【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~

ゆきのひ

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4章 リコスの塔 編

魔道具師の記憶

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 議会堂での騒動が最高潮を迎えていた頃、シオネはリコスの塔に戻ってきていた。

 何だか面白そうだから高見の見物といこうかと公女たちについては行ったものの、途中で追いかけるのが面倒になった。それならこの隙に、と思いついたことがあって、引き返してきたのだ。



 戻ってみたら、塔の見張りをしていた衛兵たちの姿が見えない。

 囚人どころの騒ぎじゃなくなって、皆、議会堂に向かったのだろう。



「えーっと、あの男が隠していた気がするんだけどな……」



 向かい側の男たちが入っていた牢の中に入り込み、あの男がいつも寝ていた辺りに放られていた、薄汚れた毛布をめくってみる。



「おー、これじゃない?」



 そこには、カラになった小さな瓶が転がっていた。その瓶を拾い上げてみると、底のほうにほんの数滴、こびりつくように液体が残っている。黒に近い濃い紫色の液体――ベラドナを煮詰めた濃い毒液だ。



「あったりー!」



 あの男――。

 手の甲にひどい火傷の痕があった男が持っていたものだ。いやに目つきが鋭くて、人目を避けるようにいつも牢の隅にいた、気味の悪い男。シオネはあの男のことを以前から知っている。



 深夜に微かな物音がして、シオネは目を覚ました。

 牢番の衛兵は、椅子に座ったまま舟をこいでいる。

 シオネは幸い、夜目が利く。毛布にくるまりながら音のするほうに目をやると、皆が寝静まっている中、周囲をうかがいながら起きだしたあの男が、小瓶から出した液体を抜き身の剣の刃に塗り込むのが見えた。



 あの男たちが、普通じゃないのは何となく察していた。裏通りで散々、その手の奴らを相手に商売してきた魔道具師の勘、ってやつだ。そして、こっそり剣を持ち込んでいて、牢内のそれぞれの毛布や衣服の中に隠していることも。それを牢番の何人かの兵士や騎士は、知っていてあえて見逃していることも。



 男が剣に塗る液体から、向かいの牢のここまで微かに漂ってくる、甘ったるい臭い。でもその甘さは、死体から立つ腐敗臭に近い、不吉な臭いだ。



(あれって、もしかしてー?)



 シオネは客が望めば、時に邪教めいた魔道具も扱う。そんなシオネは自然と、違法なことに手を染める奴らの顔も知るようになっていた。

 その界隈で、手の甲に火傷痕のある男は有名だ。そして、奴の背後にいる雇い主が誰なのかを知る者は多い。だが、暗黙のルールで、大っぴらにそれを口にする者はいない。



 そんなあの男がご禁制の幻覚薬を扱っているらしい、とは先頃耳にした噂。皇国では手に入らない、幻覚を見せる珍しい毒草を使った悪事に手を染めていると。



 そこでシオネはピンときた。その毒草は、ベラドナだろうなと。

 その実物を、シオネには遠い昔に一度だけ見た記憶がある。だから、どんなものかは見ればわかるのだが、どこで、どうして見たのか、どれくらいの昔に見たのかということは、まるきり思い出せない。



 ベラドナはほんの少しなら薬にもなるが、その実は猛毒だ。皇国では知られていないはずのものだが、西国の術式を扱う魔道具師や呪術師の間では昔から、貴重な薬草として口伝えされてきている。

 それは、用いる量を正しくすれば、他のものに替えがたい効果を発揮する。

 だが、皇国では手に入れることができずにいた。皇国でも隣国でも、軒並み禁制品とされていたのだ。そんなものが手に入るチャンスに出合えたのだから、これを逃す手はない。

 

「うーん、これ舐めたら、思い出せるかなあ……?」



 ちょっと荒療治だけど、他に手が思いつかないから仕方がない。

 ベラドナの見せる幻覚は、失った記憶を覚醒させる。これは魔道具師や呪術師には密かに伝えられていることだ。帝国とその近隣諸国では禁制にされたりしているベラドナは、遠い南方の国ではそういった用途によく用いられている。



 シオネには、今から五年より前の記憶がない。

 だから、正確な自分の歳も知らずにいる。

 しかし幸いだったのは、自分が魔道具師だったということは覚えていたことだ。多種多様な術式も覚えていた。



 シオネは五年前のあの日、目覚めたら、自分の頭の中がまっさらになったような気分がしていた。

 目覚めて目に入った部屋の様子は、まったく覚えのないものだったけれど、辛うじて、ここは自分の部屋だという気がした。だから、ここにいて大丈夫だ、と。

 着ていたのは粗末な夜着だったので、とりあえずは着替えようと服を探すと、クローゼットには華やかな色の異国風のドレスが数着。見るなりなぜか、これは違う、という気がした。

