婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜

雨沢雫

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case1.断罪された女

case1ー9.埠頭にて(2)

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 エレノアの発言に、その場にいた全員が目を見開く。そして真っ先にキャサリンが口を開いた。

「殺害……? 殺害ですって……?! あんた、なんてことを!!」

 背中から非難を浴びせられたアメリは、カッとなったように声を荒げる。

「馬鹿馬鹿しい! 一体何の根拠があってそんなことを? 証拠でもあるのかしら? 侮辱にも程があるわ! ただの商人が図に乗らないで頂戴!!」

 大声で叫んだ彼女は、ハァハァと肩で荒く息をしている。対するエレノアは、ただ静かに、しかしよく通る声で彼女に問いかけた。

「アメリ嬢。最近あなたの家に、メアリーというメイドが新しく来たでしょう?」

「それが何?!」

「その女は、メアリーというメイドは、私なのですよ」

「なん……ですって……?!」

 目を大きく見開いたアメリは、驚愕の表情を浮かべたまま固まった。


 ――遡ること約三週間前、双子と調査結果を共有した数日後。

 エレノアはメアリーというメイドに扮してレイクロフト伯爵家へと潜入した。

 伯爵家にメイドの欠員が出たのは偶然ではない。エレノアが伯爵家のメイドの一人を破格の金額で引き抜き、別の貴族家へと移したのだ。

 その空いた枠に滑り込んだエレノアは、メイドとして伯爵家をくまなく調べ上げ、アメリの周辺を洗った。

 そして、それと並行してウィラードやキャサリンに接触し、婚約破棄代行の依頼をこなしていた。一日に複数の役をこなす日々が続き流石に苦労したものの、得られた情報は大きかった。

「あなたの部屋にある金庫の中身を見て驚きましたよ。あなたは随分と薬学に精通しておられるようだ。まさかあれほど多種多様な毒物が取り揃えられているとは。それも、死んでも毒殺だとわからない毒ばかりが、ね」

「あなた……どうやって……金庫を……」

 そうつぶやくアメリの顔が段々と青白くなっていく。そして、その表情は次第に険しく歪んでいった。

 エレノアにとって、ただの金庫など蓋の開いた箱に等しい。鍵を開け中を確認することなど造作もないことだった。

 メアリーの「部屋を掃除していたら小瓶が落ちていた」という話はもちろん嘘である。エレノア自身が金庫に入っていた瓶の中から使用痕跡のある小瓶を抜き取り、わざとアメリに見せたのだ。彼女の反応を見るために。

「今日、メアリーがあなたに粉の入った小瓶を手渡した時、ご自分が何と仰ったか覚えていますか?」

 アメリからの返事はなかった。ずっとエレノアを見据えていた彼女の視線は、今は宙をさまよい続けている。エレノアももちろん彼女からの返事を期待しているわけではなかった。

「あの粉は、ウィラード卿のために特別に作ったもので、とてもいい香りがするからお菓子やお茶の隠し味に入れている。あなたはそう仰った」

 ほんの数時間前の会話だ。アメリが覚えていないはずがない。彼女は一介のメイドに小瓶の中身がわかるはずもないと油断したのだろう。それが確かな証言になるとは思いもせずに。

「あの小瓶の中身はピオニータケというキノコを乾燥させ粉末化したもの。花のような独特な香りだったのですぐに分かりましたよ。そして、乾燥前のピオニータケは手で直接触れるとかぶれるのです。あなたが店に来た時、髪も顔も手入れが行き届いているのに手だけ荒れていたのはそのせいだ」

 恐らくアメリは自らキノコを処理したのだろう。その際、誤って素手で乾燥前のキノコに触れてしまい、不自然に手が荒れてしまった。

「あれは少量の摂取なら全く問題ありません。市場しじょうにはまず出回りませんが、香り付けに使う酔狂な料理人もいるくらいです。しかし長年に渡って多量に摂取し続けると、毒素が体内に蓄積し最終的には腎臓障害を起こして死に至る」

 ピオニータケは一度に過剰摂取でもしない限り急性中毒にはならないため、死亡例は極めて少ない。それ故、その危険性を知っているのは医学や薬学を修めた者くらいだ。

 金庫に保管されていた毒の豊富さを考えると、アメリは相当薬学に精通しているのだろう。

「ジール侯爵には持病があり老い先はそれほど長くない。あなたはウィラード卿が家督を継いだ頃に丁度死ぬよう毒の量を調節し、食品に混ぜ込んで与え続け、殺そうとした。彼が死ぬまでに男児を産んでおけば、自分は侯爵家に居続けることができますから」

「違うっ!!」

 ずっと押し黙っていたアメリが叫ぶような声を上げた。

「知らなかったのよ、そんな……毒だなんて!!」

 彼女は必死に釈明するが、エレノアは首を横に振る。

「金庫の中には明らかな毒物も置いてありました。それらと共にピオニータケの瓶も保管していたというのに、その言い訳は流石に通じない」

「それは……」

 アメリは懸命に次の言葉を探している様子だったが、一向に見つからないようでそのまま黙ってしまった。

「元々は殺すつもりなどなかったのでしょう。そしてあなたがウィラード卿を愛していたというのも事実。しかし、彼はあなたに対して、絶対にしてはいけないことをしてしまった。それが、キャサリン嬢への心移りです」

 エレノアの言葉に、黙り込んでいたアメリが再び口を開いて抗議してくる。

「そんなことくらいで、殺そうとするわけが……!」

「ウィラード卿の浮気は、あなたに実の父親を想起させた」

 実の父親という単語が出てきた途端、アメリは固まった。そして忌々しいものでも思い出したかのように顔を歪め、エレノアを睨みつけてくる。

「あなたの父親は相当なクズだったそうですね。女にだらしがなく浮気が絶えない父親に、あなたもあなたの母親も相当苦労させられた。しかし運がいいことに、あなたが十四歳の時、父親が心臓発作で急死した」

 エレノアはそこで一度言葉を切ると、こちらを睨みつけているアメリに鋭い視線を送った。

「アメリ嬢。あなた、実の父親を殺しましたね?」
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