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case2.虐げられた姉
case2ー8.答え合わせ(1)
しおりを挟むローリーが店を去った後、エレノアは双子を応接室に集め、今回の事件の答え合わせをしようとしていた。
「二人はあの調査資料を読んで、何をどう結論付けた?」
エレノアも真実を知っているわけではない。だから答え合わせをするのは、あくまで今ある情報から考えられる、もっともそれらしい結論について、だ。
問われた双子は、どちらも気まずそうに俯きながら返事をした。
「それが……わかりませんでした……」
「アニーが父親を殺して自殺したっていうのが、一番矛盾がないような気がして……」
二人にはこれまでも何度かこうして事件を解かせた事があったが、今回は少し難しかったようだ。
エレノアは仕切り直すように手をパチンと鳴らしてから、俯く双子に優しく声をかける。
「よし。では順を追って情報を読み解いていこう。この事件で一番おかしな点はどこだと思う?」
すると双子は揃ってパッと顔を上げた。その瞳は自信に溢れている。どうやらこの問いには答えられるようだ。
案の定、ミカエルがすぐに手を上げた。
「バークレー警部が疑問を持たれていたように、なぜアニーは屋敷に火を付けたのか、という点です。アニーは妹の元婚約者を自らの手で懲らしめたくらいです。それに、ローリーに妹を託すような手紙まで送っています。きっと妹のことを心から大切に思っていたに違いありません。そんな妹を危険にさらしてまで、放火する理由がわかりません」
エレノアは「正解だ」というようにひとつ頷く。
父親の部屋と妹イリスの部屋は二つ隣だ。イリスの就寝中に父親の部屋に火を付けたら、彼女まで巻き込んでしまうことくらい馬鹿でもわかる。それなのになぜ、アニーは火を付けたのか。
すると、今度はマリアが「うーん」と可愛らしく唇を尖らせながらポツリと言葉をこぼす。
「父親を衝動的に殺してしまって、気が動転していたから……?」
なんとか絞り出したようなマリアの意見は、すぐさまミカエルによって否定された。
「でも、マリア。屋敷にはところどころに油が撒かれていたんだ。そんな大量の油、事前に準備をしておかないと無理だよ。父親殺しは衝動的で、放火は計画的。それが……とても気持ち悪い」
ミカエルはそう言うと、怪訝そうに眉根を寄せていた。行き詰まった彼らを見て、エレノアは最大にして最も肝になるヒントを与える。
「ではそこに、アニーが生きているという情報が付け加えられたら、どうなる?」
「ええっ!? 本当ですか、姉さま!!」
「生きてるの!?」
まさかそんな事があり得るとは思わなかったのだろう。双子は二人とも、その大きな金色の瞳ををまん丸にして驚いている。
「ああ。先程のローリーとの会話で確定した。アニーは生きている。そしてもちろん、イリスもだ」
エレノアはローリーから真実を聞き出すつもりはなかったが、アニーが生きているのかどうかだけは、はっきりとさせておきたかった。落ち込んでいるだろう、あの医者のために。
「そっかあ……よかったあ……」
マリアは心の底からホッとしたように吐息を漏らしていた。彼女は依頼人と双子の不幸に人一倍心を痛めていたので、アニーが生きていると聞いて安心したのだろう。
一方のミカエルは安堵の表情を見せつつも、すぐに顎をつまみながら真剣に考え込んでいた。
「……そうか。あの遺体がアニーのものでないとしたら……アニーが屋敷に火を付けたのも、顎を撃ち抜いて歯の照合をできなくさせたのも、全ては遺体の身元を隠すため。自分の死を偽装すれば、父親殺しで自分が警察に追われることもなくなる」
彼は自分の考えを言葉に出しながら、頭の中を整理しているようだ。しかしそこから先は言葉が続かず、ミカエルは腕組みをしてうんうん悩んでいた。
すると、マリアがもっともな疑問を投げかける。
「でも……だとしたら、あの遺体は一体誰のものなの?」
マリアは安堵から一転して、不安そうな表情を浮かべている。アニーが生きているということは、誰かが代わりに命を落としたということだ。
アニーもイリスも生きている。使用人も全員無事。だとしたら、アニーの部屋で見つかった遺体は誰なのか。
真っ先に湧いて出てくる疑問だが、それより先にあることを明らかにしたほうが理解しやすい。
「それは一旦後回しにして、先にミカエルの気持ち悪さの正体を明らかにしよう。父親殺しは衝動的で、放火は計画的に見える、その理由を」
そう言ってエレノアが双子に優しい視線を向けると、二人は揃って頷いてから、各々の考えを述べていった。
