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第10章
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しおりを挟むイヴァンの言葉に泣かされてしばらく経ったあと、テラスにはイヴァンと入れ違いでレイシスが訪れた。
今夜の主役がパーティーに背を向けて夜風に当たっているのは主役失格だけれど、レイシスは何も言わずに隣に立ち、そっと手を繋いでくれた。
「……あなたを泣かせたのは殿下ですか?」
「そうですけど、嬉し泣きなので何もしないでくださいよ?」
「さすがに幼馴染といっても、オメガの王子には何もしません」
「レイシス様ならしそうだから釘を刺したんです」
「ひどいイメージがついてますね…これも"プラス"に変えていかなくちゃな……」
まさかレイシスの隣が一番安心する場所になるとは思わなかった。
彼の低い声や甘い体温を感じるとホッとするので、ノエルの中で確実にレイシスへの評価が変わっている証拠だ。
あんなに同じ空間にいたくなかった人なのに、今では側にいると『守られている』と感じて安心するなんて。
「レイシス様はイヴァン殿下の好きな人、ご存知でしたか?」
「はい。昔、ジルベール騎士団長に振られたと泣きつかれたことがありました」
「そんなことがあったんですか」
「大変でしたよ。泣かれても僕にはどうしようもできないし……騎士団長はあなたのことが好きだから殿下を振ったのだと思ってました。だから勝手に敵対心を持っていたんです」
「だからジルに対してレイシス様も無愛想だったんですね」
「でも、あちらだって僕に対して敵対心剥き出しで突っかかってきてましたもん」
「レイシス様とジルは似たもの同士ってことです」
レイシスはジルベールがノエルを好きだと思っていたから敵対心があって、ジルベールはレイシスがノエルに対して酷い態度を取っていた婚約者だから牽制していて、お互いに敵対心があったのは間違いない。
蓋を開けてみれば二人ともノエルを想ってそうなっていたので、これからきっと仲良くなる可能性は十分にあるだろう。
というか、仲良くなってもらわないと困る。
ノエルとレイシス、イヴァンとジルベールはこれから先もきっと長い付き合いになるだろうから。
「ずっと聞きたかったことがあるんですけど……」
「なんですか?」
「"運命の真実"の執筆は止まってるんですか?」
「あー……」
あの事件が起こる前は一度書き始めた話は最後まで書き切ろうとしていたのだが、あの事件のあとから思うように書けなくなって執筆が止まっていた。
もちろん執筆をする気力がなかったというのもあるが、レイシスへの気持ちを淡く自覚してしまってから二人の話を紡げなくなったのだ。
「王子様の運命の番の騎士を新キャラで出したら書けるかもしれませんね」
「それは、解釈の仕方によっては"そういうこと"だと勘違いしますよ?」
「……どういう意味で、勘違いするんですか?」
いつもレイシスから意地悪されてばかりじゃ癪なので、挑発するように聞いてみた。
すると彼はチラリとノエルを見やって目を泳がせたあと、ぐいっと腰を引き寄せた。
「あなたが、殿下と僕の話を書けなくなった理由について、です」
腰を抱かれ、額を押し付けながらレイシスが小さく笑っている。
理由は分かっているくせにわざわざ聞いてきてノエルの口から言わせたいのだから、レイシスは本当に意地が悪い。
でも彼が言ってほしいことなのであればそうしてあげようかと、ノエルはレイシスの頬を優しく撫でた。
「たとえただの小説でも、イヴァン殿下とレイシス様を結婚させる話は書きたくなくなったんです」
「……その理由を、伺っても?」
この言葉を実際に口に出すのは初めてなので、ものすごく恥ずかしい。
レイシスが描いている『エーデ』の主人公であるオメガは運命の番のアルファに対して惜しみなく愛の言葉を囁いていた。それはオメガだけではなくアルファもだったし、なにより『エーデ』はレイシスの『願望』だと言っていた。
ノエルが考えるに、レイシスはノエルとの性行為が願望ではなく、あの二人のように愛し合うことが彼の本当の願望なのだと思う。
だからこそ、ノエルはレイシスの気持ちに応えたい。
運命の番として、彼ときちんと愛し合いたいとノエルは思うようになっていた。
「……レイシス様のことが、好きだからです」
「ノエル……」
「愛しているから、ダメなんです」
恥ずかしさのあまり小さな声でそう言うと、レイシスは瞳を真っ赤にさせてぎゅうっとノエルを抱きしめた。
体中の骨が折れてしまうのではというほど強く抱きしめられて、息をするのもままならない。
でもレイシスが抱きしめてくれる力の強さはこれまで何十年か分の言えなかった彼の気持ちのようで、ノエルは胸が締め付けられた。
ノエルの耳元でグスっと鼻をすするレイシスの声にノエルの瞳にもじわりと涙が浮かんで、レイシスの背中に腕を回す。
やっとノエルはレイシスと心が通じ合った気がした。
「……僕より先に死なないでください、ノエル」
「え?」
「僕はあなたがいないと生きていけないから、あなたに先立たれたら僕も後を追います。だから……」
もう二度と、僕の前からいなくならないで。
そう呟いたレイシスの声が、夜風に攫われた。
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