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第8章
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しおりを挟むルナはノエルの涙に触れることはなく、ヘッドマッサージを続けてくれた。
彼女は本当にノエルのことを分かっていて、聞いてほしいことは聞いてくれるし、触れてほしくないことは触れないでいてくれる。
ルナは本当にノエルの姉のような存在で、兄のようなジルベールとはまた違う感覚だ。彼女は本当に無条件でノエルの味方でいてくれるような、そんな安心感がある人なのだ。
「レイシス様とのご関係でお悩みですか?」
「え?あ、いや……」
「最近お二人の仲がいいように思えたので、安心していたんです」
「それは、そうかも……レイシス様が変わる努力をしてくれて…」
「このままお二人のご結婚まで変わらなければ、私がレイシス様をお叱りするところでした」
「あははっ、ルナが?それはちょっと見てみたかったかも」
「冗談です。そんなことをしたらノエル様の専属侍女としてついていけなくなりますもの」
鈴が転がるような笑い声につられてノエルも笑う。久しぶりに何も考えずに、心の底からただ安心して笑うことができたなと思えた。
「もしもどうしようもなくなって屋敷を出ないといけなくなったら、私の故郷へ参りましょう」
「ルナの故郷?」
「はい。とても田舎ですが、気候は安定していて暖かい場所です。私の実家は酪農を営んでいて、ノエル様の大好きなチーズはうちの実家のものなんですよ」
「え、そうだったのか!それは知らなかった」
「ですから、私の実家に逃げたら毎日チーズが食べ放題ですよ」
なんて言って笑わせてくれるルナの気遣いを、素直にありがたいなと思った。
それからルナに全身マッサージをしてもらい、美味しい食事を食べてその日はゆっくり就寝した。
その翌日、学園が休みだったのでイヴァンの様子を見るために朝から王宮を訪れたノエルだが、騎士団の詰め所に足を運んだ。
「ここここれはノエル様!」
「今日はどうしてこちらへ!?」
詰め所を訪れると、先日もノエルをもてなしてくれた騎士たちがわらわらと集まってきた。
「急に訪問してすみません。ジルベール騎士団長に用事があって……約束もなく来てしまったから、時間ができるまで待ちます」
「騎士団長はいま演習中なので、こちらでお待ちください!」
「俺たちが責任を持って騎士団長にノエル様がいらしたことをお伝えしますので!」
そう言って騎士たちはバタバタと詰め所を去っていった。
もちろん、ノエルに薄い紅茶とクッキーを準備していってから、だ。本当に律儀な人たちだなとノエルは小さく笑った。
「――ノエル!待たせてすまない!急に来るなんてどうしたんだ?」
演習後すぐに来てくれたのか、汗だくのジルベールが手の甲で汗を拭いながら詰め所へやってきた。
「一人で出歩いたらダメじゃないか……!こんなところをレイシスに見られたら何を言われるか……」
「そうなんだけど、ジルと二人きりで話したいことがあって……」
「俺と二人で?」
「できれば人払いをしてもらってから」
ノエルが通された部屋は詰め所の応接室。ジルベールが目配せすると他の騎士たちは出ていき、ドアの外にも人の気配がなくなった。
「それで、改めてどうしたんだ?」
「あー、えっと……これはすごく、真面目に聞いてるからはぐらかさないでほしいんだけど……」
「うん?」
「俺、ジルから嫌われてたり恨まれてたり、する……?」
「は……?」
突拍子のない話に驚いただろう。
ジルベールは予想外の質問に目を見開き、口元に手を当てて難しい顔をしていた。そんな顔をされるということは何か心当たりがあるのかも……そう思っていたのだが、次の瞬間ジルベールが困ったように笑った。
「誰に何を言われたか知らないけど、俺がノエルを嫌いなんてあり得ないだろ。俺がお前を恨むくらい、ノエルが何かしたって?何も心当たりがなさすぎて、思わず考え込んだよ」
「そ、そっか……」
「ちなみに言うと、今後も俺がノエルを恨むとか嫌いになることはない。可愛い弟になら何をされても許しちゃう性格だからな」
「ジル……」
ジルベールの言葉はきっと嘘ではなく本心だろう。
彼は裏表がない性格だから他の騎士たちにも慕われているし、騎士団長に抜擢されるほどの器なのだ。
もちろん未来でどうなるかは分からない。
でもノエルは、今の彼の言葉を信じたかった。
「ありがとう、ジル……その言葉、信じるよ」
「ああ。俺はいつだってノエルの味方だから、信じてくれ」
「じゃあ、ついでに聞きたいんだけど……」
「まだ何かあるのか?」
「殿下の気持ちを知ってる……?」
きっと、本当は聞いてはいけないことだ。お節介だと言われるだろうし、イヴァンの耳に入ったら怒られるかもしれない。
最初にイヴァンの好きな人の話を聞いた時にその相手に一度想いを伝えたと言っていたし、先日倒れた時はジルベールと最後にデートをしたかったのだと言っていた。
もしかしたらイヴァンが亡くなる理由が分かるかもしれないので、ジルベールの気持ちを聞いておきたかったのだ。
「……イヴァン殿下の気持ちは、分かってる。彼が11歳の頃、気持ちを伝えられたから」
「11歳の頃って……俺も参加したあのお茶会があった年?」
「そう。お茶会に参加したはいいけど、やはりどの人も嫌なのだと……」
「そうだったんだ……」
「ノエルとレイシスが運命の番だと分かったのも一つ、俺に気持ちを伝える要因になったらしい」
イヴァンは常々、ノエルとレイシスの関係を羨ましいと言っていた。彼が昨日目覚めた時は『ノエルとレイシスが幸せな結婚をするのを夢見ている』とも言われたのだ。
きっとイヴァンはジルベールと『運命の番』ならよかったのにと思ったのだろうし、自分の好きな人と結ばれたいと思うのは当然である。
一番近い友人である幼馴染のレイシスが運命の番と婚約者になったなら尚更、羨ましく思っただろう。
「どうして殿下の気持ちに応えられなかったの?」
「俺と殿下では、年齢が離れすぎてる」
「そんな、たったの5歳でしょ?離れすぎてるとは言わないよ……」
「……そうだな。それは言い訳かもしれない」
「どうして言い訳なんて……」
「俺だって、イヴァン殿下の想いには応えたい」
「え……!」
ということは、イヴァンとジルベールは両想いだったのだ。
でも二人は結ばれず、ジルベールが結婚したあとにイヴァンは亡くなった。もしかするとイヴァンは毒殺ではなく、毒による自殺だった――?
ジルベールの結婚に耐えられずに自殺するような人には思えないけれど、そういう可能性もあるのかもしれない。
「俺が殿下の想いに応えられないのは……俺が昔、婚約者を亡くしたからなんだ」
「うそ、そんなことが……?」
ジルベールに婚約者がいた話は初耳だ。
しかも亡くなっているとは――ノエルが知らないわけである。
イヴァンへの気持ちをただ確認したかっただけなのに、まさかジルベールの過去を知ることになるとは思いもしなかった。
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