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2.夏
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しおりを挟む「おれたち、今までどうしてデートしなかったんだろ? 付き合った経験がなかったから、デートするって発想にならなくてごめんね。普通気付くだろうにさ。付き合ってるリアリティを追求するためにキスだけしてたって、バカみたいだよねぇ」
変だよね、と笑う先輩の笑顔にきゅうっと胸が締め付けられて、僕は先輩の手を握りしめた。夕陽のせいか照れているのか分からないけれど、先輩は顔をほんのり赤くして繋いだ手がもっと強く握りしめられる。ちらりと先輩を見ると僕の視線に気が付いた彼が顔をこちらを見て、まるで絵や写真のように綺麗な笑顔を見せてくれたんだ。
「綺麗ですね……」
「夕陽って綺麗だよね。気に入った?」
「あ、いや……うん、そうですね」
本当は先輩のことが綺麗だという意味だったのだが、そんな彼が夕陽を見ながら顔を輝かせているので、僕は言葉を飲み込んで同調した。
先輩が感動するのも分かるくらい、今まで見たどんな夕陽よりも綺麗だった。今までまじまじと日の入りを見たことがなかったので、1日の終わりは意外とこんなに幻想的なんだな、と感嘆のため息を漏らした。しかもそんな綺麗な景色を先輩と一緒に見られるなんて、これ以上ない幸福だとさえ思ったのだ。
「夕陽が沈むところをちゃんと見たことがなかったので、めちゃくちゃ感動してます」
「そっか! 宇佐美くんと一緒に来られてよかった。最終日にゲームがクリアできたら誘おうと思っててさ」
「もしかしてこの前、志鶴先輩が来たときに言いかけたのはこのことですか?」
「あー、うん、そうだよ。この海のこと、志鶴先輩にも話してないし誰とも一緒に来たことないからさ。宇佐美くんだけ、特別に教えたくて」
そう言って笑う先輩の顔から、オレンジ色の光がふっと消える。完全に日が沈んでしまった辺りは薄暗くなり、防波堤で釣りをしていた老人もいつの間にかいなくなっていた。
完全に暗くなる前にと先輩と僕は潮が満ちていない階段の上に移動して、サンダルを履いて濡れた脚が自然と乾くのを待つ。薄暗くなったこの場所には波の音だけが響いていて耳を傾けていると、ふと僕の小指がきゅっと握られた。
「家に線香花火があったから持ってきたんだけど、帰る前にやらない?」
「線香花火?」
「家に合ったから持って来た」
オタクの夏は引きこもるのが当たり前なので、花火自体も久しぶりだ。ド派手な花火ではなくて控えめな線香花火のほうが元々好きだったから、先輩と海辺で花火ができるなんて綺麗な思い出になるだろう。
「……あっ、落ちた!」
「やっぱり線香花火って難しいよね~」
「こんなにすぐ落ちるなんて……」
「俺も最後までいったことないよ」
子供の頃は派手な花火が好きだったけれど、ちょっと大人っぽい風情のある小さい花火の良さが分かるくらい、自分も少しは成長しているらしい。それぞれ最後の一本に火をつけて楽しんでいると、二人とも同じタイミングで落下した。
そうして訪れた静寂と暗闇は気まずいものではなく、余韻を楽しむ居心地のいいものに感じる。何だか、日本人がこういう花火を作る理由が分かる気がした。そして、先輩がなぜこの花火を持ってきたのかも。
辺りが暗くなったあと先輩の後頭部に手を回し、ゆっくりと彼を引き寄せる。まるでこうなることが分かっていたかのように先輩は目を瞑って、薄く唇を開いて僕を迎え入れた。
「……僕を家に誘ってくれて、ありがとうございます。きっと一生、この夏を忘れません」
唇を離したあと、先輩の細い指が僕の唇を撫でる。はぁ、と甘い息を吐く先輩の大きな瞳が潤んでいて、彼の顔はどこか切なそうだった。
「俺も、きっと一生、忘れない……」
一緒にいてくれてありがとう。
先輩がそう呟いて、二人の甘い1週間は幕を閉じた。
◆
「明日もう、この家からいなくなっちゃうなんて、さみしいなぁ…」
部屋の床に敷いた布団ですやすやと眠っている、2歳年下の可愛い後輩。口を開けて、安心しきった様子で眠っている宇佐美くんの髪の毛をベッドの上から優しく撫でた。
「俺、あの日、本当は……海に誘いたかったわけじゃなくて、他に言いたいことがあったんだよ。あのゲームが終わったら、俺たちもさ…キス以上のこと、したくなるかなって……。志鶴が来てそれを伝える勇気がなくなっちゃった。だって、もしかしたら宇佐美くんはそういうことは考えてなかったかもしれないから、俺ばっかり気持ちが急いてるのかもって、嫌われたらと思うと怖くて言えなかった……。でも、いいよね。俺たち、これからもずっと一緒にいられるよね? だから、ゆっくり進んでもいい、よね……? 俺、宇佐美くんのこと……宇佐美くんのことが、」
月明かりに反射してキラキラと光っている宇佐美くんの白い肌が眩しくて、目を閉じた。
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