 他に二着ほど、取り立てて語るべきところもない、平凡を極めたようなドレスもあったので、さっさとそれに着替えた。



 部屋を出るなり出くわしたおばさんに聞くと、ここに住んでいるのは魔道具師の女だと。だから、ドレスはきっとその魔道具師のものだろう。

 そう思ったら、おぼろげに妙齢の女の後ろ姿が脳裏に浮かんできた。確かにシオネには、誰かに魔道具について教わっていた感覚が残っている。ということは、その魔道具師は、シオネの師匠ということなのだろう。

 

「その人はいつ帰ってくるかー、何か知りません?」

「いやあ、その人、いつもいるんだかいないんだかわからなくてね。家に何日も籠っていることもあれば、何か月も出かけて帰ってこないこともあったから、全然わからないんだよ。大体、私ら近所の奴らとは付き合いもなかったし。あんまり人付き合いしたくない様子だったからね……。まあ、魔道具師には変わり者が多いと聞くから、そういうものかと思っていた程度だけど。そういえば、ここしばらくは見てないね」



 そう答えたおばさんは、シオネの顔をまじまじと見た。



「あんた、あの魔道具師とはどんな関係? どことなく、あの女に似ている気がするんだけど……」

「うーん……あたしも実はわからなくて……たぶん、弟子だったのかな―と。へへへ……」



 部屋の中には、手書きされた本が山となって残されていた。どの本にも魔道具の開発の研究課程や、編み出したオリジナルの術式が殴り書きされている。これもその魔道具師のものに違いない。開いてみると、シオネにも不思議とその内容が理解できた。やっぱり弟子だったのだろう。

 実は、シオネは自分の名前も思い出せずにいた。でも、名前がわからなくても不便はなかったから、そのままにしておいた。

 すると翌日、来客があった。



「ここに腕のいい魔道具師がいると聞いてきたんだが……」



 お忍びで来た貴族という風情の男に、私は答えた。



「はーい! でも、師匠は今、留守にしてるんですよー。お急ぎなら、あたしが代わりに聞いときますよ。あたしも一応、魔道具師の見習いなんで」

「……お嬢ちゃんも魔道具師なの?」

「そうですよ! あたしは魔道具師見習いの……」



 名乗ろうとして、はたと自分の名を知らないことを思い出した。

 すると、昨夜開いた本に署名されていた名前が頭に浮かぶ。



「あたしは魔道具師の、シオネでーす! でも見習いですけどねー」



 以来、とりあえずはシオネと名乗ることにして今に至るけれど、いまだ自分の本当の名前は知らない。

 その名を取り戻すには、記憶を取り戻さないと。



 小瓶の蓋を取り、逆さにして落ちてきた雫を手のひらに受ける。

 不気味な黒っぽい色をした液体を、思い切って舐めてみた。



(うえっ、まずっ――――!)



 酷い苦みに頭がくらくらしてきたので、その場に大の字になって寝転がった。目を閉じると、次々と急ぎ足に浮かんでくるイメージの波に、自分のすべての意識が持っていかれそうになる。



(気持ち悪っ! こんなものに中毒になる奴の気持ちなんて、ほんっと、わかんないわ……。少なくとも、まったく私の好みじゃなーい)



 シオネは自分が今、どこにいるのかさえ見失いそうになったが、何とか堪えきった。

 取り戻された記憶に、どこかもやついていた頭がすっきりして、体が軽くなる。



(ああ……私、記憶をにえにしていたのか……)



 シオネは、すべての記憶を取り戻していた。

 二十年前、禁じられた邪法を用いた魔道具を作った罪で追われることとなり、しばらく姿を隠していた。しかし五年前、遂に姿を変えるための若返りの魔道具の術式に成功し、それを使ってみたのだ。

 見事に少女の姿に若返ることができたのだが、その種類の魔道具は、使い手に時間に関係する贄を求める。シオネの場合は、それが記憶だったというわけだ。

 ようやく明らかとなったすべてに、シオネは高笑いした。



「はははは……。なーんだ、私、見習いじゃなくて天才だったんじゃん! 天才魔道具師リリス様、って私じゃん!」

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