婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜

雨沢雫

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case5.利用された男

case5ー10.マリアの大冒険(3)

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「またお前が逃がしたのか?」

 ジョンの声は低く唸るようで、とても機嫌が悪そうだった。彼はヴィオレッタを鋭く睨みつけながら、彼女の額に拳銃を突きつける。

(また……?)

 「また」ということは、ヴィオレッタはこれまでに誘拐された少女たちを逃がした事があるのだろう。自分も囚われの身であるのに優先して他人を助けるとは、本当に正義感を絵に描いたような人物だ。

「商品だから傷つけられないとでも思ってんのか? あ゛あ?」

「違います、ボス! その後ろのチビが急に現れて、俺らに攻撃を……!」

 倒れていた男の一人がそう報告し、ジョンはようやくマリアの姿を捉えた。

「誰だ、お前? 攫ってきたガキじゃねえな…………いや、俺はお前を知ってる。そうだ、あの文具屋んとこのガキだ。そうだそうだ!!」

 ジョンはマリアのことを認識した途端、先ほどまでのイラついた様子が嘘のように上機嫌に騒ぎ出した。恐らくは、事前の調査でマリアの顔を知っていたのだろう。

「こいつはツイてる! まさかエレノアをおびき寄せる餌が手に入るとはな!!」

 「エレノア」という名がジョンの口から出た途端、マリアは再びカッとなり強烈な殺気を放った。大切な姉を懲りもせず再び狙おうとしているなんて、到底許せるはずがない。

 しかしジョンは全く怯むことなく、ヴィオレッタに突きつけた拳銃を見せびらかすように言う。

「おい、持ってる武器全部捨てろ。そうしねえと、こいつを今ここで殺す」

 ジョンの指はしっかりと引き金に添えられており、彼の雰囲気からも冗談ではなさそうだ。流石に彼女をここで死なせるわけにはいかないと、マリアはようやく冷静になった。

 そして俯きつつ、誰にも聞こえない声でボソリとこぼす。

「……絶対に潰すわ」

「あ?」

 聞き返してくるジョンに、マリアは顔を上げにっこりと笑った。

「何でも。いいわ、今は大人しく捕まってあげる」

 いざという時は、自分がヴィオレッタを守って逃げればいい。今は彼女に協力して、この憎き男を潰すことに専念しよう。

 マリアはガラガラと武器をその場に落とし、手首を差し出した。可愛らしい金髪の少女と大量の武器というあまりに相容れない光景に、ジョンの手下たちは若干引いた目でマリアを見ている。

 そして、マリアとヴィオレッタは揃って手首を縛られ、その場に座らされた。拳銃を持った手下が二人、見張りとして付いている。

「この倉庫はもう使えねえ。こいつらはさっさと会場に運び込む。どうせ本番は明日だ」

 ジョンが放った「会場」という言葉に、マリアとヴィオレッタは顔を見合わせた。「本番が明日」ということは、きっと明日、人身売買が行われるのだろう。

 どうにかして、会場の場所を聞き出せないものか。

(道路にたくさん目印を付けてきたし、お姉さまかお兄さまがいずれここにたどり着くはずよ。できれば今聞きだして、ここに手がかりを残していきたいわね)

 ジョンが倉庫の撤収作業で離れた隙に、マリアは見張りの男に小声で話しかけた。

「ねえ。わたくしたちを一体どこに連れて行くつもりなの?」

「着いてからのお楽しみだ。いいから黙って静かにしてろ」

 ぶっきらぼうに返事をする手下に、マリアはクスクスと可愛らしく笑った。

「ああ、知らないならいいわ。あなたたち、見るからに下っ端だものね。そんな重要なことを知らされていないなんて、少し同情するわ」

 明らかに馬鹿にした発言。見張りの二人は、揃ってヒクヒクと顔を引き攣らせる。

「なんだと……?」

「俺達は幹部……に近い存在なんだ。知ってるに決まってる」

「そうだ。俺達はボスのお気に入り……に気に入られているんだ。そんなに俺らの立場を疑うなら教えてやろう。これからお前たちが向かう場所は、――――」

 見張りは拍子抜けするくらいあっさりと、人身売買の会場を教えてくれた。

(単純な馬鹿で助かったわ)

 見張りのあまりの愚かさに驚き呆れたのか、隣のヴィオレッタは唖然とした表情で男二人を見上げている。

 男たちは未だに喋り続けていて、自分たちがいかに有能でジョンから重用されているか、熱心に語っていた。

 もちろんそんな話など一切興味がないマリアは、これからどうしようかと頭を捻らせる。

(問題は、どうやってお姉さまたちに会場の場所を伝えるかね)

 武器を取り上げられた今、ナイフで壁や床に文字を刻むといったことはできない。もちろん紙やペンなどは持ち合わせていないので、言葉で伝えることは難しそうだ。

 ならば、その場所を想起させるような、何かを残すことはできないだろうか。

(――――あ)

 マリアはその時、とっておきの方法を思いついた。思わずニンマリと笑みがこぼれてしまう。

「どうだ。これで流石に俺達のすごさが伝わっただろう」

「俺達が下っ端じゃないってわかったか?」

 見張りの男たちにそう言われ、こいつらはまだ喋っていたのかと少し驚く。自分の言動がボスの首を締めることになるとは、微塵も思っていないのだろう。

 間抜けな彼らに、マリアは満面の笑みで答えた。

「教えてくれてありがとう。わたくし、今日はとってもツイてるみたい!」
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