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2.夏
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しおりを挟む志鶴先輩にバレてからというものの、春陽先輩の家に突然やってくる志鶴先輩に僕は監視されていた。でもそのおかげで、隙があればキスをするなんていう堕落した生活にならなかっただけマシかもしれない。
1週間で課題は綺麗さっぱり終わってしまったし、『信頼度が足りない』なんて言っていた協力ゲームも、最終日に無事にエンディングを迎えた。
今までバトルゲームばかりしてきたけれど、たまにはハートフルなゲームをするのもいいものだ。先輩のおかげでまた世界が広がった気がする。
主人公の二人は男女だったのもあり物語の終わりはもちろん、真実の愛のキスだった。
「やっぱり真実の愛のキスっていうのは重要なんだなぁ。ね、宇佐美くん」
「………ですね」
先輩に向けて『真実の愛のキス』をしようと顔を近づけると、彼はきゅっと目を瞑る。ゲームの主人公がしていたように先輩の頬に手を添えて、もう片方の腕で抱き寄せながら優しく唇を重ねた。
「宇佐美くん……」
「なんですか?」
「あのさ、今日でもう終わりだし……これから一緒に海に行かない?」
「え、海? 泳ぐんですか?」
「ううん、見に行くだけ! 穴場があるんだよね。補導される時間までに帰ってくればいいし」
「い、行く! 行きたいですっ」
先輩の突然の提案に驚いたけれど、この夜が明けたらもう家に帰らないといけない。1週間毎日この家で会って、キスをして、一緒に食事をして、課題をして、ゲームをして。それだけでもすごく楽しかったけれど、最後に先輩ともっと夏らしい思い出を残すのもいいなと思ったのだ。
いつもの僕なら夕方に差し掛かるこんな時間から出かけるなんて面倒くさい、と思っていただろうけど、好きな人からの言葉というものはすごいもので。
電車を乗り継いで行くらしい海にでも、先輩と一緒なら楽しそうだなと思えた。好きな人からの影響というのはすごいのだなと本当に実感する。
なんせ僕の両親や兄でさえ、赤点なしの期末テストに『お前、本当にうちの恵か!?』と驚いていたくらいだ。しかもその息子が先輩の家に夏休み中泊まりたいと言うなんて、今までの僕を見てきた家族からしたら本当に驚きだっただろう。
「海はこの先なんだけど、途中でこんなにヒマワリが咲いてるなんて知らなかった!」
「わぁ、すごいヒマワリ畑ですね……!」
海に行くまでの道のりに、一面黄色のカーペットが敷かれているようなヒマワリ畑に遭遇した。先輩は前にもこの先の海を訪れたことがあるらしいが、ヒマワリ畑があるのは知らなかったらしい。最近では行政が花を植えているプロジェクトなどもあるらしいので、そういうものの一環かもしれない。
「俺、花のなかでもヒマワリが一番好きなんだよね」
「なんでですか?」
「んー、自分を花に例えるならヒマワリかなと思ってて」
「めちゃくちゃぽいですね……ハッ、もしかして8月生まれとか?」
「ぶっぶー。12月25日だよ、誕生日は」
「冬生まれっぽくないですね」
「どういう意味?」
「悪い意味じゃなくて! ヒマワリみたいに明るくて周りを照らす太陽みたいな人だから、夏生まれっぽいイメージがあったんです」
「ふふ、なるほどね」
先輩が笑えば、周りの人も自然と笑顔になる。彼が明るいと周りも明るくなる。先輩が自己分析している通り、彼は本当にヒマワリのように明るく前向きで、太陽のような人だと思うのだ。
「宇佐美くんは? 好きな花とか……ないか」
「決めつけないで下さいよ。まぁ、あんまり興味はないですけど……。あ、でも自分の誕生花は知ってます」
「どんな花?」
「マーガレットです。小さい花ですけど」
「あの可愛いやつね。誕生日いつなの?」
「9月3日です」
「え! 来月じゃん。あっぶな、ヒマワリからその話になってよかった~」
プレゼントはいらないけど、先輩と一緒に過ごせたらいいな、なんて。さすがにそんなことを言う勇気はないので、言えなかったけれど。
「あ、ちょうど夕陽が沈みそうだね」
ヒマワリ畑を過ぎて到着した海は、本当に人がいない穴場だった。海岸から離れた防波堤に陣取って釣りをしている老人が一人いるくらいで、別に汚い海というわけでもないのに人がいないのは不思議だ。
「ここ、満潮になる時間が早いんだよね。だからこのくらいの時間には誰もいないの」
「へぇ……春陽先輩はよく来るんですか?」
「うん。夕陽が好きだから、写真撮りにきたりとか」
「あ、もしかして部屋に飾ってある写真って……」
「そうそう、俺が撮ったやつ。結構上手いでしょ?」
「普通に、写真家さんが撮った写真だと思ってました」
「へへ、嬉しい」
砂浜に降りるための階段下まで波が迫っていて、オレンジ色の夕陽がどんどん沈んでいく。先輩は履いていたサンダルを脱いで階段に置き、ぱちゃ、と音を立てながら小さく波が立つ潮の中に足をつけた。元々短パンを履いていたので、細い脚が透明の潮で濡れていく。夕陽が当たって先輩の体がキラキラに光っているようで、透き通って見えるのは気のせいだろうか。
「転ばないように気を付けて、春陽先輩」
「ふふ、大丈夫だよ。宇佐美くんも入ろう? 気持ちいいよ」
そう言って先輩が腕を伸ばしてくれて、僕はジーンズの裾を折り曲げてから先輩の手を握って同じように脚をつけた。
「うわ、つめた……っ!」
「もう日が沈むからかもね」
「今年初の海です。やっぱり気持ちいい」
「泳げたら一番よかったけど、あんまり時間がなかったから」
「うちの両親がもう少し寛容だったらよかったんですけど……」
「泊まるのはもうダメだろうけど、夏休みはまだあるんだし……今度普通にデートしに来よう」
「で、でーと……!」
自分たちの関係は『恋人のフリ』なのに、お互いにキスだけが上手くなってしまった。
こういうのって何て言うんだろう。キスフレンド、的な?
一度もデートをしたことがないけれど、キスは上手い。休日に会ったこともないのに、一週間家に泊まった。
こんなによく分からない関係は嫌だと思う自分もいるし、この関係のままじゃないと先輩が遠くに行ってしまうと思っている自分もいる。
僕だけが先輩に『恋』をしているという事実が、胸に突き刺さった。
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