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第12章
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しおりを挟む妊娠が発覚したイヴァンの経過は順調で、王宮もお祝いムードが続いている。
ノエルもみんなと同様イヴァンとジルベールの第一子の妊娠をとても喜んだが、ある不安が渦巻いていた。
「("あの日"が、もう……)」
ノエルが気にしているのはイヴァンが毒殺される日がまだ過ぎていないということ。
前の人生でイヴァンの死もウィンターが茶葉に毒を混ぜたからだと本人が言っていた。
そのウィンターが今は牢屋に幽閉されているので大丈夫だと思うけれど、万が一ということがある。
毎日毎日イヴァンに出す茶葉や食材は厳重に保管されたものを使い、毎回毒味までしてもらっているのだ。
毒味はもともとノエルが侍従になる前もしていたことだが、ここ数年はより一層保管の仕方も厳しく行っているからか今のところ大事には至っていない。
ただ、イヴァンが死んだ日を過ぎないと安心できるものもできないので、ノエルはここ数日そわそわと忙しない気持ちを抑えることができなかった。
「フェリクス先生、お聞きしたいことがあるんですけど……」
ノエルは時間の合間を縫って薬師のフェリクスの元を訪れ、解毒薬のことを聞いてみることにした。
「俺が作った解毒薬なんですが、妊娠中の体に摂取させても胎児に影響はないものでしょうか……」
「ノエル様が解毒剤の開発をしていたのは、やはりイヴァン殿下のためだったんですね」
「今まで言っていませんでしたが、そうです。殿下の身に何か起こったとき、対処できるものがほしくて」
「そうなのかなと薄々感じていました。食材や茶葉、それに薬の保管方法が厳しくなったのはノエル様が王宮に来てからなので」
「言い回っていたずらにみなさんの不安を煽りたくなかったんです。でもバレていたなら意味がないですね」
「いえ、そんな……ノエル様が気になさるかと思い、レガルドの薬師に連絡を取りました」
「!」
やはりフェリクスとは阿吽の呼吸だ。ノエルが気にすることを分かっていて先に確認してくれていたのだから、やはり彼には頭が上がらない。
フェリクスは出会った頃から、医療についての知識がほとんどないノエルのつたない言葉や表現も上手く理解して、ノエルが知りたいことを教えてくれる天才だった。
今では遠くからレイシスがじとりとした視線を向けるくらいノエルとの相性がよく、家族や兄というよりは双子に近い気持ちを抱いていた。
そうは言っても、フェリクスのほうが何歳か年上なのだけれど。
「万物の病を治す薬草についてはレガルドでは昔から妊婦にも使用されていたようです。それはもちろん、男性のオメガに対しても。薬の服用で胎児に影響があったとか、何かしらの後遺症が残ったとか、そういう事例はないそうです」
「そうなんですね……!」
「ただ、新種の薬は解毒効果のある薬草と混ぜているので、そちらについての影響は未知だと言っていました」
「……そっか」
「どうなさいますか?ノエル様」
「え?」
「もしも殿下がご懐妊中に毒を飲まされた場合、ノエル様はどうなさいますか?」
残酷すぎるフェリクスの質問に、ノエルは俯いた。
その質問への回答を聞きたくてここにやってきたのに、逆に質問されて回答を求められるとは。
今までのノエルならイヴァンが助かるならなんでもしたと思うけれど、今は状況が前とは違う。彼のお腹には大事な大事な、次の王子の命が宿っているのだ。
そしてノエルも出産を経験している親なので、お腹の子供に何かあったらという不安も分かる。
子供ができたと分かって喜ぶ気持ちも、周りからの祝福も、プレッシャーも、全て経験してきた。
今のイヴァンはノエルが数年前に経験した道を順調に辿っていて、毎日幸せそうな彼の顔を見るとノエルも嬉しくなるのだ。
「……それでも俺は、殿下を死なせるわけには、いきません…」
「そうですね」
「もしどれだけ恨まれても、俺はきっと殿下を助けます」
解毒薬を飲ませなかったからイヴァンもお腹の子供も天国へ旅立ってしまう。
それならば二人とも助かるかもしれない方法を取らないと、ノエルだってきっと後悔する。
「万物の病を治す薬なので、きっと大丈夫です。誰かの命を奪うものにはなりませんよ」
「うん……」
「ノエル様がイヴァン殿下のことを思って作られた薬ですから、なおさら。神様はその愛情を裏切るような行為はいたしません」
フェリクスがそう言ってくれて、少し気持ちが和らいだ。
そうだ、きっと大丈夫。
それに主犯であるウィンターがいないのだから茶葉に毒が混ざるような事件自体、もう起こらないかもしれない。
何も悪いことは起こらないはずだと思いつつ、ノエルの心が落ち着くことはなかった。
「ノエル」
「あっ、れ、レイシス様」
「大丈夫ですか?こんなところでぼーっとして……」
フェリクスの元から戻る途中、薬草を育てているエリアの前で立ち止まってぼーっと薬草を眺めていると、レイシスが心配そうな顔をしてノエルの顔を覗きこんだ。
「すみません、考え事をしてました」
「護衛もつけず、こんなところでなんて無防備な……」
「う、すみません……」
レイシスはいまだに、ノエルが一人行動するのを嫌う。
ウィンターとの一件があってからずっと彼はノエルにも屋敷にも保護魔法をかける毎日で、王宮内でも護衛をつけないと出歩いては駄目だと怒るくらいなのだ。
フェリクスの元を訪れるときはこっそり一人で来ているのをレイシスも知っているけれど、ノエルが一人になれる時間だからと無理やり納得させたのだが、こんなところでぼーっと立っていると確かに何があるか分からないから怒られるのも当然である。
「レイシス様はフェリクスに用事ですか?」
「僕が薬師に用事があるように見えますか?」
「……いえ、見えませんね」
「あなたが突っ立ってたので心配になって来ただけです。今はレガルドの王子の訪問準備で忙しいんですよ」
「あ、そっか……」
「……ノエル。僕たちが"予知夢"を見たことは、誰にも言っていませんね?」
レイシスが見た『悪夢』と、ノエルが経験した『現実』のことは二人の間では『予知夢』と呼んでいる。
もちろんレイシスは悪夢が現実に起こったことで、ノエルが死んでから18歳の時代に戻ってきたことは知らない。
でもお互いに同じ『悪夢』を見ているというふうにノエルは話を合わせ、それが二人の中では予知夢かもしれないという話に収まっていた。
「もちろん、誰にも言ってません」
「僕とあなたの予知夢の中でイヴァン殿下に危機が迫るのは、レガルドの王子の訪問日です」
「……ですね」
「でも、きっと大丈夫ですから。あまり思い詰めないでくださいね」
ちなみに、レイシスはウィンターがノエルと同じように死んでから戻ってきた人物だと知らないので、イヴァンの毒殺がウィンターをはじめとする『ファントム』のせいだというのは知らないのだ。
その事情を話すとややこしくなってしまうと思ったので、ウィンターがそうしようと計画してたらしい、とノエルはレイシスに話をした。
いっそのこと打ち明けてしまったら楽なのだろうけれど、なんとなく、純粋な17歳のレイシスの相手が純粋な18歳のノエルではなかったのだと知られるのが怖かった。
彼に真実を打ち明けるよりも、ノエルは今の幸せを取ったのだ。
「殿下の部屋まで送りますから、行きましょう」
「はい、ありがとうございます」
薬草たちの前でぼーっとしていたノエルと手を繋いで歩いてくれるレイシスの背中を見ながら、これからもこの幸せが続くことを祈った。
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