20 / 74
case2.虐げられた姉
case2ー6.瓜二つ(3)
しおりを挟む「少し集中して読ませてくれ」
バークレーにそう断りを入れてから、エレノアは再び調査資料に目を落とし、情報を拾い始めた。
火災発生前夜、二十一時半頃。
この日もイリスは姉の待遇改善を訴えるため、父親の部屋を訪れていたらしい。マイソン子爵の部屋からいつもより殊更激しい口論が響き渡っていたらしく、屋敷中のほとんどの使用人が彼らの声を聞いている。
イリスが父親の部屋を出て自室に戻ったのは二十二時頃。これはイリス本人の証言だ。
そしてそれ以降、マイソン子爵の生存を確認した者はいない。マイソン子爵は、イリスと揉めた後は決まってすこぶる機嫌が悪くなるので、そういう時、使用人は誰も子爵に近寄らないのだという。
その後、時間は飛んで翌日の深夜二時頃。
マイソン子爵の部屋に一番近かったイリスが、いち早く火災に気づく。彼女が自室を出たときには、すでに父親の部屋から激しく火の手が上がっており、もはや近づくことはできなかったらしい。
父親の救出を諦めたイリスは、姉と使用人たちを起こして逃がすために、屋敷中を走り回った。幸い、イリスがすぐに火災に気づいたおかげで、使用人は誰ひとり怪我することなく屋敷の外へ逃げることができた。
しかしイリスは唯一、姉がいる物置部屋にだけは行かなかった。正確には、行こうとしたが物置部屋に向かうにつれて炎が激しくなり、たどり着くことができなかったのだ。
最も激しく燃え落ちていたのが子爵の部屋と物置部屋だったため、出火元はその二箇所だと思われている。使用人の証言によると、屋敷のところどころから油の匂いがしたという。
「屋敷の見取り図は?」
「ああ、あるぞ。ほら、このページだ」
そう言って、バークレーが見取り図の描かれたページを開けてくれた。
マイソン子爵の部屋は二階の一番奥、イリスの部屋はマイソン子爵の二つ隣。使用人の寝室は、女性が屋根裏部屋、男性が地下室のようだ。そしてアニーがいた物置部屋は、どの部屋からも外れた一階の隅にあった。
イリスが辿ったルートはこうだ。
二階の自室を出たイリスは、まず屋根裏部屋の女性使用人たちを起こしに向かった。その後二階へ戻り、念の為誰かいないかと声をかけて回った後、地下室に行き男性使用人たちを起こしてから一階へ。先に地下室に向かったのは、姉の部屋より近かったからだろう。
そしてイリスは姉の部屋へ向かいながら、一階の各部屋に声をかけて回った。しかし、姉の部屋に向かうにつれ火の勢いが強くなり、イリスはメイドに半ば強制的に外へと連れ出された。
「何だ。なんかおかしなところでもあったか?」
「いや。特には」
エレノアは調査資料のページをめくり、さらに読み進める。そして、気になる部分で目を留めた。
どうやら、イリスが火災に気づいたのとほぼ同時刻に、数名の使用人が銃声で目を覚ましたらしい。
使用人たちは、一体何事かと音のした方へ確認しに向かおうとしたが、すでに火の手が上がっており逃げざるを得なかった。
いま思い返せば、銃声はアニーのいた物置部屋から聞こえた気がすると、その使用人たちは証言している。
「凶器についての記載は?」
「それならこのページだ」
エレノアは指定されたページを開き、目を通す。
マイソン子爵の撲殺に使った鈍器も、アニーが自殺に使ったであろう拳銃も、見つけることはできなかったと記載されている。恐らく、いずれも火災で燃えてしまったのだろう。それは予想の範囲内だ。
一方で、拳銃はマイソン子爵が自室で保管していた物である可能性が高いようだ。子爵は毎日のようにお気に入りの銃を磨いており、家の者なら誰しもその保管場所を知っていたという。誰でも持ち出し可能ということだ。
しかし、銃は基本的には裏ルートでしか手に入らない。それなのにどうして子爵が所持していたかというと、彼が裏社会の人間と繋がっていたからだ。
ここ数年でマイソン子爵家が急速に力を伸ばしていたのは、裏であくどい商売をしていたかららしい。そんな子爵を恨んでいる人間も多かったようだ。
「なあ。外部犯の可能性って、あると思うか?」
第三者の怨恨の説も、一応は考えたのだろう。
バークレーが顎を撫でながら尋ねてきたが、エレノアはすぐにその説を否定した。
「可能性は低いだろうな。外部犯だった場合、皆が寝静まった頃に屋敷に忍び込み、マイソン子爵を殺害したと考えられる。しかしその場合、撲殺である必然性がない。相手が寝ているなら、ナイフで心臓を一突きしたほうが確実だからだ。それに、物置部屋の死体の説明がつかない」
「だよなあ……だとしたらやっぱり、アニーが犯人なのか……? いや、でも……」
腕を組みながら何やらブツブツつぶやいているバークレーをよそに、エレノアは一度立ち上がって応接室の扉を開けた。
「ミカエル、マリア。少し来てくれ」
店の方に向かって少し声を張り上げて双子を呼ぶと、店番をしていた二人がすぐに駆けつけてくる。
「どうかしましたか? 姉さま」
「何かお仕事?」
エレノアは双子を応接室に招き入れると、ソファの空いているところに二人を座らせ、調査資料を渡した。
「二人とも、この資料に目を通しておきなさい」
調査資料を読み終えたエレノアは、すでに今回の事件の真相をある程度掴んでいた。ただし証拠が不十分なので、あくまでも今ある情報から立てた仮説だ。
双子に調査資料を見せるのは、彼らにも仮説を立てさせ、後でその答え合わせをするためである。数ある情報から矛盾ない結論を導き出す、一種の思考訓練だ。
「おいおい。一応それ、極秘資料だぞ?」
バークレーは渋い顔でそう言うが、すでにエレノアに見せているくせに、今さらそれを言うかという感じである。
「いま見せなければ、どうせ私が内容を話す。同じことだろう」
「くれぐれも秘密にしておいてくれよ、おい」
依然として顔を顰めているバークレーに、双子たちはにこりと微笑みかけた。
「心配しないで、バークレー警部」
「僕たち、口は堅いので」
そうして双子たちは、二人で仲良く調査資料を読み込み始めた。エレノアは暇を持て余し、バークレーに向かって徐に雑談を持ちかける。
「お前がこの事件を蒸し返したい理由はなんだ? 報奨金狙いか?」
「違えよ! ただ真犯人がいるなら取っ捕まえたいだけだ」
