【完結】君を上手に振る方法

社菘

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2.夏

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「それくらいかな~。1週間は勉強とゲーム三昧! その他は好きにしてよし!」
「先輩、あの……」
「ん?」
「キス、したくなりました……」

 道の真ん中で立ち止まってしまった僕を振り返った先輩の顔は、暑さだけではない熱を含んでいる。そうして初めて、先輩の首筋に汗が伝うのが見えた。たったそれだけのことなのに誘われている気分になるのは、きっと暑さのせいだ。

 バスケの試合にフルで出た後だし、ちょっと頭の回転がおかしくなってるだけで――

「こ、こんなとこで、言われても……!」

 首筋に流れる汗を手の甲で拭いながら、先輩は真っ赤になった顔を隠すように俯いた。そんな仕草にでさえドキッとしてしまって、今までの人生で感じたことのない感情が腹の底から湧き上がってくる。思わず手を繋ごうと思って伸ばした手はするりと避けられ、逆に先輩からぐっと腕を掴まれた。

「家、こっちだから」
「先輩待ってください、足もつれそう……!」
「でもでも、宇佐美くんのせいじゃん!」

 高校生が二人、フラペチーノを持ったまま手を繋いで全力疾走しているのだから、はたから見たら変な二人組だろう。その実、キスが待ちきれなくて家路を急いでいるだなんて、すれ違う人は誰も想像していないと思う。

「宇佐美くん、宇佐美くん……っ! キス、キスして、はやく……!」
「待って先輩、僕が言い出したことだけど、ちょっと待って、飲み物こぼれる……っ」
「だめ、してくれないとやだ……恵……」

 初めて訪れる家で靴も脱がずに玄関のドアを開けてすぐ、先輩から抱き着かれた。たった今まで外にいたし走ってきたので、二人分の体温も相まってすごく熱く、肌が触れているところから溶けそうになっている。

 フラペチーノだけは落とさないように頑張っているけれど、スクールバッグは二人とも玄関を入ってすぐに地べたに落とした。

 先輩は大きな瞳をうるうるさせ、僕の首に腕を回してキスをねだられる。先輩が持ったままのフラペチーノの容器からポタリと水滴が零れ落ち、僕のうなじを濡らす。それが合図かのように僕は先輩に吸い寄せられ、熱い唇を重ねた。

「ん……っ」
「ふ、は……」
「宇佐美くん、あ、あつ、あつい……っ」

 熱さのせいで唇も溶けてなくなってしまいそうだ。

 恋人である前に学校の先輩である先輩の家に来て、家族が旅行でいない間に玄関先でこんなことをしているだなんて先輩の両親に知られたら出禁になるだろう。

 でも許してほしいのは、二人とも健全な男子高校生なのだ。ただの先輩後輩ではなく『恋人』なのであって、それなりに『そういうこと』だって考えてしまうのは許してほしいところである。

「せんぱ……たりな、たりない、です」
「ちょ、ごめ、待って……力が入らない、から…飲み物おちる……」

 息継ぎのために一度唇を離すと、二人を繋いでいた透明な糸がぷつりと切れる。僕のうなじは飲み物の容器から滴る水分でぐちゃぐちゃに濡れていて、もう中身も僕の熱でぬるくなっているだろう。

 炎天下の中に全力疾走したこともあってか先輩の頬は上気していて、吐く息は火傷しそうなほど熱い。

 どうしよう、これ。
 止まれない、かも……。

「んな~」
「うぁっ!?」

 まだ息を整えている最中の先輩の唇を奪おうと思ったら、すぐ近くで猫の鳴き声がしてびくっと肩を震わせた。その拍子にフラペチーノの容器を落とすところだったのだが、これは寸前で大惨事を免れた。

「こ、虎徹くん!」
「虎徹って、あ、先輩の愛猫ですね……!」

 先輩が自分のアイコンにも設定している、くりくりした大きな目が印象的な猫の虎徹くん。そうか、先輩以外の家族は旅行でいないと言ってもさすがに愛猫は一緒に留守番だよなと、僕は虎徹くんにじっと見つめられながら苦笑した。

