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case2.虐げられた姉
case2ー4.瓜二つ(1)
しおりを挟むマイソン子爵邸の火災から数週間が経った頃。
この日、エレノアは店の応接室でヴァイオリンを弾いていた。そろそろ警察官のバークレーが訪ねてくる予定なので、それまでの暇つぶしである。
しばらく演奏を続けて興に乗っていたところ、ドタドタとうるさい足音で美しい音色がかき消された。そして廊下を歩く足音がこの部屋に近づいてきたかと思うと、扉がバンと大きな音を立てて開く。
音の主は振り返らなくても分かる。バークレーだ。
「お前さん、楽器も弾けるのか。一体何が出来ないんだ?」
興を削がれたエレノアは眉を顰め、応接室に入ってきたバークレーを軽く睨んだ。
「……お前は本当に騒がしいな。足音で誰が来たのかすぐに分かる」
「へへっ。わかりやすくていいじゃねえか」
バークレーはエレノアの小言を意にも介さず、中央のソファにドカッと座った。
無遠慮な彼に、エレノアは軽く溜息を吐く。そして、これ以上文句を言っても無駄だろうと思い、諦めて向かいに腰掛けた。
するとすぐに、双子の片割れが紅茶を持って入ってくる。短いプラチナブロンドの髪をサラサラとなびかせて。
「バークレー警部。こんにちは」
「おう、ミカエルの坊主。いつもありがとな。お前の茶はいつも絶品なんだ」
バークレーはにこやかに礼を言いながら、片割れの頭を撫でていた。
子供好きな彼は、ミカエルとマリアに対しては大層優しい。愛娘と歳が近いのもあるのだろう。とはいえ、エレノアに対する態度とはえらい違いだ。
そしてバークレーは、紅茶を一口飲んでから話し始めた。
「んで、早速なんだが――」
「クッ。ハハッ!」
何も気づかないバークレーに、エレノアは思わず吹き出して笑ってしまった。一方笑われた当の本人は、突然笑い出した目の前の人物に怪訝そうな顔を向けている。
「なんだ? どうした急に」
間抜けなバークレーに笑いが止まらず、エレノアは腹を抱えながら双子の片割れを見遣った。
「良かったな、マリア。少なくとも警察の人間は騙せるぞ」
「なっ!? 嬢ちゃんの方だったのか?!」
エレノアの言葉で状況を把握したバークレーが、驚きの声を上げた。
バークレーのそばに佇む子供は、見た目も声もミカエルそのものだった。だから彼が気づかないのも無理はないのだが、あまりに見事に騙されたのが何とも可笑しくて、思わず笑ってしまったのだ。
すると、マリアは可愛らしい少女の声に戻って得意げに言う。
「うふふっ、バークレー警部。完全に騙されたわね!」
警察を完璧に騙せたのが嬉しかったのか、マリアはニコニコと笑みを浮かべている。そんな彼女に、バークレーは目を白黒させながら感嘆の声を上げた。
「すごいな、全然気づかなかった! それに、紅茶の味まで同じとは!」
「いいえ、紅茶はお兄さまに淹れてもらったわ! こんな美味しい紅茶、自分じゃ淹れられないもの!」
えっへん、となぜか得意げなマリアが可愛らしくて、エレノアは顔を綻ばせていた。しかしマリアはすぐにむくれ顔になり、悔しそうに尋ねてくる。
「今回は完璧だと思ったのに、お姉さまはどうしてわかったの? どんなに頑張っても、いつも見破っちゃうんだから!」
マリアとミカエルは、たまにこうして入れ替わることがある。遊び半分、変装の訓練半分だ。しかし、二人がエレノアを騙せたことは、まだ一度もない。
「足音だ。背格好は同じとはいえ、どうしても女のマリアの方が体重が軽い。だから足音も軽くなる」
エレノアがアドバイスも兼ねて指摘してやると、マリアは自分の足元を見つめながら怪訝そうに眉根を寄せた。
「足音……? そんなに違ったかしら? 次から気をつけないと……」
「そんなに耳が良いのはお前さんくらいだろう、エレノア」
バークレーがマリアを援護するようにそう言ってきたので、エレノアは鼻で笑ってやった。
「フッ。お前の場合は、自分の出す音がうるさすぎて聞こえないだけだろう。そのうち捜査に支障が出るんじゃないか?」
「グッ……」
何も言い返せずバークレーが思いっきり顔を顰めたので、エレノアもマリアも揃って笑みをこぼした。エレノアの言葉にバークレーは腹を立てている様子だったが、マリアの天使のような笑みを見てすぐに怒りを収めていた。
「でも警部を騙せて少し満足したわ! 邪魔してごめんなさい! 店番に戻るわね!」
マリアは元気たっぷりにそう言うと、さっと応接室を出ていった。
「全く、たまげたな。声までそっくりに似せられるとは」
未だにマリアの変装の精度が信じられないらしく、バークレーはしみじみとそう言った。
変装の達人であるエレノアが双子を仕込んだのだ。完成度が高いのは当然である。
「で? 今日は一体何の用だ」
エレノアが話を戻すと、バークレーはすぐに真剣な表情になった。
「それなんだが、マイソン子爵邸が燃えたことは知ってるよな?」
マイソン子爵邸という単語が聞こえた途端、エレノアはわずかに眉根を寄せた。
警察であるバークレーがその件を相談するために、わざわざ店まで足を運んできたのだ。それはつまり、あの一件はただの火災ではなかったということを意味する。
「何かおかしな点でもあったのか?」
「ああ。これを」
バークレーが差し出してきたのは、マイソン子爵邸火災事件に関する調査資料だ。
警察の内部資料を外部の人間に流出させるなど、もちろんご法度である。もしバレたら懲戒免職どころではないだろう。しかしバークレーは、エレノアの知恵を借りにこうしてよく調査資料を見せてくることがあった。
資料を受け取ったエレノアは、パラパラと中に目を通す。マイソン子爵家の家族構成やその関係性については、依頼人であるローリーから聞いた通りだ。
「検死結果の箇所を見てくれ」
バークレーに指示され、そのページを開く。すると、そこに書かれていた知った名に、エレノアの眉がピクリと動いた。
検死を担当したのは、アレン・オーウェンズだ。
「オーウェンズ病院で検死したのか?」
「ああ。そこの院長が子爵や娘を診たことがあったそうで、治療履歴が残ってたんだ。俺はそのアレンって院長の腕前をよく知らねえが、お前さんが贔屓にしてる医者なんだろ? だからまあ、検死結果にも間違いはないと思ってる」
(検死までやるとは……多忙なことだ)
そう思うと同時に、自分の患者だった人間を解剖することになって、彼のメンタルは大丈夫だろうかと少し心配になる。しかし、すぐさまバークレーが続きを話し始めたので、調査資料の内容へと思考が引き戻された。
「見つかった遺体は二つだ。そして、安否がわかってない人物が二人。マイソン子爵とその娘のアニーだ」
それは、情報屋のポールから聞いた話と一致していた。やはり彼の情報には間違いがない。
「遺体の一つはマイソン子爵のものだと断定された。オーウェンズ病院に保管されてあった子爵の歯の治療履歴と、遺体の治療痕が一致したんだ。だがな……」
バークレーは一度そこで言葉を区切ると、ズイッと前のめりになり、声量を落とした。
「マイソン子爵の死因は、焼死じゃなかったんだ」
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