婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜

雨沢雫

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case4.聖女様

case4ー11.賢い女(3)

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「ではアンナさん。優秀なあなたの意見を聞かせてください。犯人はなぜ、薬物でトム卿を殺害した後、首吊りや飛び降りではなく、入水自殺に見せかけたのでしょうか」

 急な質問にアンナは訝しげな表情を浮かべたが、すぐに顎をつまんで考え始めた。

「そうですね……男性を首吊りに見せかけるにはそれなりの腕力が必要です。遺体を校舎から落として飛び降りに見せるにしても、遺体をどうにかして上の階に運び、外に放り出さなければならないので同様です。ということは、犯人は力のない子どもか女性、もしくは老人、ということになります」

 エレノアは彼女の推理を注意深く聞いた。その一言ひとことを、決して聞き逃さないように。

「力のない犯人でも、死体を池に落とすのは簡単です。荷車で運べば良いだけですから。遺体にブロック石がくくりつけてあったことから、犯人は園芸用倉庫によく出入りしていた人物の可能性が高いでしょう」

 アンナは澱みなくスラスラと自分の意見を述べ続ける。
 
「温室の植物を管理している先生は女性の方です。あとは有志で植物の世話をしている女生徒も何名かいらっしゃいます。まずはその辺りから調べてみるのはいかがでしょうか」

 話し終えたアンナは、聖女の穏やかさの中にどこか満足げな雰囲気をまとっていた。

 満足したのはエレノアも同様だ。エレノアは口元を緩めると、自分の斜め後ろに立っているバークレーに話しかけた。

「バークレー警部。先ほどの言葉、聞きましたね?」

「ああ。確かに聞いた」

 バークレーが頷くと、アンナは訳が分からないというように首を傾げる。

「何ですか? 私、何かおかしなこと言いましたか?」

「アンナさん。あなた先ほど、遺体にブロック石がくくりつけてあった、と言いましたね?」

「ええ。それがなにか?」

「どうして使われたのがブロック石だとわかったんですか?」

「…………」

 アンナの表情が固まった。その瞳にようやく動揺が走る。そんな彼女に、エレノアは畳み掛けた。

「倉庫には重石になるものは他にもたくさんありました。園芸用の土袋、肥料袋、あとは重そうな植木鉢も。どうしてあなたは犯行に使われたのがブロック石だとわかったんですか?」

 アンナは表情を動かさないまま、何度か瞬きを繰り返していた。しかし、明らかに目が泳いでいる。

「……新聞で知りました」

「それはあり得ません。あり得ないんです、アンナさん。なぜなら、どの新聞にも『重石がくくりつけてあった』としか書かれていないんですから」

「…………」
 
 しまった、というように、アンナの目が見開かれる。どうやら勝負はついたらしい。

 この国の警察は賢くはないが馬鹿でもない。隠すべき情報はきちんと隠せる組織だ。万が一他殺である可能性を考慮して、警察は詳細な情報を新聞に載せなかった。

「ブロック石が使われたことは、警察と、現場に立ち会った教員と警備員、そして、犯人しか知り得ないはずなんです。あなたが知っていた理由をお教えいただけませんか? あなたが犯人であるという理由、以外で」

「…………」

 アンナはしばらく無表情で沈黙していた。

 エレノアもバークレーも、彼女の次の反応に注目する。

 すると彼女は、大きく息を吐き出し、諦めたように天を仰ぎ見た。

「……あの日、彼にナイフを突きつけられて脅されたんです。僕の気持ちを受け入れてくれないなら、君を殺して僕も死ぬって。だから、殺される前に殺しました」

 アンナの自白を勝ち取り、エレノアは小さく安堵の息を吐いた。

 彼女はどうやら以前からトムにしつこく付きまとわれていたらしい。それが日に日に酷くなり、とうとう彼はアンナと無理心中を図ろうとした。そして、事件が起きてしまった。

「そもそもあなたが違法麻薬の茶を生徒たちに振る舞わなければ、トム卿が狂うこともなかったのでは? あなたはなぜそんなことをしていたのです?」

 エレノアがそう問うと、アンナは静かに話し出す。

「生徒たちを麻薬依存の状態にさせて、クスリの売人に流すためです。売人の情報も、私が生徒たちに教えました」

 最初は頑なに違法麻薬の件を否認していたアンナだったが、殺人に麻薬を使った以上、言い逃れができないと思ったのだろう。彼女はすんなりと答えてくれた。

「学校に麻薬を広めれば、多額の報酬を出すと言われて。実家にはかなりの借金がありますから、お金が必要だったんです」

「それは、ジョン・ラッセルに言われたのですね?」

 裏社会に突如現れた男、ジョン・ラッセル。

 才能あるアンナの弱みにつけ込み、学生相手に麻薬を売りさばこうとするとは、随分と性根が腐った人物のようだ。

 しかし、彼女から返ってきた言葉は予想外のものだった。

「いいえ。その方は存じ上げません」

 首を横に振るアンナに、エレノアは思わず眉を顰めた。

「では、誰に?」

「オーウェンズ病院の院長の、アレン・オーウェンズ、という方です」

 エレノアは目を大きく見開き、息を飲んだ。後ろから、「おいおい、まじかよ」とこぼすバークレーの声が聞こえてくる。

 エレノアは一度目を閉じ、ひとつ呼吸をしてから、再びゆっくりと開ける。そして、アンナをしっかりと見据えた。

「誰に、そう言えと言われたのですか?」

 アレンはそんなことができる人間ではない。

 ということは、誰かがあのお人好しを陥れようとしている、ということになる。

 それは一体、誰だ?

「私はただ、真実を申し上げているだけです」

 その後もしばらく問いただしたが、アンナは頑なだった。何を聞いても、アレン・オーウェンズの名前しか出してこないのだ。

 エレノアは何とかして彼女の口から黒幕の名を聞き出したかったが、バークレーに「時間だ」と言われ切り上げられてしまった。

 その後、アンナは温室の外で待機していたバークレーの部下たちに連れて行かれた。

 その時の彼女の表情には、罪を犯してしまった後悔も、これから罰せられる恐怖も一切滲んでおらず、ただ何かをやり遂げた達成感だけが浮かんでいた。

 そしてバークレーとの別れ際、エレノアは彼に渋い顔で釘を刺された。

「エレノア。お前さんがあの医者を贔屓にしてるのは知ってるが、証言がある以上、捜査はするからな?」

「わかってる」

 温室での証言をなかったことにしても、警察の取り調べで彼女は再びアレンの名を口にするだろう。この場でバークレーに捜査を止めてくれと頼んでも無駄なのは重々承知していた。

 だからエレノアは、別の方法でアレンを助けるつもりでいた。
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