金目当てかと聞かれて、バークレーはひどく不本意そうだった。
彼は正義感の強い男だが、それなりに融通が利く男でもある。裏社会の人間であるエレノアと協力関係を築いているくらいだ。表の領分と裏の領分を、よくわきまえている。
彼が熱くなる時は大抵、殺人や強盗、強姦といった凶悪犯罪を追っているときだ。娘が安心して暮らせる街にしたいと、いつも口癖のように言っている。殺人犯がもしまだ生きているなら、何としても捕まえたいのだろう。
しかしそれ故に、エレノアは自分の推理をこの男に話すつもりはなかった。
その後、適当な雑談を続けた後、エレノアは不意にあることを尋ねた。
「そう言えば、バークレー。最近この辺で、少女が行方不明になる事件はあったか?」
「少女? いや、ないな」
「そうか」
聞きたいことが聞けたエレノアは、バークレーとの雑談をやめ黙り込んだ。
双子は黙々と資料を読み進め、対するエレノアは自分の考えを話す様子がない。そんな彼女らに痺れを切らしたのか、バークレーが急かすように問いかけてくる。
「なあ、エレノア。どうなんだ。なんかわかったのか?」
エレノアはすでに彼との会話に飽きており、頬杖をついて窓の外を眺めていた。外は木枯らしが吹いていて、ひどく寒そうだ。
彼を一瞥し、素っ気なく返事をする。
「何も」
「何もって……じゃあ、なんでアニーはわざわざ火を付けたんだよ」
「さあ。父親を殺して気が動転してたんじゃないか?」
そして、エレノアはバークレーを見据えて本心を伝えた。
「私が言えるのは、これ以上この事件を追っても、良いことは何もないということだ」
エレノアの冷たく鋭い視線に、バークレーは一瞬気圧されたような反応を見せたが、すぐに諦めたように溜息を吐いた。
「そうか……まあ、お前がそう言うなら、そうなんだろうな」
彼はまだ納得しきれていない様子ではあるものの、「絶対に真犯人を見つけてやる」というような気概はすでに感じられなくなっていた。
ちょうどその時、双子たちが調査資料を読了したので、バークレーは資料を仕舞って立ち上がった。
「時間取らせて悪かったな。お前の助言通り、ローリー・ヘンストリッジを訪ねてみるよ。それでダメだったら、きっぱり諦める」
バークレーはそう言うと、寒そうに首を縮めながら帰っていった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
四人の令嬢と公爵と
オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」
ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。
人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが……
「おはよう。よく眠れたかな」
「お前すごく可愛いな!!」
「花がよく似合うね」
「どうか今日も共に過ごしてほしい」
彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。
一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。
※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』
鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎる」
その一言で、王太子アルトゥーラから婚約を破棄された令嬢エミーラ。
有能であるがゆえに疎まれ、努力も忠誠も正当に評価されなかった彼女は、
王都を離れ、辺境アンクレイブ公爵領へと向かう。
冷静沈着で冷徹と噂される公爵ゼファーとの関係は、
利害一致による“白い契約結婚”から始まったはずだった。
しかし――
役割を果たし、淡々と成果を積み重ねるエミーラは、
いつしか領政の中枢を支え、領民からも絶大な信頼を得ていく。
一方、
「可愛げ」を求めて彼女を切り捨てた元婚約者と、
癒しだけを与えられた王太子妃候補は、
王宮という現実の中で静かに行き詰まっていき……。
ざまぁは声高に叫ばれない。
復讐も、断罪もない。
あるのは、選ばなかった者が取り残され、
選び続けた者が自然と選ばれていく現実。
これは、
誰かに選ばれることで価値を証明する物語ではない。
自分の居場所を自分で選び、
その先で静かに幸福を掴んだ令嬢の物語。
「完璧すぎる」と捨てられた彼女は、
やがて――
“選ばれ続ける存在”になる。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
私が誰だか、分かってますか? 【完結保証】
美麗
恋愛
アスターテ皇国
時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった
出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。
皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。
そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。
以降の子は妾妃との娘のみであった。
表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。
ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。
残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。
また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。
そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか…
17話完結予定です。
完結まで書き終わっております。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる