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最終章
6
しおりを挟む花びらに攫われた視界がクリアになると、そこはブラウン家のいつもの寝室に戻ってきていた。
「……帰ってきてる」
「本当ですね。でもまだ安心できないので、ちょっと看守に連絡をとります」
レイシスがウィンターが牢屋に帰ってきているかどうかを確認するため、伝言魔法を使った。
前の人生のときに見たきりだった、光る狼が手紙を咥えて宙に溶けていった。
「体に違和感とかはないですか?」
「あ……今のところは大丈夫そうです。なくなっているものもないですし」
「それならよかったです……」
ノエルを引き寄せて頭を撫でられていると、今度は光るウサギが手紙を咥えて帰ってきた。
『ウィンター・ホワイトは消失したまま、行方不明です。ジルベール騎士団長率いる第一騎士団が捜索をしていますが、地下牢から出た形跡がないため捜索は困難のようです』
という男性の声が聞こえて、光る手紙がサラサラと宙に溶けた。
「とりあえず、ウィンターの捜索は打ち切られるまで続けてもらいましょう。国中探して見つからないのであれば死亡したものとみなし、捜索は打ち切られるでしょうから」
「そうですね……」
「あと、あなたがいなくなったことは誰にも伝えていません。具合が悪いと言って、誰も近づけないようにしていましたので……多分、一日も経っていないかなと。あなたとウィンターが関係していることは誰にも気づかれないと思います」
「色々とありがとうございました、レイシス様……」
姿勢を正して真っ直ぐレイシスを見つめながらそう言うと、彼にノエルの『中身』がバレていることを思い出して少し距離を取ってしまった。
ノエル自身、前の人生の自分と18歳の時の自分が別人だと考えたことはない。
ヴィオレタが言っていたようにノエルの魂はもともと一つだったので上手く混ざり合い、一人のノエルヴァレンタインとしてやってきたのは自分でも分かっている。
ただ、ノエルが『死んで戻ってきた』とレイシスに知られたら、彼の悪夢が本当だったことを示唆してしまうので嫌だったのだ。
確かにあの時のことは最悪だったし、謝罪してほしいし、反省してほしい。
でも実際にそうだったと本人が知るのは、なんだかとても気まずく思えたのだ。
それが気に入らなかったのかレイシスは拗ねたような顔をして、ぐっと距離を詰めてきた。
「避けないでください。気まずいな、とか思っているんでしょうけど」
「そ、それが分かってるなら……!」
「だから、なんですか。どう転がっても、あなたは僕のノエル・ヴァレンタインなんですよ。それ以上も以下もありません。ただ"前の31歳"のあなたに、心からの謝罪をしたいです。"僕"の謝罪で意味があるかどうか、分かりませんが……」
ノエルの両手を握ってレイシスは自分の額に当て、深く頭を下げる。
小さく震えているレイシスはきっと今まで話をして、こんなふうに謝りたかったのかもしれない。それが彼の瞳から零れ落ちる涙で分かって、ノエルはぎゅっと胸を締め付けられた。
「レイシス様は……俺とは違いますよね?」
「え?」
「"死んで戻ってきたレイシス様"ではないですよね……?」
そう聞くと彼はふっと小さく笑い、首を横に振った。
レイシスの変わりようから、本当は彼もあの時に死んで戻ってきたのかと思ったのだが、やはりそんなことはないらしい。
でも、それならそれでレイシスはかなり努力してくれたと実感する。
ウィンターの悪夢や呪いに打ち勝つために、これまで努力してノエルを大切にしてきてくれた。
今のレイシスにはお礼が言いたいが、前のレイシスにはノエル自身も謝罪したい。
一人にして、申し訳なかったと。
「……俺たちは、お互いに悪いところがありました。でもレイシス様は変わってくれましたし、前の時はウィンターのせいでしたから。全てをウィンターのせいにするわけではないですけど、今の俺たちならもう、大丈夫です。俺も死んで戻ってきたことを黙って、レイシス様を騙していましたし……」
「騙されたなんて思ってません。あなたが戻ってきてくれたから……僕は大切なものがたくさん増えました。あなたがいてくれたから、僕は誰かを愛して、愛される喜びを知ったんです」
涙で赤く染まるレイシスの目元を撫でて、ノエルはゆっくりと彼に口付ける。
そのままレイシスに引き寄せられ、ぽふりとベッドに押し倒される。一度唇が離れてしまったので目で追うと、レイシスが小さく笑って再び口付けてくれた。
そしてぎゅうっと体を抱きしめられるとレイシスの体温を感じて、帰ってきたことを実感できた。
「……どうして、妖精王のことを一人で調べようと思ったんですか?ステラとか、それこそイヴァン殿下に聞いたらよかったのに」
「誰の力も借りず、僕の力であなたを救いたかったんです。あなたはこれまで、一人でたくさん頑張ってきたでしょうから……まあ結局は、妖精王の力を借りないと無理な話でしたが」
ノエルを抱きしめながらレイシスは苦笑して、ノエルの頭に優しく口付ける。
『一人でたくさん頑張ってきた』
この言葉をレイシスから言われて、ノエルの瞳からぶわりと涙が溢れだす。
誰にも理解されない『戻ってきた辛さ』がやっと報われた気がして、ノエルはレイシスの胸元に顔を埋めてぐすっと鼻を啜った。
「……愛してるんです、レイシス様……っ」
彼にぎゅっと抱きつきながら愛してると伝えると、レイシスの心臓が大きく跳ねたのが伝わってくる。
レイシスの鼓動を肌で感じて『生きている』かと思うと、この命がある限り彼と共に歩んでいきたいと改めて思ったのだ。
「僕も愛してます、ノエル。僕の人生で、あなたが最初で最後の運命の人です……死んだあとに運命だと言われても、でしょうけど」
死んだあとに運命だと言われても、遅すぎると思っていた。
でも実際は死んだあとでもいいから、伝えることは大切なのだと二度目の人生を与えられて気がついたのだ。
その気づきも遅かったと思うけれど、きっと自分たちには必要な時間だったのだろう。
後悔したことも多いけれど得たもののほうが多かったように思う。
全てが終わったから言えることだがウィンターのおかげで新しい人生のチャンスを与えられて、上手くいくように神様から守られたのかもしれないけれど、ノエルもノエルなりに頑張ってきたからこそ、今があるのだ。
「……本当に、遅すぎます!」
泣きながらぽかぽかとレイシスを叩くノエルの手を取って、どさりと二人はベッドに沈む。
ノエルの頬を包み込みながらキスの雨を降らせるレイシスはくすくす笑っていて、不覚にもそんな彼の笑った顔にきゅうっと胸が締め付けられた。
――だって、愛してる人が笑っていると、幸せになるのだ。
「ノエル」
「はい?」
「僕より先に、死なないでくださいね」
「ふふ……はい、分かりました」
「絶対ですよ。僕はあなたがいない世界で生きられないですから。あんな悪夢はもうこりごりです」
「……愛が重いですよね、レイシス様って」
「嫌いですか?」
こつん、額を合わせて甘えるようにレイシスが見つめてくる。
そしてノエルは微笑みながら彼の頬を撫で、ぐりぐりと額を押し付けた。
「嫌いじゃないから一緒にいるんです。俺の、運命の番のアルファ……大好きです、レイシス。これからもずっと愛してる」
素直な愛を伝えると、レイシスはノエルの記憶の中で一番、幸せそうな顔で微笑んだ。
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