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第5章
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しおりを挟む元々、平民以下の出身のオメガは見つけられにくい。
ロードメリアの法律では男爵以上の爵位を持つ貴族から生まれたオメガは保護対象であり、将来も約束されている。
ただ平民以下の場合はそもそも劣悪な環境で生まれることが多いため、すぐに誘拐されたりいなくなることが多く、王宮の人間が全てのオメガを瞬時に把握するには無理があるのだ。
それに、オメガは他国では高く売れるという黒い噂も聞いていたので、生活に困っている貧困層は自らオメガを差し出すのだという話も聞いたことがある。生まれてすぐに失踪する子供もいるのだと。
だから男爵以上の貴族のオメガに限定されているのだが、全てのオメガが『神の使い』として生きられるようにするために法律を変えようとしていたのは、25歳で亡くなったイヴァンだった。
「可愛らしい子でな……このまま何事もなく育ってほしいよ」
「そうですね……その子を連れてきたのは家族だったんですか?」
「それは分からないらしい。教会の前に置かれていたカゴの中に入っていたと」
「カゴの中……」
「自分の元では無理でも、教会なら守ってくれると思ったんだろう。ただ、教会は王宮の管理外だから私は思うように干渉できないんだけどな……」
ロードメリアの中で教会は王宮から管理されず独自管理のところが多い。レティネ教会も例外ではなく独自管理されているが、イヴァンは時々足を運んでいるのだとか。
レティネ教会は今はベータの大司教が管理しているが、オメガのための教会なので基本的に聖職者は時代によっては全員オメガであることも多い。神の使いである自分たちが王宮からの施しを受けるわけにはいかないという気高き精神が引き継がれていて、基本的に自給自足で補っているのだ。
その全員が平民以下の出身で過去に教会に預けられたオメガか、貴族階級で婚前交渉などの罪を犯し出家したオメガなどがいる場所だ。
『神の使いがいる神聖な場所』としてレティネ教会は独立しているのである。レティネ教会に保護され、聖職者になったオメガは外との関わりを一切断ち『神様と番』になり、祈りを捧げて過ごすのだ。
たとえ何年もオメガの王がいなくても、教会で祈りを捧げているオメガのおかげでロードメリアは豊かな国なのだと国民からは言われている。
「……平民や貧困層のオメガにも、生まれた時からの保護が必要だと思います。そして、しっかりした教育環境や未来の保証が必要かなと……」
「ノエル?」
「あ、すみません……出過ぎた真似を」
「いや、いい。続けてくれ」
イヴァンに意見するなんて生意気だと思われるだろうが、彼は先を促してくれた。こういう時に一番止めそうなレイシスでさえ興味深そうにノエルの話の続きを聞きたがっていて、ノエルは恐れ多くも話を続けた。
「教会に保護され、聖職者になるのは確かに立派な未来だと思います。オメガは神の使いと言われているから尚更……でも、神の使いと言うのなら、国を豊かにする存在だからそう言われるべきだと思うんです。平民以下の出身のオメガだからと言って教会の中で祈りを捧げて一生を終えるのではなく…ロードメリアは広い国です。やりたいことを、視野を、未来を広げてあげられるのはオメガに生まれた王子のイヴァン殿下ではないでしょうか」
これはあくまで、イヴァンが元々やり遂げたかったことを後押ししているだけだ。今回は彼を25歳でなんて死なせない。彼がこの国を安心して暮らせる豊かな国に変えるのを見届けるまで、ノエルも死ねない。
だからこそ、今から彼には行動してもらわないといけないのだ。
「ノエルの言う通りだな。私がオメガだからこそ、変えられる未来がある。ありがとう、ノエル!父上にかけあってみるよ」
「あ、殿下!」
「レイはこのままノエルを送ってあげてくれ!私はこの気持ちのまま、父上と話がしたいから!」
イヴァンは興奮したように頬を紅潮させ、目を輝かせながら慌てて庭園を出ていった。まるでうさぎのようにぴょんぴょん飛び跳ねて父である国王の元へ駆けていったので、あまりにも可愛らしい姿に呆気に取られてしまった。
「まさかあなたが、あのような発言をするとは思っていませんでした」
「自分でもあんなことを殿下に言うなんて、驚きです」
「ふはっ、それにしては堂々としてましたよ」
「もう、からかわないでください……」
てっきりイヴァンを追って行くかと思われたレイシスと庭園に残され、すっかり冷めてしまった紅茶は侍女が替えてくれた。そよそよと柔らかい風がノエルの髪の毛をくすぐって、隣にいるレイシスの笑い声も砂糖のように甘く聞こえる。
レイシスと二人きりでこんなに穏やかな時間を過ごしたのはいつぶりだろうか。いや、今までなかったように思う。
触れてもいないのに右肩にレイシスの体温を感じて、火傷をしそうなくらい熱い。何も話していない無言の空間が前みたいに気まずいわけではなく、なぜか心地よく感じた。
「自分勝手なお願いですが、殿下を支えてあげてください」
「俺がですか?」
「はい。僕に話せないことでも、あなたになら話せることもあるでしょうから。将来的には主従関係になる仲ですが、よき友人として側にいていただけたらと」
「……先日、殿下にも同じことを言われました。一番の味方でいてほしいって」
「そうですか。殿下が言うんですから、本気だと思います」
「はい……俺ができることなら、頑張ります」
「僕は、この国の中であなたを一番信頼しています、ノエル」
「え?」
隣にいるレイシスからそっと手を繋がられて、そのまま左手の甲に柔らかい唇が落とされた。
「ひぁっ!?」
「……本当は唇にしたいですが、ここではできないので。今度させてください」
そう言ってレイシスにふにふにと唇を弄ばれ、ノエルは顔を真っ赤にして後ずさった。
「なっ、こここ今度もなにも、こんぜんこうしょうはげんきんですって……!」
「キスくらい、婚前交渉のうちに入りませんよ。というか、そんなのを律儀に守っているのは国中探しても僕だけでしょうね」
「は!?」
「感謝してください、ノエル。レイシス・ブラウンは理解がある婚約者だと」
レイシスが今までに見たことがないほどいたずらっ子のような笑みを浮かべ、ノエルは王宮に響き渡るくらいの叫び声を上げた。
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