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第5章
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しおりを挟むあの日、レイシスの爆弾発言以降『キス』のことが忘れられないノエルは、それはもう目に見えて動揺していた。
手の甲に押し付けられたレイシスの唇の温度や、肌に触れた彼の吐息、なによりもレイシスが『ノエルに』キスをしたいと思っているなんて、想像もしていなかったからずっと胸がドキドキしているのだ。
「くそう、レイシス様め……っ!」
彼にドキドキしてしまう気持ちが抑えられなくて、それらを全て『小説』にぶつけた。この気持ちをどこかに放出しないと、ドキドキしすぎて心臓が壊れてしまうと思ったからだ。
その甲斐があったのかどうか分からないけれど『運命の真実』は学園の令嬢たちからひどく話題になっている。
先日ノエルが本屋で倒れた一件や、本当は唇に隠れてキスをしたいなどのエピソードを入れ込むと、瞬く間に純粋なご令嬢たちの心を鷲掴みにしたのだ。
「"運命の真実"、とっても素敵ですわよねぇ」
「本当に!あんな恋愛をしてみたいものですわ」
「あの小説のモデルがイヴァン殿下とレイシス様じゃないかって噂、知ってらっしゃる?」
「もちろん!大きな声で言えないですけど、わたしくしはあのお二人のことだと思って読んでますの」
「そういえば最近、お二人とも同じ香りがするのご存知?お揃いの香水をお持ちなんですって」
「その香水、オーダーメイドって噂ですわよ!」
「ノエル様には悪いけれど、あのお二人もとてもお似合いですわよね……!」
ヒソヒソと話している令嬢たちの声を盗み聞きして、ノエルの狙い通りになっていることに心の中でガッツポーズした。
そしてその噂は学園内の令嬢だけではなく、街全体にも『イヴァン殿下とレイシス様が結婚したら、ロードメリアは初代のオメガ王のように繁栄するのではないか』という話が広まっているらしい。
「こんなに上手く世論を動かせるとはな」
ずるい手を使ったのは自分だし、こうなることを望んでいたのも自分だ。世間がやっとノエルの気持ちに気づいてくれて、イヴァンとレイシスを幸せにしようとする世界がやってきた。
これでいい。このまま世界が二人の背中を押してくれたら、きっと幸せになれるから。
――それなのにどうして、こんなに胸が痛いんだろう?
「ノエル、すまない。今から少し時間をもらってもいいか?」
授業が全て終わり、あとは帰るだけのタイミングでノエルの教室にイヴァンとレイシスが現れた。もちろん教室内は二人が揃ってノエルの元を訪れたことに騒然としていて、その中でウィンターだけは心配そうな顔を向けていた。
「大丈夫か?ノエル」
「大丈夫だって。また明日ね、ウィンター」
イヴァンとレイシスの顔つきから何だか嫌な予感がしたけれど、ノエルは大人しく二人についていく。学園の中でもあまり生徒が来ない特別棟に向かったノエルたちは、ほとんど使われていない応接室に足を踏み入れた。
「防音魔法をかけさせてもらいますね」
ノエルとイヴァンは魔法が使えないので、レイシスが代わりにサロン全体に防音魔法をかける。目に見えて何も変化はないけれど、これで外から中の声が漏れないらしい。魔法というのは本当になんでもできるしすごいものだなと、普段魔法が身近なノエルでも自分が扱えないので驚くことばかりだ。
「急に来てもらってすまないな、ノエル」
「いえ、大丈夫です。特に予定もなかったので」
「呼び出したのにはわけがあって……」
今日はイヴァンの隣にレイシスが座り、二人とも神妙な面持ちだった。
――もしかして、婚約破棄を言い渡される、とか?
今から二人に『真実の愛を見つけました』なんて告白されるのだろうか。もしそうであればめでたいなと思う反面、とうとうこの日が来てしまったんだなと思う自分がいる。
二人がそうなってくれることが狙いでありノエルの願いだったのに、どうしてこんなにも心臓が壊れてしまいそうなほどドキドキしているのだろう。
「ノエル、先日三人でお茶を飲んだ時に"運命の真実"という本が面白いっていう話をしたの、覚えているか?」
「は、はい。最近学園の令嬢たちの間でも人気ですよね」
「あぁ。私も面白いと思って読んでいたんだ」
「ノエルは、その……"運命の真実"を読まれていますか?」
「え?あ、あ~…最初のほうは読んでいました。最近のはまだ読めていないですね」
「……そうか。あの、とても言いづらいんだが……私とレイの関係について、ノエルに改めて話があるんだ」
ごくり、ノエルが唾を飲み込んだ音が静かなサロン内に響く。
ドキドキしているというよりも冷ややかな動悸。眩暈がしそうになって、何だか目の前も霞んできたような気がする。
「あの小説の主人公の二人が、私とレイじゃないのかともっぱらの噂らしくてな……」
「そう、なんですね」
「私は自分が読んでいてそうは思わなかったが……学園の生徒だけではなく、街のみんなもそう思っているらしい」
「……僕とイヴァン殿下が結婚したほうがロードメリアは繁栄するのではないか、と。そういう噂はあなたの耳にも届いているのではないですか?」
「えっと…確かにそういう話を、聞いたことはあります。でもお二人はお似合いだから仕方がな――」
「すまない、ノエル」
「誤解をさせていたら謝ります」
「え?」
二人ともノエルに対して頭を下げるので困惑した。誤解もなにも、誤解したままでいいんですけど――!
「ノエルが気を悪くしているんじゃないかと最近ずっと考えていたんだ」
「確かに僕とイヴァン殿下は幼馴染ですし、同い年なので一緒にいることも多いです。僕は将来的に宰相になるので殿下の側で勉強させてもらっているのも相まって……あまりあなたに婚約者らしいことをしていないので、周りも誤解しているのかと」
「レイは本当に大切なものには奥手すぎるんだ。ノエルに対しても同じで……王子である私のほうが話しやすく、美しいお前にはどう接したらいいのか分からないなんて、とても失礼な奴だろう?」
「ちょ、で、殿下!」
「いいじゃないか、この際。ここでノエルの誤解はしっかり解いておかないと困るのはお前だぞ、レイシス」
待って、待って、待ってくれ!
話が変な方向へいっているんじゃないか!?
この流れは『実は想い合っているんだ。だから婚約を解消してほしい』という話のはずでは?
それなのに『レイシスがノエルを大切にしていて、接し方が分からない』という話になっていることに、ノエルは目を見開いて驚いた。
「えっと、あの…え?つまりどういうことでしょうか……?」
「つまり、私とレイは幼馴染以上でも以下でもないということだよ。恋人同士なんてもってのほか。私とレイが結婚なんて馬鹿らしい、あり得ない話なんだ。レイはあの日以来ずっとノエルの虜なのに」
イヴァンがそう言うと、レイシスと視線がかち合った。
ノエルの髪の毛と同じ銀色の瞳がじっとこちらを見つめていて、彼の目元がじわりと熱を孕んでいるのが分かってドッと大きく心臓が跳ねる。
『あの日』って、いつのことですか?
『虜』って、なんの話ですか?
聞きたいことは山ほどあるのに、そのどれもがノエルの口から出てくることはなかった。
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