「死体の偽装なんて、すぐにできるものじゃないわ。代わりになる人間を用意しなきゃいけないもの。身代わりの死体を用意して火を付けたところまでは、確実に計画的犯行なはずよ」
「一方で父親殺しは明らかに衝動的です。計画的に殺すなら、撲殺なんて不確実な手段は取りません」
エレノアは双子と同意見だった。ひとつ頷いてから、「続けて」と先を促す。
「アニーは元々、父親を殺して自分の死を偽装する計画を立てていたけれど、何かの拍子にカッとなって後ろから父親を殴っちゃった……?」
マリアはそう言ったものの、自分の意見に納得がいっていない様子だった。
すると、考え込んでいたミカエルが何かに気づいたように口を開く。
「……ん? 待って、マリア。父親の部屋に行くには、必ずイリスの部屋の前を通らないといけない。夜遅くに父親の部屋に向かえば、足音でイリスに気づかれるんじゃないかな。そして、父親の部屋はイリスの部屋のすぐ近くだ。アニーが父親を殴った時に、父親の倒れる音やうめき声が聞こえるはずだよ」
ミカエルの指摘はもっともだ。
マイソン子爵が殺されたのは、皆が寝静まるより前の時間帯だろう。寝ている人間を殺すなら、撲殺なんて選ばない。だとすれば、イリスが気づいていてもおかしくないのだ。しかし、調査資料にそういった証言は記載されていなかった。
「イリスは姉の罪を黙っている……?」
マリアの意見に、エレノアはこう指摘を入れる。
「その可能性も捨てきれない。だが、アニーは完璧に計画を練り上げていた。自分の身代わりになる人物を探し出し、屋敷に撒く油を用意し、計画を実行に移す機会を虎視眈々と狙っていた。それなのに一過性の感情ですべてを台無しにするのか、という疑問が残る」
すると、ミカエルがハッとした様子で顔を上げた。
「そうか、口論……」
彼はポツリとそうこぼした後、エレノアに力強い視線を向けて確信めいたように言った。
「父親を殺したのはアニーじゃありません。妹のイリス、ですね?」
自分と同じ結論にたどり着いたミカエルに向かって、エレノアは満足気に頷いた。
「ああ。私もそちらの可能性のほうが高いと思っている」
父親殺しは衝動的。死体の偽装と放火は計画的。その間にある矛盾は何か。
そう考えた時に、それぞれが別の人物の犯行だとすると、綺麗に辻褄が合う。
火災前夜の二十一時半頃。妹のイリスは父親の部屋を訪れ、いつものように姉の待遇改善を訴えていた。二人が激しく言い争っていたことは、屋敷中の使用人たちが証言している。
事件が起きたのは恐らくその時だ。イリスは激しい口論の末、カッとなって父親を後ろから撲殺。
屋敷に響き渡るほどの口論だ。当然アニーにも聞こえていたのだろう。妹が父親にぶたれて怪我をしていないか心配になったアニーは、イリスの様子を見に行った。しかしそこには、変わり果てた父親と、血で染まったイリスの姿があった。
その時、アニーはこう思ったのかもしれない。
このままではイリスは確実に警察に捕まってしまう。自分たちを虐げてきたひどい父親のせいで。そして何より、自分のせいで。だから自分が妹を助けなければ、と。
イリスが父親と揉めていたのは、全てアニーの待遇改善のためだ。そしてイリスはその口論の末に、勢い余って父親を殺してしまった。アニーが自分の責任だと感じてもおかしくはない。
そしてアニーは考えた。イリスをかばうための方法を。
アニーは妹の元婚約者を断罪して退ける程に、頭の良い少女だった。事件発生後、自らを父親殺しの犯人に仕立て上げ、元々計画していた「自分の死の偽装」を実行に移せば良い、ということくらい、すぐに思いついただろう。アニーには父親を殺す十分な動機があるから、犯人に成り代わるには適任だった。
恐らく、元々のアニーの計画には、父親殺しは含まれていなかったと考えられる。最大の目的が父親を殺すことなら、わざわざ「自分の死の偽装」なんて面倒なことをする必要はないからだ。他殺だとバレないよう、事故死に見せかけるなりして殺せばいい。
それに、マイソン子爵家が潰れれば、イリスが嫁ぎ先で離縁を突きつけられる可能性が出てきてしまう。アニーの計画は、妹が結婚して家を出た後、ただ自分がマイソン子爵家から逃げるためのものだったのかもしれない。
「で、アニーが身代わりに使ったあの遺体は一体誰だという話に戻るのだが……二人はどう推測する?」
エレノアが双子に問いかけると、すぐさまミカエルが反応した。
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