 でもこの子が鳴かなかったらまた先輩の唇を塞いでいたと思うので、正直助かったとホッと息を吐いた。

「あー……っと、上がって、宇佐美くん」
「は、はい! お邪魔します!」
「虎徹くん、宇佐美くんに初めましてってしてね」

 先輩が声をかけても相変わらず虎徹くんからじっと見つめられ、何だか気まずくて僕は目を逸らす。たとえ猫だとしても先ほどのキスシーンを見られていたかもしれないと思うと、少しばかり恥ずかしさが込み上げてきた。

「普段はあんまり鳴かないんだけど、威嚇してるわけじゃないから。ごめんね」
「いえ、全然! うちの犬も甘える時とかに鳴くので」
「そうだ、宇佐美くんの家にはかっこいいドーベルマンがいるんだったよね。今度虎徹くんと会わせたいな~」
「うちの子は体は大きいんですけどまだほぼ赤ちゃんで、甘えたい盛りで勢いがすごくて……虎徹くんが受け入れてくれますかね?」
「どうだろ。なんせ塩対応だからな、うちの子。でも多分、動物同士なら分かり合えるでしょ」

 正直、未だにキスのあとはどんな態度でいたらいいのか分からないから、少し気まずい。でも先輩のほうがいつも通り接してくれて、僕も同じように落ち着いて話すことができるのだ。だからやっぱり、先輩は年上だなと思う。

「先輩のお家って、大きいですね……」
「そうでもないよ。あー、でも弟が寮に入ってるからその分は大きく……っていうか、広く感じるかも」
「へぇ、弟さんが寮に……」
「そういえば、宇佐美くんと同い年だよ。妹はおれの1個下で、宇佐美くんの1個上になるね」
「妹さんもいるんですか!」
「うん。実はおれ、一番上のお兄ちゃんなの。宇佐美くんは?」
「うちは兄が……そういえば、春陽先輩と同い年です」
「そうなの? それってすごい偶然じゃない? 運命感じるな~」

 その運命は、僕に? それとも兄に?

 なんて、子供っぽいことは聞かなかった。だってもしそう聞いて『宇佐美くんのお兄さんに運命を感じた』なんて言われたら、たまったものじゃない。実の兄は先輩のことを知らないけれど、たったそれだけのことでも嫉妬してしまう自覚があるのだ。

「寝る場所なんだけど床でいいならリビングに雑魚寝か、俺の部屋に布団敷くかなんだけど、どっちがいい?」

 2階にある先輩の部屋に通された僕は、それはもう、話が耳に入っていないほど緊張していた。なんせ部屋の中は先輩の匂いでいっぱいで、彼の趣味なのかおしゃれなバンドのポスターやレトロなレコードが飾られており、あまりにも先輩の『生活』をダイレクトに感じてしまう。

 普段は学校で会うだけで休日に会ったことなんかないし、普通の恋人のようにデートだってしてこなかった。

 それなのに、いきなり家に泊まりにくるのはやっぱりハードルが高すぎたかもしれない――そう思っても、来てしまったものは仕方がないのだけれど。

「宇佐美くん? どーした?」
「いえっ、すみま、すみません!」
「……緊張してる?」
「しっ、し、してます……」
「あはっ、正直者だぁ。そうだよね。俺たち、学校の外で会ったことなかったもんね」
「やっぱりいきなり、ハードルが高かったかもと思い始めてきて……」
「へぇ、さっき玄関で熱烈なキスしてた人の言葉とは思えないな~」
「ちょ、先輩!」

 先輩の部屋の床に座って緊張していた僕は、先輩に顎の下をするっと撫でられる。先輩の挑発的な瞳がこちらをじっと見つめていて、彼の細い指はテーブルに置いたフラペチーノのカップをぴんっと弾いた。

「飲み物、ぬるくなっちゃったね」
「ぬ、ぬるくても飲めるので大丈夫ですっ」
「ふふ。俺たち、夢中になっちゃったもんね……玄関で」
「……っ」

 ちょんちょん、僕の腕を控えめにつつく先輩がいたずらっぽく笑う。

 あ、この顔は何かよからぬことを考えている顔だ。伊達に3ヶ月も4ヶ月も無意味にほぼ毎日会っていたわけじゃないからか、先輩の表情で少しは考えていることが分かってきた。まぁ、幼馴染の志鶴先輩には到底勝てないだろうけれど。

「ルール3個目、できちゃった」
「な、なんですか……?」
「うちにいる間は、好きな時にキスしていいよ」

 そう言って、先輩の柔らかい唇が重なった。


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