報われない恋の育て方

さかき原枝都は

文字の大きさ
61 / 69

第60話 季節が変わるその時期に ACT6

しおりを挟む
夢を見た。
なんだかとても現実じみた夢だった。小さくてかわいい女の子。

その子が僕に手を差し伸べてこう言った。

「あなたは私のお婿さんになる人なんだよ」

でもその子の姿はぼやけていてよく見えない。
「うん」とうなずいた自分になんの違和感もなかった。

まだ幼いころの僕の姿、そんなものは見る必要もないと思うが、でも、その姿は違うものであるかのように思うた。違うものって……。
人じゃないっていうことなのか? いや違う。
僕自身が思っていた幼き姿とは違うということだ。

じゃぁ、いったいこの子は誰なんんだ? でも自分であることは間違いないようだ。
そして、僕らは幼いキスを交わしたんだ。
それから、その夢は真っ白な霧に覆われた。

不思議な夢。そんな感じがした。
でもあの少女は誰なんだろう。ものすごく現実味のある夢だっただけに、その少女のことが気になる。

ふと時計を見ると7時半だった。
「やべぇ!! 寝過ごした」
やらかしたいつもは6時少し前には起きていたのに。

急いでリビングに行くとキッチンにミリッツアさんの姿があった。
「すみません。寝坊しました」
「あら、おはよう。いいのよ、でも珍しいわね結城が寝坊するなんて」
朝食の支度をしながら、にっこりとほほ笑んでミリッツアさんは言う。
そして目をきらっとさせて
「そうそう、ねぇ―結城。ちょっと聞いたんだけど、彼女出来たんだって?」
「えっ!」
「なによぉ―、とぼけなくたっていいじゃない。エミーから聞いたわよ」

「ま、まぁ―、何と言うかその」
「良かったじゃない。美人さんなんだって、今度連れてきなさいよ。私達にも紹介してほしいなぁ――」

「ええ、まぁ―。そ、そうですね。僕コーヒー淹れます」
「ま、照れちゃって。可愛い。お願いね」

正樹さんたちが厨房から上がってくるのにまだ余裕があった。
ちょっと迷ったけど、ギリギリ間に合う。寝坊したから珈琲だけでもと思い、ドリップすることにした。
急ぐ必要はない。落ち着いていつも通りに。
沸いた湯をドリッパーの豆の中に静に注ぐと、香ばしく甘い香りが立ち込める。

その香りを感じながら鼻歌を漏らし、バケットを切るミリッツアさんのその姿を見た時、ドキッとした。
あの夢に出てきた少女。ぼやけた少女と今、目の前にいるミリッツアさんの姿がなぜか一致したように見えたからだ。

まさか……。いくら何でもそれは違うだろ。
まだ寝ぼけているのか?

「ん、どうしたの?」ミリッツアさんが問いかけてきた。
「あ、いや、何でも」
「そぉ、でもいい香りよね。やっぱりこうして淹れる珈琲って香りが違う。フランスにいたころ、よく太芽が珈琲淹れてくれたなぁ。なんだか懐かしい。……」
彼女の手が止まった。そして、瞼から流れ落ちる一筋の涙。

「ミリッツアさん」
「ごめんねぇ。やだなぁ―、最近ものすごく涙もろくなちゃって。思い出しちゃった」
そしてすっと顔を上げ「うん。大丈夫」と言い、またバケットを切りだす。

その時、正樹さんと葵さんが厨房からやってきて。
「お、いい香りだな」正樹さんがそう言うと「そうだね」とミリッツアさんが答えた。

その彼女の表情に気づきながらも、政樹さんは「一杯先にもらってもいいかな結城」と言う。
「はい」ちょうど淹れ終わったドリッパーを外し、ポットの中の珈琲をカップに注いだ。
正樹さんの前にその珈琲を置くと、彼は静かに口にして「思い出していたんだろ」と彼女に言った。

「あはは、ばれちゃった。……ちょっとね」
ミリッツアさんは、はにかみながら答えた。

「まったく親子そろって罪づくりな奴だな。お前らは」
お前ら、そう言った。それは僕と父さんのことを言っているんだとすぐに分かった。

そして、政樹さんはニヤリとしながら
「そう言えば結城。お前、彼女出来たんだってな」
「へっ!」
今度は正樹さんですか?


その隣で葵さんが「くっっ」と笑っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】【百合論争】こんなの百合って認めない!

千鶴田ルト
ライト文芸
百合同人作家の茜音と、百合研究学生の悠乃はSNS上で百合の定義に関する論争を繰り広げる。やがてその議論はオフ会に持ち越される。そして、そこで起こったこととは…!? 百合に人生を賭けた二人が、ぶつかり合い、話し合い、惹かれ合う。百合とは何か。友情とは。恋愛とは。 すべての百合好きに捧げる、論争系百合コメディ!

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

処理中です...