、ノエルを送ってあげてくれ」
「はい、もちろんです」

二人からの話が衝撃的すぎて、ノエルは呆然とサロンの床を見つめていた。イヴァンがサロンを去り、レイシスが防音魔法を解除してから肩を撫でられるまでずっと「レイシス様と殿下は絶対結婚しない……?」と、結ばれてほしかった二人が結ばれることはない事実が信じがたく、ぶつぶつとうわ言のように呟いていた。

「ノエル、時間が許せばこの後うちの屋敷に来ていただけませんか」
「レイシス様の屋敷に、ですか……?」
「はい。お話したいことがまだありまして……」
「分かりました……」

正直レイシスからまた改まって話をされても理解できる気がしないけれど、彼がずっと真剣な顔つきをしているので断るわけにもいかず、ノエルはフラフラとした足取りでブラウン家の馬車に乗り込んだ。

「レイシス様、おかえりなさいませ……って、ノエル様!」
「セシリア、僕の部屋にお茶の準備を。お茶と一緒にジャムクッキーを用意してくれ」
「かしこまりました!」
「急に来てごめんね、セシリア。みんなあまり気を遣わずに……」
「そんなわけにはいきません!久しぶりにノエル様が来てくださったのですからブラウン家使用人一同、精一杯おもてなしさせていただきますっ!」

過去に戻って初めて会ったブラウン家の使用人たち。結婚する前からブラウン家に来た時は全員にこやかに出迎えてくれるのは変わっていなくてほっとした。

特に結婚後はノエルの専属侍女になってくれたセシリアの笑顔を見て、ルナと再会した時のような安心感を覚える。結婚してから数年後はブラウン家の屋敷の中もどんよりとしていたので、使用人全員がいきいきしている屋敷の中が輝いていてしばらく見惚れてしまった。

「嬉しいけどこんなにクッキーを持ってきてもらっても、全部食べられないよ」
「帰りにお包みしますのでご安心ください!」
「ふふ。持って帰れるなら、自分の部屋でたくさん食べることにしようかな」
「どうせなら僕の前で食べてください。本当に食べるかどうか見張らないと」
「見張らなくてもちゃんと食べてますってば!」

そんな言い合いをしているとセシリアが嬉しそうに顔を綻ばせ、小さくお辞儀をして部屋から出ていった。

「先ほどと同じように、防音魔法をかけさせてもらいます」
「あ、はい……」

防音魔法をかけるほど重要な話で、誰にも聞かれたくない話なのか。学園でイヴァンと話してくれたことだけがレイシスの目的ではないらしく、ノエルにまた緊張感が走った。

「イヴァン殿下と一緒に話したように、僕と殿下の間には何もやましいことはありません」
「それは、はい…分かりました……」
「それで、聞きたいことがあったのは……」

レイシスが鞄の中から一冊の本を取り出してテーブルに置いた。その本が何かというと、ノエルが書いた『運命の真実』の最新刊だったのだ。

「"これ"を書いたのは、あなたですか?」
「へ……」
「僕と殿下がこうなってほしいなと思って、あなたが書いたものですか?」

――どうしよう。突然のことすぎて、上手い言い訳が思いつかない。

さすがにここでの沈黙は肯定と同じだ。違います、なんてありきたりなことを言ったとしてもレイシスにはすぐに見抜かれてしまう気がした。

「……言いにくいことなのは分かります。なぜ僕がそう思ったかをお話しますね。この最新刊に載っている突然のヒートで倒れたオメガをアルファが守るシーンですが……これは、先日の本屋での出来事に非常に酷似しているかなと」
「でも、それだけじゃ……」
「もちろん、これだけでは憶測に過ぎません。もしかしてと思ったのは、あなたが倒れた日にうちの従者が店に落ちていた鞄をヴァレンタイン家に持ってきました。その時に鞄の中身を確認したら、書きかけの原稿のようなものを見てしまって……」

レイシスが言っているのは原稿そのものではなく、下書きのノートだろう。外で妄想小説のネタを書くなんて馬鹿なことはするものじゃないなと反省した。

「決してわざと見たわけではないんです。ただ、あなたがもし本当に"運命の真実"の作者で、僕と殿下に結婚してほしいと思っているなら……お互いにきちんと話をしなければと思ったんです」
「レイシス様……」
「ノエル、僕はあなたに怒る権利はありません。あなたがこれを書こうと思うほど僕はあなたを蔑ろにしていて、殿下を優先していたのは事実です」
「……」

レイシスは眉間に皺を寄せ、思い詰めたような表情でノエルの手をそっと握る。まるでノエルがヒートで倒れて目覚めたあの日のように彼の顔には疲れが滲んでいて、その表情からは『懇願』が読み取れた。

「勝手なことを言っているのは承知の上です。でも、ノエル……僕の"運命の番"はあなただけです、ノエル・ヴァレンタイン」
「――ッ死んだあとに運命だって言われても!」

思わず叫び声にも似た声でそう言うと、レイシスが息を飲むのが分かった。

「ノエル……もしかしてあなたも、僕と同じ悪夢を見ていますか……?」

レイシスの言葉に、今度はノエルが驚く番だった。


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